大理石みたいに冷たく整えられていたシーツが、いつの間にか自分の熱で溶かされてしまったんじゃないかと思うくらい皺がよっていた。
カーテンから透きとおる光が、閉じている瞼をやさしく刺激する。太陽の光で目が覚めるなんてひさびさの感覚かもしれない。ここ最近は休日でも仕事で忙しくて、目覚ましをかけないで起きたのなんてほんとに久しぶり。光に慣れさせるように瞼をゆっくりと数回持ち上げると、ようやく白い天井と万華鏡みたいにうつくしい青い眼が視界に映った。
「!?」
「あ、起きたね。おはよー」
重かった瞼がぐっと持ち上がって今の状況を理解するまでに数秒要した。そして理解出来た瞬間、反射的に身体を横に反転させる。ふと視界に入って床に無造作に脱ぎ捨てられた洋服たちが、昨夜のやり取りを一瞬思い出させた。少ないお給料なりに奮発して買ったお気に入りのスカート。皺になったらヤダからぐちゃぐちゃにしないでと言ったら「今度海外出張になったらにもっと似合うスカート買ってきてあげるから」なんて言われて、絶対一流モデルじゃないと着こなせないような高級アパレルブランドの高いやつを買ってくると思うと、お金持ちが少し憎くなったことを覚醒しつつある頭の中でぼんやり思い出した。
「え、何でそっち向いちゃうの」
ひさびさに熟睡出来たということは、きっと口を開けてアホみたいな顔で寝ていたに違いない。そしてその顔を見られていたに違いない。いや、それよりも昨夜の情景の方が恥ずかしい。思い出すだけで身体が熱を持つ。「そっち向かないでよ」とか「僕さみしーんだけど」なんて後ろでブツブツ言っている声は一切無視。けど、腰に置かれていた腕にぐっと力が入るとあっという間に勢い良く彼の方へ身体を引っ張られる。今になってようやく腕枕されてたいたことに気づいて、痺れちゃったかななんて心配をしてしまった。お互いの肌と肌に空間なんて無いんじゃないかってくらいピタリと密着していて、当たり前のことなのに何度経験しても彼の場合は少し不思議な感覚になってしまう。肩にかかっていたわたしの髪を首のほうに寄せ、肩口に軽いキスを落とされると、反射的に身体がピクリと反応してしまう。
「ねえ、なんでこっち向いてくんないの?」
「は、恥ずかしいからです」
「え、何で敬語?」
「いつも敬語じゃないですか」
「え〜昨日はあんなに普通だったのに。名前で呼んでくれたし」
「…ほぼ無理矢理呼ばせたくせに」
耳の裏をなぞるように髪をかけられて、露わになった耳朶を甘噛みしたりわざと音を立ててキスをしてくる。動きたいけど逃がさないと言わんばかりに身体をガチガチにホールドされていて、シーツをぐしゃりと握ることしか出来なくなってしまった。いつものお気楽な感じではなく、1オクターブ下げたような重厚感のある声で、ちいさく「かーわい」とご機嫌な声が聞こえたら、それが合図だったみたいに外耳道に舌がねじ込まれる。反射的に高い声が漏れたけど、すぐに自覚してくちびるの上下を必死に縫い合わせた。そんなわたしを褒めてほしいくらいなのに、スっと長い指が伸びてきて輪郭を確かめるようにくちびるをゆっくりと撫でられる。うっすらと開いてしまったくちびるの隙間から指を3本ほど突っ込まれてびっくりしていると「声、我慢しないで」なんて囁きが落ちてきた。噛むわけにもいかず、というよりわたしが噛めないということを理解しての行動だろう。声にならない声が途切れ途切れ漏れたのを堪能したのか、噛めずに散々舐めてしまった指が抜かれたのはしばらく経ってから。
「耳真っ赤だよ」
「けほっ…当たり前じゃないですか」
ようやく呼吸が楽になって息を整える。握りしめていたシーツにはまたもや皺が出来ていた。そんな風に冷静でいられたのも束の間。熱を持った手が、わたしの肌を探るように色々なところを撫でてくる。この体制がすごく厄介だということに、今ようやく気付いた。動くことも抵抗することも出来なくて、かと言って向き直って目が合ってしまえば何かが終わると思ってしまいそれも出来ない。彼の顔は一切見えないけれど、どんな表情をしているのかは容易に想像が出来る。
「あ、ちょ、もう胸触んないで下さい」
「え〜どうして?」
「どうしてって…どうしてもです!」
身長の高い彼は当然手のひらも大きい。そんな彼の手には到底足りないであろうわたしの膨らみを、ゆっくりと堪能し始めた。でも、頂き部分には絶妙に触れず、うっすらと存在している下乳のラインを撫でるようになぞったりしている。あんなに触らないでと言ったのに、今はそれが焦れったく感じてしまうなんて、恥ずかしくて絶対に言いたくない。
「さ、気づいてるよね?」
何のことに対してか言わないのがほんとに厭らしい。わたしの奥底に眠っていた欲望のことなのか、後ろで感じる彼の欲望のかたまりのことなのか。胸の周りを触れるように撫でていた手は、くびれのライン、お腹、太腿の付け根へとゆっくり降りていく。「待って」と絞り出されたわたしのちいさな精一杯の抵抗は、ほんとは抵抗なんかじゃない。脚を少しだけ開かされ、ゆっくりと侵入してきた指が中で熱さを加速させる。耳に響く音といっしょに、わたしの脳を貫くような低い「ねえ」という声が聴こえる。
「キスして良い?」
今更そんなこと、わざわざ聞かなくたって分かってるくせに。身体を仰向けにされればひさびさに目が合う。この世のものとは思えないくらいまぶしいこの目を見てしまうと、身体が言うことを聞かないとかじゃなくて、自然と力が抜けてしまう。朝を迎えてから初めてくちびる同士で交したキスは、外の明るさに似合わないくらい濃厚で、それだけでもうくたくたになる。もう抵抗なんてしないのにベッドに沈むように掴まれた手首。頑張って指先だけ少し動かすと、すべてを汲み取ってくれたのか彼の指とわたしの指が絡まった。同時に感じる下腹部にずっしりとした重み。思わず少しだけ眉間に皺をよせると「その顔、かわいい。すき」と言ってくれるけど、恥ずかしがってる場合でも喜んでいる場合でも無くて、ただ顔を背けてしまう。
「お願い、こっち見て」
漏れた吐息に埋もれるように、すでに何度か朦朧としかけているわたしの頭に響くのはいつもよりどこか少し余裕のない声。汗ばんで張りついたわたしの前髪をやさしく直してくれるけど、ゆっくりと奥へ奥へと入ってくる重みに思わず逃げてしまいたくなるのは、何度経験しても制御できない。逃がさないと言わんばかりに腰を引き寄せられ、太腿を流れるように撫でたあと、膝裏をつかまれその瞬間ぐっと一気に奥へと深く押し込まれる。仕事中に息が乱れるところなんて一切見たことのない彼の荒い呼吸と、わたしの言葉にならない声が、ふたりの世界を揺らすように埋め尽くした。
