―僕はいつからのことを避けるようになっていたんだろう。
明確に思えて実は曖昧な呼び方をすると、僕には幼馴染みと呼べる人間がひとりいた。ちいさい頃は外で虫捕りだかなんだか忘れたけど一緒に遊んだり、喧嘩すると兄ちゃんがよく仲裁に入ってくれて3人で遊んだ記憶もかろうじてある。小学校に入るとそんな関係が少し面倒に感じるようになったのか、照れくさく感じるようになったのか、少しずつ見えない距離が自然に生じるようになっていたと思う。それでも、僕と山口のバレー教室が終わるのをはひとりで待ってたりしてたから、そう思っていたのは僕だけだったのかもしれない。けど、今時流行りもしない男女における幼馴染みなんて関係、中学くらいで終わると思っていたのに何の因果か高校までおなじな上にクラスまで一緒。おまけに席まで隣とか、ここまで来ると誰かの嫌がらせかとも思ってしまう。そんな幼馴染みは今日も相変わらず何の抵抗もなく話しかけてきた。
「ねーねー蛍くーん」
「…」
「ねーねー…蛍ってば!無視しないでよ!」
「ちょっと、自習だからって話しかけて来ないでよ」
「お願いがあるの」
「ヤダ」
「まだ何も言ってないじゃん」
黒板に大きく自習と書かれた文字に浮かれたクラスメイトたちの半分くらいは喋ったり寝てたりする。ペンを回しながらそんな光景を後ろの席からぼんやり眺めていたら、自習なんてまったくする気がないが話しかけてきた。何も書いてない真っ白なルーズリーフを机の上に広げながら、こちらを覗きこむような上目遣いが鬱陶しいのに目が離せない。何も言ってなくてもの考えてること、言いたいことなんて手に取るように分かる。授業で先生に当てられそうになって答えが分からないとすぐにこっちを見てくるし、もう高校生にもなるくせによく映画やドラマを観て感動してひとりで泣いてる。頭はそれなりに良いくせに、そんな単純な思考回路ってどういうこと?
「あのね、影山くんのことなんだけど」
「どこが良いの?頭も悪いし背も低いじゃん」
「低くないよ!蛍が大きすぎるんだよ!っていうかまだ何も言ってないのにぃ〜!」
「勝手に赤くなるのやめてくんない?」
ある日、僕がバレー部に入ったことを知ったは「蛍がちゃんとバレーやってるところ見てあげる!」なんてお節介を発揮して目を燦々と輝かせながら体育館に練習を見に来た。なんで僕がバレーを続けることをがあんなに喜ぶんだろう、なんて暢気なことを考えてたのも束の間。どうやら練習を見に来たあの日、王様にひとめ惚れしたらしい。後日、あれは何組の誰だとかどこ中なのかとか根掘り葉掘り聞いてくるから何故か分からないけどイラっとして「僕のこと見に来たんじゃなかったの?」なんて言おうとしたけど慌てて言葉をぐっと飲み込んだのを今でもよく覚えてる。
「あ〜蛍が今日も冷たい。ガリガリ君より冷たい」
「っていうかさっきからうるさい」
「幼馴染みにやっと好きな人が出来たんだよ?めでたくない?」
「ハイハイ」
そういえばの浮いた噂って今まで聞いたことない気がする。幼馴染みの贔屓目があるわけじゃないけど、見た目だってそんな悪くないだろうし、中身はまあ単純だけどよく言えば素直なんだろうしなんだか放っておけないところもある。そういえば中学2年くらいの頃からか、が急に大人っぽくなって妙に色づき始めたのを覚えてる。今思えば、少しずつ変わっていく幼馴染みを見て、なんだか少し置いていかれるような気になったのかもしれない。ただ、中身は今もあまり変わらないままだし、当の本人は全くなにも自覚してないようで「蛍が冷たくなった」と喚いて僕にまとわりついてるけど。
「もう少しわたしに興味持ってよ〜」
「なんで今更」
「そもそもは蛍のせいでもあるんだよ?」
「ちょっと、人のせいにするのやめてくんない。なんで僕のせいなのさ」
「だって蛍ばっか見てきたから理想が勝手に高くなっちゃったんだもん」
ナニソレ、意味わかんない。っていうかそれって僕よりあの王様の方が上ってこと?それも何かムカつく。「あ〜」とちいさな声で呻きながら机にうつ伏せになるはルーズリーフにぐりぐりと自分の気持ちを発散するかのようにワケの分からない線を書いていた。ふと、の手ってこんなに小さかったっけ?指ってこんなに細かったっけ?なんてどうでも良いことを思った。僕にとっては低くてちいさく見える机も、の身体を華奢に見せる。そんなにちいさいイメージはなかったけど、今みたいに客観的に眺めると、ちいさい頃とは何もかもが違う。何より、あんなに能天気だったが、恋なんてものするようになったのか。僕の目の前で。
「ところで、蛍は好きな人とかいないの?」
「は?なんでそんなことに言わなきゃいけないの?」
「教えてくれたら協力するよ!」
仮にここで「いるよ」と答えたらは変わらず今のテンションを保つんだろうか。言葉通り本当に協力しようとするのだろうか。そのことに苛立ちと腹立たしさを感じるのはなんでだろうか。たくさんの疑問が生まれるのに、答えを確かめようとする勇気も度胸もない。目をキラキラさせながら僕のことを見つめてくるの視線が刺さるように痛くて、早く授業終了のチャイムが鳴って欲しいくらいだ。いったいどんな言葉を期待してるというのか。
「僕はそういうのパス」
「え〜もったいない」
「もったいないって何」
「でも好きな人とかいないなら暇でしょ?」
「なんでそうなるのさ」
「わたしのこと応援してくれるよね?」
応援って何?僕にあいつの情報集めて来いって?そんなの死んでもイヤだ。僕に仲を取り持つようなきっかけを作れって?絶対無理。しかもなんでよりによって僕の知ってる男を好きになるんだ。せめて全く知らない男だったらまだこんなにムカつかなかったかもしれない。いや、やっぱりムカつく。うわ、それってまるでー
「するわけないデショ」
ー僕はいつからのことを好きになっていたんだろう。
自覚した途端に終わるとかみっともない。どうせなら嫌いになれれば良いのに嫌いになんてなれそうにない。だったらもう、好きなままでいるしかないじゃないか。
