「羊数えたら眠くなるかなぁ」
「どうかな」
「辰也くんは寝れそう?」
「寝ようと思えば寝れるし、のその遠足前日気分に付き合ってあげても良いよ」
優しい発言のようにも感じるけれど、少しコドモ扱いされたような感じも決して否めない。「昔から楽しみなことがあると寝れないんだよね」と隣の彼に話すと、腕枕から流れるように私の髪を撫でる彼の手は、まるで小さなコドモをあやすみたい。けれど心地が好いので唇をきゅっと結んでしまい何も言えなくなってしまう自分は、彼からしたらやはりまだコドモなのだろう。
「うーん、どうしようかな」
「のお望みのままに」
「明日早いから早く寝かしてあげたいんだけど、先にひとりで寝られちゃうのも寂しいし」
「矛盾してるね」
でも、こうしてベッドの中で一緒にあたたかさを共有している時に、彼が先に寝てしまったことなんて今まで一度もないように思う。わたしはいつも彼の寝顔を見てみたいと思っているのに、大抵わたしの方が先に眠りについてしまうので、それはなかなか叶わない。せいぜい夢の中で叶わないその願いを繰り広げるくらいだ。ただ、自分の寝顔は極力見られたくない。寝顔を見られたいなんていう女の人は少数派なんじゃないだろうか。寝顔が可愛いなんて所詮漫画やドラマの世界だけ。それかすごい美人だとか、すごく可愛いとか、そういう顔の持ち主だけ。そう思って、いつも毛布やふとんを目の下までかけて隠したり、彼とは反対の方向を向いて寝たりしているのに、朝起きるとアラ不思議。自分でも気づかない、無意識のうちに自然と彼の方に近づいてしまう習性があるようなわたしは、この残念な寝顔を恥ずかしげもなく晒していることが多いらしい。おまけに彼はわたしより早く起きていることが多い。わたしはきっと無防備な状態で、彼の朝に悪いスパイスを与えているに違いない。でも、彼はそんなスパイスさえも「の寝顔があまりに可愛くて寝れなかったよ」だとか「眠り姫みたいだね」だとか、そんなイマドキ漫画やドラマでも言われないような言葉でスパイスを砂糖に変えてしまう。口を開けて間抜け面をしているに違いないはずなのに、そんなことを朝から言われたら、シャワーを浴びなくてもその甘ったるい言葉が降り注ぐおかげで目が覚める。
「じゃあ、間を取って」
「間?」
「お願い、わたしを寝かせて!」
「…仕方ないな」
呆れるようにため息をひとつ吐くくせに、ちゃんとわたしのお願い事は叶えてくれるのが彼のズルイところのひとつ。「はあたたかくなると眠くなるだろ?」そう言って抱き寄せてくれた彼は確かにあたたかい。ひとつのあたたかさに触れてしまうと、全てをあたたかくしたいという欲が湧いてしまう。彼の足に自分の足を絡めると、またひとつ優しい楽しそうな笑い声が聞こえた。額に落とされる数え切れないほどの唇だって、あたたかいを遥かに超える熱さがある。
「んー、くすぐったい」
くすくす笑いたくなるようなくすぐったさとあたたかさ。額だけでなく頬や耳にまで侵略してくるその唇は、眠りたくてたまらないわたしを笑顔にさせる。口づけをしては私の反応を見て、また唇を落とす。その「間」というべきタイミングが、彼は絶妙なくらい上手い。
それにしても、こうも嬉しい口づけをたくさんされてしまうと、何だか贅沢を望んでしまいたくなるのが恋する乙女の辛いところ。
「口、にはしてくれないの?」
「良いの?」
「うん」
この時、わたしはどうして彼が「良いの?」なんて聞いて来るのか理解が出来なかった。いつもはそんなこと聞かずに、むしろところ構わずキスしてこようとするのに、どうして今ばかりは控えめでしおらしいのか。特に深く考えずに頷いた自分を、後で後悔することになるとはまだ知らず。
ちゅ、と可愛らしく鳴るリップ音はいつ、何回体験してもドキドキを奏でる。ただのキスでこんなにも胸がときめいてしまうこの心臓も、いつまで経ってもコドモのまま。いつかオトナになれる日が来るのだろうか。でも、オトナになってしまったら今のこのドキドキする時間もなくなってしまうんじゃないかという不安も生まれる。そんなわたしの気持ちなんてお構いなしに繰り返される唇の重なりは、相変わらず幸せ過ぎてつい笑顔になる。でも、
「むー」
「何?」
「…何でもなーい」
それはもう楽しそうに、わたしの唇にキスを落とす彼の方がコドモに見えてきたくらいだ。おまけに彼の指先はわたしの耳を触れたり頬を撫でたりと、まるで落ち着きがない。彼は指先が冷たいことがよくある。身体があたたかいせいか、その冷たい指先との温度差がとても気持ち良くてつい目を閉じてしまう。けれど、その動きが余計にわたしをドキドキさせるので、とてもじゃないけれど眠ることが出来ない。それに、ふと見せる色っぽさを孕んだ表情は全然コドモなんかじゃない。ただ触れるだけなのに、何だか眩暈さえ感じてしまうこの感覚に溺れてしまいそう。この胸の高鳴りがわたしを侵食する前に、彼の胸に顔をぐりぐりと押しつけてみることで何とか踏み止まってみた。
「どうかした?」
「…った」
「え?」
どうかした?なんて心配するような優しい彼の台詞は大嘘に決まっている。だってそんなことを聞いてくれるくせに、わたしが答える前に再び至るところへのキスを再開させるんだから。コドモどころか赤ちゃんのように言葉にならない声で意志疎通を図ったのはどうやら無駄だったらしい。本当は全部理解しているくせに、わたしにハッキリとした言葉を言わせたがる彼は、なかなかの意地悪者だ。
「目、覚めちゃった」
ちらりと上を見るように彼の顔を覗くと、少し驚いた彼の顔と出会った。けれど、その表情はすぐに笑みに変わり、夜によく見かける妖艶な表情が、ちょうど月明かりに照らされる。もしかして狼にでもなっちゃった?なんて童話のような世界には程遠いオトナの世界。いつまで経ってもコドモなわたしをオトナにしてくれるのは彼だけ。今日は明日の事を考えるとそんなに望んでいないんだけど、というのは先ほどまでの話。せっかく少しずつやってきてくれた眠気がいつの間にかどこか遠くへ旅立ってしまったようだ。少なくともこの心臓が大人しくなるまでは眠れそうにない。でも、大人しくなるには一体あとどれくらいかかるのだろうか。
「責任取ってくれる?」
わたしはすべてを彼のせいにすることにした。だって、寝かせて欲しいとお願いしたのに、寝かせるどころかドキドキさせるんだもの。頭の中に思い浮かぶ思考はただひとつ。彼は最初からこうなる事を予想していたんじゃないだろうか。だって、今宵も彼は楽しそう。
「喜んで」
コドモのくせにオトナな時間を過ごしてしまったせいで、やっぱり今日も眠れない。
