目が覚めるといつもひとりだった。眠る前にはあったはずの温もりは数時間経つとあっという間に消えてしまっていて、朝起きると冷たいシルクがわたしの肌を包んでいる。いつかのボーナスで奮発して買ったアメリカ製のこの広いベッドはわたしのお気に入りだ。ただ、広いから良いってもんでもない。別に寝坊しているわけじゃないのに、まるで昨夜の出来事がなかったみたいにベッドが広いから、いつも眠りにつく前までのあの時間が夢か幻だったのではないかと思わされてしまう。カーテンの隙間から細いスポットライトみたいに差し込んでくる光が眩しい。けど、人工的に鳴り響くアラーム音なんかで起きなくて良い、自然の光で目覚めることが出来る休日はやはり最高だ。それがたとえひとりだとしても。
「…?」
…ひとりじゃなかった。微睡む頭が一気に覚醒しそうなほどの衝撃だ。そうか、これこそ夢だ。もう一度目を閉じてゆっくりと瞼を持ち上げてみる。…いや、やっぱりひとりじゃなかった。白いシーツに映えるような金髪と小麦色の肌は間違いなくわたしの隣に存在している。おまけに普段は油断も隙もないあの彼が寝息を立ててスヤスヤと眠っているではないか。普段から童顔のような顔がまるで天使にさえ見えてしまうほど、わたしの脳内はキャパオーバーしている。おそるおそる指を伸ばし、此方を向いて寝ている彼の頭に触れてみる。彼がわたしの髪をよく撫でてくれる理由がすこし分かった気がした。わたしなんかよりもサラサラで美しい彼の髪は撫で心地が好い。何も特別なことなんてないのに、起きていたらなかなか出来ないであろう貴重なこの時間に胸がじんわりとあたたかくなる。しかし、隣に彼がいるということに不慣れなわたしはこれからどうして良いか分からない。1、こっそりベッドから抜け出し朝食の準備をする。2、彼を普通に起こす。3、彼をびっくりさせるように起こす。テレビのドラマなんかでは、彼が起きないようにこっそりベッドから出て優雅な朝食作りをする光景をよく見掛ける気がする。疲れているだろうに起こすのも躊躇われるし、よくあるキスして起こすなんていうのはわたしにはレベルが高い。やはりここは1番で行くのが無難だ。
ベッドに深く沈んだ昨夜からゆっくりと目覚めるように身体を起こす。それにしても、寝ているとは言え隣に人がいる状態でおまけにこんなに明るい朝の中、何も纏っていないというのは些か恥ずかしい。万が一、突然目覚められた時のことを考えて、彼の方に背を向け床に散乱している衣類の中からランジェリーとシャツらしきものを拾い上げる。あ、これわたしのじゃなくて彼のシャツだ。まぁいいや、とりあえず部屋を出るまでだから何でもいっか…と足を冷たい床につけた瞬間、腕を力強く掴まれてシーツの海に引きずりこまれた。
「わっ…」
「置いていくなんて、ヒドイな」
そのまま肌触りの良い白い海へダイブすると、すぐ目の前に彼の顔があった。吸い込まれそうな双眸は相変わらずで、とても今起きたばかりだとは思えない。掴まれた腕は熱くて、そのまま力強く抱き寄せられればふたりの間に隙間なんてないみたいにピタリとくっついた。何も着ていない彼の肌はあたたかくて、ずっとこうしていたくなる。
「…いつもは零くんがわたしを置いていっちゃうくせに」
すこし拗ねたような口調でそう言えば、彼は心底申し訳なさそうに謝罪し、わたしのおでこにやさしいくちづけをひとつ落としてくれた。あー、そういう困った顔で笑う表情ズルイ。
忙しい彼はいつも朝にはいなくなっていたから、こんな甘ったるい朝は初めてでどうしたら良いか分からない。とりあえず彼の胸に顔を埋めるとトクトクと動く心臓の音が子守唄みたいに穏やかで、また眠ってしまいそうになる。
「お詫びに今日は朝食を作るよ」
「…そんな時間あるの?」
「今日はと過ごすって前から決めていたんだ」
「よくお休み取れたね」
丸一日、彼がお休みなんて一体いつぶりだろう。彼の仕事を詳しく知っているわけじゃないけど、警察関係の中でも休みが取りにくい部署に配属されているだとか何だとか聞いたことある気がする。昼はわたしが仕事をしているし、夜は彼が働いていることも多く、外でデートしたことなんてきっと数えるくらいしかない。それでも僅かに空いた時間を見つけて本当に数分でもマンションに来てくれるし、たまに一緒に料理をしたりふたりの少ない時間を楽しんでいるつもりだ。ただ、朝になると彼はいつもいなくなる。夜中にいなくなっているのか朝方にいなくなっているのかは分からない。そのことに対して一切の不満がないと言ったら嘘になる。それでも、こうして今ゆっくりとした時間を過ごしているとそんなことどうでも良いとさえ思えてくる。良い子ぶってると思われるかもしれないけど、それはもしかしたら彼によっぽど盲目だからかもしれない。
「たまにはふたりでゆっくりするのも悪くないだろ?」
「悪くないどころか最高だよ」
たった一日、たった24時間一緒に過ごせるだけでこんなに嬉しいなんて、わたしは単純な女だ。けど、彼が必死の思いで作ってくれた休日を、わたしと過ごしてくれることが何よりしあわせで仕方がない。もう隙間なんてないから、ふたつの身体がひとつになるくらい溶け込むようにぎゅっと近づくと、頭をやさしく撫でられる。わたしはやっぱり彼に頭を撫でてもらうのが落ち着くらしい。こんなこと子どもっぽくて言えないけど、きっと彼は分かっているはず。わたしの頭を撫でてる時の表情はとてもしあわせそうだから。でも、彼はそれをきっと分かっていない。だからそのことはわたしだけの秘密なのだ。
「昼はどこに行きたい?」
「んーと…じゃあ公園」
「そんなところで良いのか?」
「うん。サンドイッチと飲み物持って芝生の上で食べたい」
「それは良い考えだね。さっそく準備しよう」
本当は零くんといっしょにいれるならどこだって良い。明るい時間にふたりで外を歩くのは久しぶりだ。スキップしたくなるくらい眩しい青空が、夜をすこしだけ遠くしてくれるような気がした。
