シーツを溶かしてしまいそうなほど甘いひとときを過ごすのも、普段からは想像出来ないような無垢な寝顔を何も考えずに眺めることが出来るのも、この白に覆われたベッドの上。聞いてるんだか聞いてないんだか分からないけど、今日はコンビニで新発売のお菓子を買ってみただとか、最近面白いテレビの話だとか、そういう何でもないおしゃべりを眠る前にベッドの上で向かい合いながらする。大体ひとりで勝手に喋って満足して、気づいたらまぶたが閉じていることも少なくない。どんな寝相をしていても、必ずふたりの身体のどこかは触れ合っていて、朝が嫉妬するみたいにカーテンを突き抜けて陽を差してくる。そんな穏やかな一日を迎えるための、今のこの夜の時間が好きなのだ。

「ふあ…眠くなってきた…おやすみ」
「なぁ」
「今日はもう寝るね…蘭も珍しく明日は早いって言ってたじゃん」
「違ぇよ、なんでオマエ最近こっち来ねぇの?」

 春の日向で微睡むのと同じくらい気持ちよく寝れそうだと思ったけど、すっぴんでちいさくなってしまった目がグッと大きく開いたような気がする。突如何気なく降ってきた疑問の言葉に、脳が刺激されて覚醒してしまった。眠ろうと仰向けにした身体は、金縛りにでもあったみたいに動かない。だって少し顔を傾けたら、まばたきもせずこちらを射抜くように見つめてくるその双眸から完全に逃げられなくなる。今までの経験と勘が警鐘を鳴らした。

「エ…別にそんなことナイと思うケド」
「下手くそかよ。声裏返ったろ」
「そ、そんなこと」
「ナニ?なんかやましいことでもあんの?」

 ベッドがゆっくり軋む音が、不穏を感じさせる以外の何ものでもない。同時に視界の端っこで、シーツに波が立つのが見えた。するりと伸びてきた長い両腕の肘が耳を掠めるくらいの距離に迫って、わたしを囲う檻と化している。覆いかぶさるだとか跨られるなんて、そんな微温い言葉では言い表わせないくらいの圧力。少女漫画やドラマの世界なら、この体制はとてつもなく甘く色っぽく描かれるのだろう。両耳をくすぐるように蘭の長い髪がパサリと降って来て、逃げ場を失った被食者の気持ちがよく分かった。


「ま、待って」
「早く言わねぇと今日は寝かせねぇし明日も起きれねえようにする」
「言います!言うから…!」
「あと5秒以内に言わねぇと、」
「あの!あのね…蘭って足冷たいの」
「あ?」
「夏とかは良いんだけど冬は冷たいから、そのくっつくと寒くなっちゃって」

 ふかふかなのに冷たい、非情にさえ感じるお布団の中を頑張って自分の体温で心地よい空間にする。そしてようやく夢を見る準備が整ったと思ったところに、氷みたいな冷たさの足がやってきたら、わたしの瞼は閉じることなく朝を迎えてしまうだろう。あまり悟られないようにギリギリの距離を取っていたつもりだったのに、どうやら無駄に終わってしまったらしい。確かに冬になる前までは、決して枕には相応しくない細身の硬くて長い腕に頭を乗せて、無意識のうちに蘭の心音を子守唄代わりにするようにくっついて寝ていた。求めるように絡めていた足は、朝になると逆に絡まれていて、ふたりの間に隙間なんて存在していないくらいだったから、今の不自然な距離に疑問を持つのも当然かもしれない。

「ね、だから…重っ!ひっ、冷たい…!」

 いくら身長に対して細身とは言え、その体躯がわたしの身体を押し潰すように乗っかって来たので、当たり前のように行っていた呼吸が一瞬難しくなった。意外と早く退いてくれたけど、横から抱き締めてきた蘭の冷たい足が、わたしの足に蛇みたいに絡みついて捕えるように離してくれない。せっかく温めたわたしのホットゾーンが奪われていくことに悔しさを感じつつも、思っていたよりあまり寒くないのはきっと、

「…もしかしてわたしにくっつかれなくて寂しかった?」
「はぁ〜?ナニ言ってんの?」
「え、ちょっと待って冷たい手でお腹触んないで」

 やっぱり触れ合っていないと、安眠は出来ないらしい。コットンフランネルのパジャマでしっかり覆っていた肌の上を、冷たい五指がゆっくりと這う。くびれのラインを確かめるように撫でるせいで冷たさが全身に伝染しそうだと言うのに、どうして熱く感じるのだろうか。熱を生む冷たい魔法の指には、どうやら今宵も逆らえそうに無い。