久々に一日休みが貰えたので、の部屋でのんびりデートすることになった。最近は撮影後の短い時間にデートやご飯に行ったり、オレの部屋で過ごすことが多かったからの部屋に行くのは久々だ。そのせいか、すこし緊張したけど部屋のインテリアも香りも雰囲気も、前来た時とあまり変わってなくてなんだかホッとした。今日もいつもお互いの部屋で過ごす時と同じように、レンタルしてきた映画をゆっくり観たり、一緒に料理を作ったり(オレはほとんど見学だけど)、雑誌や本を読んだり。そういう、平凡だけどゆっくりとしたふたりの時間を過ごしていたというのに、は急に自分の世界に入り込んでしまった。
「ねー、まだっスかぁ?」
「…」
「聞こえてないんスか〜?オレ超ヒマなんだけど」
女性向けのファッション雑誌を読んでいたは明日、女友達と遊ぶことを思い出したらしく「ちょっとだけマニキュア塗らせて」と言って急にネイルを始めた。曰く、女の子と遊ぶときはオレとのデートより気合いを入れたくなるらしい。分かるような分からないような。
何本もの様々なマニキュアが入ったカゴを持ってきたは宝石箱を開けたみたいに目を輝かせてどの色にしようか悩んでいる。何本か取り出し蓋を開けると、ツンとしたニオイが部屋の空気を泳ぎ始めた。女の子はマニキュアのこのニオイは気にならないのだろうか。そんなちいさな疑問を頭に浮かべてを見つめてみる。あんな筆でちいさくて細い爪に色をのせていくはすごい器用なんだと思ったけど、どうやら集中力を要するらしい。完全にの世界からオレは排除されている。おまけにちょっとだけと言ったくせに全然ちょっとじゃない。
「あ、そうだ。オレやったげよっか?」
「いい」
「はやっ!つか聞こえてんじゃないっスか!」
「涼太くんにお願いして汚くなったらヤダからいい」
「ひどっ!」
せっかく久々にふたりで過ごせる貴重な時間なのにオレの扱い雑じゃない?文句を言いたくなりながらも、爪がキレイに色づいていく様子に恍惚の目を向けるを見ると、不思議とオレまで微笑ましくなってしまう。盲目か、なんて自分にツッコミを入れたくなっていると、ようやく最後の指を塗り終えたらしいが手をパーにしてそれぞれの指をチェックするように真剣にゆっくり眺めている。よし、ようやくに構ってもらえる。
「…」
「あーもう、また集中する〜」
塗り終えたのは片手だけだったらしい。一回満足気な顔を見せたあと、すぐにまた職人みたいな鋭い眼光と驚異的な集中力で黙々ともう片方の手の爪を塗っていく。またさっきと同じくらいの時間を我慢しなくちゃいけないのかと思うと、目を閉じて天を仰ぎたくなった。然し、これ以上邪魔をしてもしに嫌われたら、と思うと今度は項垂れたくなる。そんな情けなさ100パーセントのオレは、なんとかして嫌われずにと時間を共有出来る方法を考えてみた。
「ね、。一瞬だけこっち見て?」
「ん?」
卑怯だと分かっていながらも、すこしあまったるい声でに話しかけてみる。集中はしていても、ちゃんとオレの存在を認識してくれていたらしい。無視されることも覚悟していただけに、それだけで少し安堵してしまった。は目線を爪からオレへと映し、顔を上げる。その瞬間をどれだけ待ったことか!隙だらけの薄く開いたさくら色のくちびるに、軽やかな音を立てて自分のくちびるを一瞬だけ重ねた。あまりに突然のことで状況を理解出来ていないのか、は相変わらずかたちの良いくちびるを薄く開いたままだ。
「やりぃー!」
「…」
「ちょ、怒んないで!」
数秒表情を変えず無言のままだったが徐々に般若みたいな顔になってきた、と言ったらもっと怒られるかもしれないけど、そう言いたくなるくらい怒りを蓄積している様子がうかがえる。次に起きる展開を予想すると?怒り狂って罵倒される。?喋ってくれなくなる。?泣かれる。うーん、の性格上だと?の喋ってくれなくなる、そして無視され続ける、が濃厚そう。
は静かにマニキュアの筆を小瓶に戻し、塗ったマニキュアが崩れないようにそっとキャップを閉めた。あ、ヤバイ。もしかしてこのローテーブルひっくり返して怒っちゃう?それともの部屋だけどひとりで出てっちゃう?そうなったら流石に謝って宥めなきゃ、と必死に頭の中で考えてるとマニキュアの入ったカゴを元の位置に戻したがオレの隣にぴったりとくっつくように座った。
「…集中力切れちゃったから責任取ってよね」
何スかそれ、可愛すぎるでしょ。オレの中の何かのメーターがMAXを振り切り、責任を取るべくまずはぎゅうっと抱きしめようとしたら、ネイルが崩れるから抱きしめるならそっとしてと怒られた。注文が多い。仕方ないからこの部屋のカーテンと同じ、の爪に塗られたベビーピンクのマニキュアが崩れないように、やさしく抱きしめてキスをした。
