イタズラが好きだった。
 幼い頃から両親が忙しくてひとりでいる時間が周りの子たちに比べると多かったように思う。其の所為だろうか、強がるわけではないけれど、ひとりでいることが寂しいと思ったことはない。ひとりでいることに慣れてしまった私には、寂しいだとかそういう可愛い感情が芽生えなかった。けれど、小学生の頃のある日から近所に住んでいた真琴が私に構ってくるようになった。たまたま参加した水泳教室で知り合ったのがきっかけだ。我が家、と言ってもあの頃からほとんど私ひとりしか住んでいないような飾りでしかない家。偶然にもご近所だと知った彼は、よく私の家まで遙を無理矢理連れて水泳教室の誘いに来ていた。


「またハルにイタズラしたんだって?」
「別にー。ただサバのチョコレート煮を作っておすそ分けしただけだし」
「う、想像しただけでキツイ」
「意外とイケるんだよ。今度真琴にもおすそ分けしてあげるね」


 元々泳ぐことが特別好きなわけでもなく、ただプカプカとこの身をすべて水に任せて浮いていることが好きだった私は真琴や遙と違ってすぐに水泳を辞めた。なのに、ふたりとの関係は終わらなかった。今もこうして何故か同じ高校に進学して、お互い用事がない時は今みたいに一緒に帰ったりもしている。オレンジ色の夕陽が眩しくて、なかなか前を見ることが出来ない。私にとって真琴も夕陽も同じような存在だ。直視を躊躇う程、眩し過ぎる。面倒見の良い真琴は私を見放すことをしない。今だって、昔と変わらず必ず家まで送ってくれる。帰路が永遠に終わらなければ良い、なんてそんなお伽話みたいなことを心の奥底で願って、でも蓋をして誤魔化している愚かな自分からしたら、真琴という存在は憧れでもあり、いつの間にか愛しい存在になっていた。真琴からしたらきっと遙も私も同じような存在なのに。真琴と性別が違う私は一生、こんな関係を続けられるわけじゃないのに。ああ、そんな事を考えているうちにまたしても入れ物でしかない我が家。いつからこの重厚な扉を開けるのが億劫になっていただろうか。扉を開けたら待っているのはたったひとりの世界。


、何かあった?」
「え…何で?」
が俺たちにイタズラする時って、何かある時だから」


 目を見開いてしまった自分を後悔した。これでは「そうです、その通りです」と白状してしまっているようなものではないか。両親の離婚が決定したことくらいで動揺する年齢でもないのに。子供みたい、と笑われてしまう。けど笑って「何もないよ」と言えるほどまだ大人ではなくて、唇を結んで俯くことしか術を知らない。所詮は子供なのだ。


「よしよし」


 たった数秒の沈黙が何時間にも感じて、早くこの淀んだ空気なんて去ってくれと思っていた。奇跡的にも私のその贅沢な願いは叶った。全く予期しない去り方ではあったが、夕陽に照らされた彼の顔を見た瞬間、根拠もないのに安堵したのだ。頭に乗せられた手が大きくて温かいとかそんなこと関係なく、無性に涙が出そうになった。


「放っておいてくれて良い、のに」


 ああ、だめだ。このままでは彼に甘えてしまう。その広い胸に飛び込みたくなってしまう。きっと彼は優しいから、私が彼に縋ったら受け止めてくれる。けど、私が望んでいるものはそんなものじゃない。ただのありきたりな優しさなんかで私を苦しめるのなら、いっそのこと見放してくれて良い。ワガママだというのは充分自覚しているけれど、もうひとりで広い部屋の中、欠片もない希望と膝を抱えて座るなんてことはしたくないから。


「放っておけないよ」


 顔を上げると、今まで出逢ったことのない真琴の表情と遭遇する。こんな顔、知らない見たことない。いつも穏やかに笑っている印象が強かったせいか、目を奪われた。心を抉られた。どこか寂しそうに笑うその表情。一体何が寂しいと言うのだろうか、一体何が悲しいと言うのだろうか。


だけは」


 まるで鏡のようだ。心では作ることが出来ても表情に出すことは出来ない私の心情を代わりに映してくれたのだろう。自分の気持ちを誤魔化すことに慣れてしまった私は、なかなか素直になることが出来なくて目的地の無い世界を彷徨うことしか出来なかった。けど、彼が手を差し出してくれたら遠回りになるかもしれないけれど、もしかしたら私も普通に泣いたり笑ったりすることが出来るのかもしれない。そんな眩しい未来を想像してしまったのだ。


「出会ったあの頃から、は俺の大事な女の子だよ」


 その優しさが私を生かしているのか、殺しているのか。どちらでも良いから今はあなたの胸で泣かせて。