あまったるい香りが少しばかりのしあわせを運んでくる。休日のランチタイムとティータイムの真ん中くらい。いつもなら陽がぬくぬくと当たる部屋でのんびりお昼寝したい時間帯だけど、今日は気分的にあまいお菓子が食べたくなって突発的に手作りしてみることにした。
特にお菓子作りが得意なわけでもないし、もちろん料理が特別得意なわけでもない。でも、たまにレシピを調べていつもより少し凝ったものを作りたくなる時もある。

「なーにしてんの?」
「つくってるの」

 部屋でひとりしていたゲームに飽きたであろう鉄朗がわたしの部屋のせまい1Kキッチンにやってくる。背の高い鉄朗がやってくると余計に狭くなるからいつも「大人しく待っててね」と言ってるのに「だって黒尾サン、さみしーんだもん」とかなんとか毎回適当な冗談と共にやってくる。うっとうしいなと思いつつも邪険に扱えないのが、つまりそういうこと。窮屈ながらも、少しずつ好みの色やデザインで築き上げたわたしのちいさな城でもあるキッチン。充分満足しているけど、ふたり揃って立つことでようやく完成でもあることはわたしのちいさな秘密だ。

「何つくってんの?」
「トリュフチョコだよ」
「へぇ〜楽しみ」

 まるで純粋な少年のような目をして興味深くこちらを覗いてくる。大人っぽく見えがちだけど、意外と子どもぽいところがあるところはきっとわたしくらいしか知らない。そんなちいさな優越感を今日もこころに咲かせながらご機嫌になるわたしを、きっと鉄朗は気づいているに違いない。だって、そんなわたしにつられるみたいに鉄朗の声もどこか少し弾むから。
 トリュフを作る中でいちばん好きな工程はチョコレートを丸めるところ。難しいけど、だからこそうまく出来たときはとびきり嬉しい。作ること自体が好きというのもあるけど、それを食べてくれる人が傍に存在してくれるということが、何よりしあわせな事だとも思っている。お菓子作りをやるようになってまだ最初の頃、失敗して生焼けみたいなクッキーになった時も残さずぜんぶ食べてくれた。

「あ、ちょっと!キッチン立ってるときはくっつかないでっていつも言ってるじゃん」
「ん〜そうだっけ?」
「とぼけないの」

 人の両手が塞がってるのを良いことに、後ろから腰に回された手は邪魔で仕方ない。もう毎回のことなので、抗議はするけど特に解くこともせずそのままにしている。特に今みたいに移動せずその場に立って作業するときは完全放置。邪魔と言えば邪魔だけど、たまに役立つときもある。例えば、洗い物をしているときに捲っていたトップスの袖が下がってきた時にはその手の大きさからは想像できないほど丁寧に上げてくれる。もっとぐしゃってやって良いのにって思うけど、なんとも微笑ましいから言わないでいる。あとは今回みたいな時もそう。

「シュシュ落ちそう」
「え、直して〜」
「はいはい」

 ゆるくなりつつあったシュシュをそっと解いて髪を纏めてくれる。手が大きいのに器用だなーと思うことは今までも何回かあったけど、程よい締めつけ具合で、おまけにシュシュについている飾りもちゃんと整えてくれるところとかがさり気ないけど流石だなって思ったり。ふだんのヘアアレンジではポイントになる後れ毛も、ちゃんと耳にかけて纏めてくれるのも良い。

「うん、かわいい。俺ってやっぱ器用かも」
「ありがとう、ところで」
「んー?」
「なんでそんなに耳触るの?」
の耳ちっさいなーって思って」

 人差し指でスーっと耳の裏をなぞるように、そのままの流れで露わになった項を撫でられる。くすぐったくて身を捩っていると耳に思いっきりリップ音を立てられて、集中してるのにってイラっとしたわたしに気づいたのか「ごめんごめん」って笑いながらのやさしい声が頭上から降り注ぐ。

「あれ、こっちのは?」
「そっちはもうすぐで完成のやつ」
「へえ〜うまそ」
「あ!」

 形成しただけでまだ未完成のトリュフをひとつ掴んで盗まれた。「泥棒!」と訴えても少年みたいな目で美味しいと何度も言ってくれる横顔を見たら、仕方ない。人は何故つまみ食いをしたくなるのだろう。そんな分析結果がどこかにあるのなら、ぜひ拝見したい。鉄朗が料理中キッチンに来たとき、ほぼ100パーセントの確立でつまみ食いしていると思う。たまに味見してってこっちから言っちゃうときもあるけど。

「まだ味見してなかったのに」
「んー…?じゃあ、はい」
「え?!」

 後ろから無理矢理口に入れられたトリュフは、未完成ながらも美味しいと自画自賛したくなった。美味しく作れないようにする方がむしろ難しいお菓子かもしれないけど、そんなこと関係なくおいしいって思ったらすこしだけしあわせな気分になれる。
 これからチョコレートコーティングしてココアバターふって…なんて色々考えていたけど、くちの中に入れられた指がなかなか出ていかなくて鉄朗の指まで舐めてしまう。指が邪魔でうまく食べられなくて、鉄朗の指についた溶けたチョコレートがわたしのくちの周りにも多分たくさんついていて、まるでちいさい子どもみたいになってるに違いない。両手もチョコレートまみれで、言葉にならない声で抵抗を示す。ようやく指がそっと抜かれて、チョコレートまみれになったくちの中を整えているとすぐに身体を反転させられて、くちびるごと食べられた。

「あま」

 チョコレートまみれのわたしの両手が、行き場なく彷徨うことを予想していたに違いない。ちいさく漏れた声もすべて絡め取られる。せめて手だけ洗わせてくれませんか。わたしに残されていた数少ないそんな理性はあっという間に綻んでいく。頭をやさしく掴まれて、首を思いっきリ伸ばされて、いつの間にかするりと服の中に入ってきた大きくてしっかりとした手はチョコレートに触れたらすぐに溶けてしまうんじゃないかと思うくらい熱い。お互いから漏れるあまい吐息と、鼻をかすめるチョコレートの香りが脳を痺れさせた。