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息を吐くと白い息が空中に舞う季節。どんなに寒かろうが、常勝を誇るこの帝光中バスケ部は普段の練習はもちろん、朝練も欠かさない。 ほとんどの部員が朝練には顔を出して今日も練習に精を出している。そして、それはマネージャーも例外ではない。 マネージャーは朝練に絶対参加!という決まりはないが、常に部活のことを思っており真面目な2人のバスケ部マネージャーは朝練にも必ず出席している。 「ねぇねぇ、さつきちゃん」 「どうしたの、ちゃん?」 「今日テツくんにチョコ渡すの?」 「・・・え!?」 「だって今日バレンタインデーだから気になっちゃって」 「う、うん・・・もちろん渡すつもり!」 「そっか!頑張ってね!」 朝練の最中、お互いデータを取ったりノートに記録をまとめたりしながらと桃井さつきは女子トークをする。 そう、今日はバレンタインデーだった。恋する女子なら誰もがドキドキ・ソワソワする一大イベントである。 彼女たち2人も例外ではない。帝光中バスケ部マネージャーということを除けば、彼女たち2人も普通の女の子なのだ。 だから今現在は普通にしているように見えても、実は内心緊張しているのだ。 特に桃井に至っては、大好きな黒子に気持ちを伝えるチャンスということもあり、ソワソワしているのが同じ女の子であるには分かった。 からしたら、そんな桃井はいつもより可愛く見え、自分のことのように応援したくなった。 「ちゃんも渡すんでしょ、きーちゃんに」 「もちろん!」 「でもきーちゃんってすごいモテるから渡すのも一苦労しそうだよね」 「うん・・・まぁ」 「クラス違うし、マネ兼彼女の特権でこのあとすぐに渡しちゃえば?」 「ううん、私も他の子と同じように渡すって決めてるから!」 「・・・そっか!私も応援してるね!」 いくら朝練とは言え、は彼氏である黄瀬とは実はなかなか喋れない。それは黄瀬が練習熱心だからである。 いつも青峰に対して1on1を挑んだりシュート勝負をしたりなど、あまり他の人間が入る隙間はない。 しかし、マネージャーであるはそんなことに対して一切不満とは思わず、むしろ彼女としても楽しそうに頑張っている 彼のバスケ姿を見るのが何より好きだった。 桃井と女子トークをした後は、それぞれ別の仕事に取り掛かり、あっという間に朝練は終了した。 男子はそのまま部室に行き、制服に着替えるので、彼が出て来るとこを待ち伏せすればバレンタインチョコは容易く渡せる。 と黄瀬の仲はバスケ部では公認なので、他の人間に見られたとしても気を遣ってくれるだろう。 しかし、は先程桃井に宣言したように、他の子と同じように渡すと心に決めていた。 モデルをやっている黄瀬は文句なしにモテる。 このバレンタインデーは特別で軽い戦争のような状態になる。 机の上や下駄箱に山のように置かれてるのはもちろん、休み時間の度に大勢の女の子たちが押しかけてくる。 そんな中に初めて飛び込むのはだいぶ勇気がいることだ。 バスケ部にまだ入っていなかった去年でさえも多くのチョコレートを貰ったのだから今年はより想像を超えるチョコレートを貰うことになるだろう。 「今日、さつきもも何か様子変だったな」 「あ〜今日バレンタインだからじゃないっスか?」 「それで何であいつらの様子が変になんだよ」 「・・・青峰っちにはきっと分かんないっスよ」 「黄瀬!てめぇ、馬鹿にしてんだろ!」 「ふん、下らない」 「とか言って緑間っちも結構貰ったりするんじゃないっスか?」 「俺はそんな浮ついたイベントに興味はないのだよ」 「えー、俺はバレンタインって超好き」 「・・・紫原くんは基本お菓子が好きですからね」 男子も年頃である。それなりにバレンタインデーということは意識するのだろう。 いくら全国を勝ち抜いている帝光中のバスケ部レギュラーとは言え「帝光中バスケ部」ということを除けば彼女たちと同じように 普通の男の子である。全国常勝のバスケ部レギュラーというだけで彼等は無条件に人気がある。 表だった人気は黄瀬には敵わないまでも、それなりにバレンタインデーにはチョコを貰う彼等なのだ。 「つーか、お前はから貰うんだろ?」 「うーん・・・多分」 「んだよ、その煮え切らねー返事は。どうせモデルもやってる黄瀬クンはそれ以外にもたくさん貰うくせによ」 「・・・青峰っち、まさかヤキモキっスか?」 「んなわけねーだろ!」 「さんと何かあったんですか?」 「いや、そんな事ないっスけど、最近2人で会ったりとかしてないからちょっと自信ないっス」 「黄瀬くんがそんなこと言うなんて珍しいですね」 「あー!俺こんなに女の子好きになったことないから分かんないっス!」 「・・・全く、うるさくて仕方ないのだよ」 「ねー、そろそろ教室行こー。眠い」 紫原のやる気のない一言だが、ちょうどタイミングが良かったのもあり、全員準備をして立ち上がる。 最後に今まで黙っていた主将の赤司が「浮つくのは良いけど部活に支障は出さないように」と言い、全員それぞれの教室へと散った。 だが、ちょうど他の生徒の登校時間でもある。すでに黄瀬の上履きを入れている下駄箱にはチョコが溢れていた。 黄瀬はひとつひとつを手に取り、もしかしたらのものが混じっているかもしれないと名前を確認したが、それらしき名前はなかった。 先程も述べていたように、いくら部活で会っているからとはいえ、最近連絡を取り合っていなかった彼女から貰えるのかが不安で仕方なかった。 チョコを抱え、同じクラスの紫原と教室へ向かう。紫原も嬉しそうにいくつかのチョコを抱えていた。 そして、教室の前には既にすごい人が集まっていた。黄瀬と紫原を見かけると女の子たちが「キャー!」と声を上げた。 「うわっ、すごい人っスね」 「あららー。これ中入れんのー?」 教室に入りながらまるでアイドルかのようにチョコを無理矢理手渡された。正直両手はもういっぱいである。 基本、女の子に優しい黄瀬は「受け取らない」ということをしないのだが、こういう時は若干困る。 「せめて荷物くらい一旦置かせてほしいっス」と思いながらもそんなこと言う隙もないくらいに女の子の黄色い声援とチョコを 渡そうとする手が伸びてくる。 「(ううっ・・・すごい人だ)」 実はこの女の子の集団の中にもいたのだ。しかし、人並みの体の大きさの彼女は他の女の子たちに埋もれ、手を伸ばすことも出来ない。 頑張って声を出してもなかなか届かない。 が直接、そして他の女の子と同様に渡したいのには理由があった。 彼女は黄瀬と付き合っており、バスケ部にはもちろん、他の生徒にも隠したりはしていない。 しかしマネージャーであるは周りからなかなか「彼女」としては見られていなかった。 たまに黄瀬の教室に来て話をしたりしていても「部活のことを話しているんだろう」というくらいにしか他の生徒には思われていなかった。 そんな状況にもちろん不満なんてないが、他の女の子を騙しているような気がしてあまり良い気分ではなかった。 常勝バスケ部のマネージャーであるということもある為か、正々堂々の勝負を好む。 はただ単純に、彼女の特権を使わず他の女の子と同じようにチョコを渡して正々堂々といたかった。 人気があり、女の子に優しい黄瀬が他の女の子の前で特別扱いなんてしないかもしれないが、それでも良かった。 純粋に「黄瀬の彼女」としての自信が欲しかったのかもしれない。 しかし、そんな思いも虚しく1限目の予鈴がなってしまった。まだまだ黄瀬にチョコを渡せない女の子も多く、一旦みんな引き下がった。 黄瀬は「ふー」と息をつき、自分の机へと向かうが既に机の上にもこぼれ落ちそうなほどチョコが置かれていた。 授業が始まるが、それまでに今まで貰ったチョコを片せるほど黄瀬が貰ったチョコの量は少なくない。 授業中にも関わらず黄瀬はひとつひとつ貰ったチョコを見ていく。しかし、ここにもやはりのチョコはなかった。 1限目が終わり、2限目が始まるまで短い休み時間がある。 約10分という短い時間だが、黄瀬の周りには女の子が集まる。 2限目終わり、同上。 3限目終わり、同上。 4限目終わり、5限目が始まるまで昼休みを挟むので、朝と同じくらい人が押し寄せてくる。 黄瀬はお昼ご飯を食べるのさえ、若干困難になった。ほぼ全校女子生徒が来てるのではないかと思うくらいの人数だがそれは甘い考えである。 ピークは朝の登校、昼休み、そして部活が始まる前と3回あるのだ。 しかし、こんなにもピークがあるのは黄瀬くらいで他のレギュラーや、他の部活のモテる人間などはここまではいかず、 朝の登校中に大抵貰い、休み時間にパラパラと貰い、部活前に少し貰うくらいである。 ただ、バスケ部は部活時間が長く夜遅くなることも多々あるので、部活後にチョコレートを貰ったり告白を受けることもないが、他の部活動では部活後に 告白なんていうシチュエーションもよくあるらしい。 そしてあっという間に昼休みが終わり、5限目も終了した。 6限目までの休み時間でも相変わらず黄瀬の周りには人が多かったが、紫原の周りは落ち着いていた。 紫原は6限目が始まる前にふらっとどこかへ行き、教室へ戻って来ると黄瀬を取り囲む集団の近くで一人肩を落としている女の子を見つけた。 「ちん、何してんの?」 「あ、敦くん・・・!」 「今日ずっとあんな感じだよー」 「・・・知ってる。私も休み時間の度にあの中にいたから」 「えー?何で?」 「涼太くんにチョコ渡したいから」 「渡せば良いじゃん」 「だって・・・それが出来ないんだもーん」 は「うわーん!」と言い、このまま放って置くとが泣くんじゃないかと思い、紫原は「うーん・・・」とちょっと考えたあとに 大きな手での頭を撫でた。マネージャーのでも紫原の考えてることがよく分からない時があるが、何となく慰めてくれているのではないか、と感じた。 少しだけ励まされた気になったは「ありがと」と言い、笑顔を見せた。 「あ、敦くん。これあげるよ」 「チョコだー。ありがとー」 「バスケ部のみんなにはさつきちゃんと一緒に後でチョコ渡すけど、これさっきコンビニでお腹空いて買ったんだ」 「しかも新発売のやつだし。やべっ、今日貰った中で一番嬉しいかもー」 「ふふ、本当?でも喜んでもらえて良かった」 はお礼の気持ちも込めて紫原に先程コンビニで偶然にも買ったチョコレートのお菓子をあげた。 ああ、普通の人よりモテる敦くんでさえ、今ならこんなに簡単に渡せるのに・・・!と思いながらも、は 次のラストチャンスに勝負をかけることにした。 「敦くん、ありがとう!私、頑張るから!」と言うと、紫原は分かってるのか分かってないのか「んー?うん、頑張ってー」と言い、手の平を振り教室へと戻っていった。 本日最後の休み時間が終わり、黄瀬も教室の中へ戻ると席へ座ろうとする紫原の背中が見えた。 「あれ、紫っちもまだまだチョコ貰ってるんスね」 「あー、これちんに貰った」 「・・・え!?」 「超おいしー」 「な、何で!?俺の分は!?」 「知らなーい。あ、あげないよ」 「要らないっスよ!」 コンビニのお菓子っぽくはあるがチョコを手に持っていたので、何となく聞いてみたらまさかの答えが返ってきた。 紫原がからチョコを貰っても特に違和感はない。マネージャーとしてあげたのではないかという考えが真っ先に浮かぶからだ。 しかし、黄瀬はそうは思えなかった。何故なら彼氏である自分が貰ってないからだ。 もしかしたら、部活後にくれるのではないか、とも思えるのだが、最近あまり一緒に帰れてないだけに不安だった。 そんな不安を抱えたまま、ついに本日の授業が終わり、部活へ向かう時間になっていた。 同じクラスで同じ部活なので自然と紫原と一緒に部室へ行くことになる。 教室を一歩出ると、黄瀬たちのクラスよりHRを早く終えたであろう他のクラスの女子たちが、たくさんいた。 クラスの前の廊下は既に人で溢れており、部室へ行くのも困難である。黄瀬はいつもの笑顔でチョコレートを受け取り、紫原も 「ありがとー」と言いながらチョコを受け取っている。そんな中、急に大きな音が聞こえた。 『黄瀬涼太くん!』 その大きな音とは、が黄瀬を呼ぶ声だった。しかもメガホンで。 自分の体型、声量ではあの大勢の女の子たちの中で目立てないと思い、わざわざ部室からメガホンを取って来たのだ。 メガホンのおかげで声も大きくなり、その大きさに黄瀬や紫原はもちろん、周りの人間も一瞬、シーンとなった。 はつかつかと人の間を縫うように歩き、黄瀬の前まで来ると両手でスっとバレンタインチョコを差し出した。 「黄瀬涼太くん!」 「は、はい」 「大好きです!超好きです!受け取って下さい」 シーンとしている状況は続く。今度は一人の女の子が思いっきり大きな声で告白したことによって静かになっていた。 よく見るとの手は震えている。その自分よりも小さな体を震わせ、顔も真剣な表情で緊張しているのか顔も少し強張っている。 しかし、黄瀬にとってはそんなが何よりも愛しく感じた。まさかこんな形でからチョコレートを貰えるとは思ってなかったのだ。 恥ずかしがり屋のは校内で手を繋いだりすることさえも嫌がる。(それはもしかしたら俺がモデルだから気を遣っていたのかもしれないけど) だから、そんながこうやって目立ってまで自分に気持ちを伝えてくれるのが嬉しかった。 「・・・喜んで」 そう言って受け取り、がホっとした瞬間に黄瀬は愛しい彼女にキスをした。 その数秒後には女の子たちの悲鳴と周りのギャラリーからの冷やかしの声が一斉に聞こえたのだった。 |
愛と勇気と意地の挑戦状
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(おい黄瀬、お前やらかしたみてーだな!) (やらかしたって何スか!) (ファン減っちまうんじゃねーの?) (だって・・・があまりにも可愛くて、つい・・・いてっ!) (何がついだ!つーか惚気てんじゃねーよ) 今回のテーマは“相手が人気すぎて渡したいのになかなか渡せない” 実は最初は白石で書く予定でした。相手が超モテモテで人ごみの中に飛び込んで頑張って渡したい姿を書きたかったのに 全然思うように書けませんでした。何より黒バス初で緊張しました。無駄に長くてスミマセン。そしてむっくんを出しゃばらせ過ぎたのは私が彼を好きだからです。 気を抜くとむっくんのお話になりそうなのを踏ん張って抑えてました。 |