さん、まだ飲むんですか?」
「いーじゃん。これが飲まずにやってられるか〜」

 付き合っていた彼氏にフラれた。いや、フラれるような気はしていた。もっと言えば無意識のうちにフラれるように仕向けていたのかもしれない。このまま付き合っていてもお互いの為にはならないだろうなと思ってしまった時から生じていたすれ違い。分かってはいたけど、やはり恋人という関係を築いた人間と、嫌いではないのに別れるという現実はほんの少し辛い。けど、思いっきり飲んで忘れてしまえば良いと安易な行動に出たわたしに巻き込まれた部署の同僚や後輩たちに少し同情の気持ちもある。
 2軒行ったところで時計は日付が変わる前をさしていた。解散して家が同じ方面らしい後輩の氷室くんと一緒に帰ってる途中、飲み足りないわたしはコンビニにふらふらと酔って缶チューハイを2本買い1本を彼に渡した。公園は静かで、カップルさえもいない。何十年ぶりかに乗ったブランコをすこしだけ揺らして、空を見上げると眩しい月と目が合う。

「なんかね〜わたしやさしくないんだって。ひどくない?!」
さんの優しさが分からないなんて、別れて正解だったんじゃないですか?」
「そうかな〜。わたし、やさしーい?」
「優しいですよ」
「えー、どこが〜?」
「毎朝、少し早く来て会社の鉢植えに水あげてたり、風邪を引いてる後輩に生姜湯を差し入れしたり、ミスした同僚を励ましてあげたり」
「…何で知ってるの?」

 ひみつです、と言った彼の顔があまりにキレイで、時間が止まったかと錯覚してしまうくらいには目を奪われた。月がうるさいくらい明るくて、公園の電灯は頼りないのに彼の顔は鮮明に見える。その瞳に吸い込まれそうになってしまったので慌てて視線を逸らし、ブランコから立ち上がって目の前の手すりに腰掛けた。むかしは高いと思っていた公園の手すりやブランコの高さも、ずいぶんと小さく感じるようになったものだ。そう、わたしはもう大人。年を重ね、気づいたらあっという間に大人になっていた。それなのに、わたしの恋愛はいつまで経っても高校生みたい…いや、もっと幼いかもしれない。

「そっか〜。自分のことを知ってくれる人が近くにいるってしあわせだな〜」
「オレだけじゃなくてみんな知ってますよ」

 何となく、自分が今までやってきたことは無駄じゃなかったんだなと思えた。ひとりの男にフラれてしまい、お前はもう要らないと告げられたような気がして卑屈になりかけていたけど、近くにはわたしのことをちゃんと見ててくれてる人がいるんだと思うとすこし嬉しかった。

「氷室くんこそやさしいよ〜」
「そうですか?」
「氷室くんって彼女いないの?あまりそういう話聞いたことないけど」
「そうですね…」
「あ、ごめん。話したくなかったら話さなくて良いよ」
「いえ、ただ本当にいないので」
「え〜、勿体ない」
「でも、好きな人はいるので楽しいです」
「そっか〜良かった。氷室くんに好きになってもらえる人ってしあわせだね〜羨ましい」

 彼が入社してうちの部署に来たときは部署内だけじゃなくて近くの部署も色めきだったし、なのに気取ったところがなくて男女平等に優しい。気も利くし仕事も出来る。これはわたしの勝手な予想だけど彼は絶対出世すると思う。仕事での付き合いしかないから彼のことをすべて知ってるわけじゃないけど、きっと彼は好きな女の人をしあわせに出来る度量を持ってる気がする。彼が好きになる女の人ってどんな完璧な女性なんだろう。やっぱり美人でスタイルが良くて品もある感じ?きっと性格も良くて完璧な人なんだろうな。うわ、お似合い過ぎて二人が並んで歩いてるとこを見てみたい〜、と自分が想像できる美人像を作り上げて脳内に浮かべる。そんな下らないことをしていたら、いつの間にか氷室くんが隣に来ていて、思わず「近っ」と言ってしまいそうなほどの距離にいる。「さん」と急に名前で呼ばれて心臓がきゅっとなってドキドキを通り越してドクドクが止まらない。

「じゃあ、口説いても良いですか?」

 一瞬にして酔いが覚めたはずなのに、わたしは酔ってるフリをした。こんなズルイ女、彼が好きになるわけがない。いや、ズルいのはわたしじゃなくて彼の方だ。初めて交わしたキスはアルコールの味がほんのりした。