ー」
「何ー?」
「俺、バレンタイン要らないから」
「・・・え!?」




それはあまりにも突然であまりにも予想外の言葉だった。練習中の休憩時間、と紫原が喋っていたところ、急に紫原が何かを思い出したかのように「あ」と言った。どうしたのだろうと思ったは、紫原に疑問を投げかけるとバレンタインは要らないという全く予想外の言葉が返って来た。




「ど、どどどどどうしたの、敦くん!?」
「ど、多すぎだし」
「だ、だって・・・何か悪い物でも食べた!?」




普段から甘い物やお菓子を好んで食べている彼は絶対にバレンタインデーを楽しみにしているとは思っていた。もちろん、それを予想して、紫原のためにチョコレートを用意するつもりだった。それなのに、根本から全てを翻すような紫原の発言。は紫原が何か悪いものでも食べたのではないか、体調が悪いのではないかと考えるしかなかった。




「あ、俺部室に忘れ物したから取って来るー」




紫原はの質問には答えず、の頭をそっとひと撫でし、怠そうに部室へ向かって行った。は驚きで口をあんぐりと開けたまま、紫原の大きな背中をしばらく見つめていたが、ハっとして我にかえり、紫原と仲の良い人間の元へ行く。




「ひ、氷室先輩!」
「ん、どうした?そんなに慌てて」
「敦くんが変なんです!おかしいんです!」
「・・・敦がおかしいのはいつもの事じゃないか?」
「そうなんですけど・・・そうなんですけど!」




バスケットボールを持ちながらクルクルと回している氷室の元へは駆け寄った。氷室は慌てているに動じることもなく、淡々との問いに答えているが、それでもは落ち着かない。




「ちょっと落ち着いて」
「あああ、敦くんがバレンタインチョコ要らないって言うんですよ!」




氷室はクルクルと回していたボールを止めた。どうやら氷室でも紫原のこの発言には驚いたようだ。確かに練習以外、いつも何かしらのお菓子を口に入れているような男が、まさにメインイベントであるようなバレンタインチョコを要らないというのはおかしい。しかも、紫原がを溺愛しているのは周囲の人間にも分かるくらいのもので、謎はより深まるばかりだ。氷室は「うーん・・・」とちょっと考え込むと頭の中にひとつの事が思い浮かんだ。




「そうだな・・・」
「氷室先輩、何か知りませんか!?」
「まぁ知らないと言えば知らないけど・・・」
「けど!?」
「分からなくもないかもな」
「どっちなんですか!?」
「敦に直接聞いてみれば?」
「はぐらかされちゃうんですよ」




今も忘れ物とか言って部室行っちゃったし、とは独り言のように言い、悩んだり心配したりと色々な言葉と表情を氷室に見せる。氷室はそんなをおかしく、また後輩として可愛らしく思ったのか、慰めるようにの頭を撫でた。は「?」マークがつきながら首を傾げ氷室を見ていると、急に氷室の手が頭から離れ「おっと」という声が上から聞こえた。




「ちょっと、室ちん!」
「ああ、忘れ物はもう良いのか?」
「油断も隙もねーし」
「あ、敦くん・・・大丈夫?」




自分より遥かに大きい男2人がお互い向き合っており、間に挟まれているはチラチラと両者を交互に見上げるしかなかった。紫原は少しムっとしているが、氷室は対照的に笑顔だった。余計事態が飲み込めないは、オロオロし始めたが紫原の「喉渇いたー」の声により、ドリンクを取りに行った。




「敦も彼女に対しては普通の男の子なんだな」
「何それ」
「羨ましいよ」
「答えになってねーし!」



氷室はその後の質問には答えず、ドリブルをしながらゴールへ向かい練習に戻って行った。紫原は苛立ちが治まらずムっとしていると横からが「はい、ドリンク」と持って来てくれたので少し癒された。相変わらず「敦くん、本当に大丈夫?」なんて心配をしてくれる彼女に愛しさを感じて、ここで抱きしめてキスをしようかと思ったがやめた。(以前も、練習中にそれをしたことにより、しばらく口を聞いてもらえなかった過去がある)そんな葛藤を何とか乗り越え「うん、別に何もないよー」と答えた。




練習が終わり、紫原とは2人で帰る。紫原はマフラーを顔半分くらいまで隠れるくらい巻き、左手には彼女の小さな手、と防寒は完璧である。しばらく無言で雪道を歩いていたが、はやはりどうしても先程のバレンタインチョコ要らない発言が気になり、紫原に疑問を投げかける。




「敦くん、何でチョコ要らないの?」
「・・・」
「私、頑張って作るつもりだよ!」




はもちろん紫原にチョコレートをあげたかった。バレンタインというイベントでもあるし、自分が彼のために作ったものをプレゼントして彼が美味しそうに食べる姿を前から想像して、楽しみにもしていた。それにここでチョコをあげなかったら彼女失格のような気さえもしてた。




「だって・・・じゃん」
「え、何?」




しばらく黙っていた紫原だが、ようやく口を開いた。しかし、デカイ図体の割に小さな声で喋り、マフラーで口が隠れているせいか聞き取り辛い。紫原はと手を繋いでいない方の右手で顔にかかっているマフラーを少し下げると、はようやく紫原の声をハッキリと聞き取る事が出来た。




「だって、俺以外にもあげたりすんでしょ?」
「え・・・」
「何かそーいうとこ見るのヤダ」




まるで子供が駄々をこねるかのような口ぶりだ。は一瞬、自分はめちゃくちゃ他の女の子から貰うだろうに・・・と思ったが「俺が要らないって言えば他のヤツらにもあげたりしないでしょ?」そう言われた瞬間、繋がれてる手が先程より強く握られた気がした。同時には自分の頬が熱くなるのを感じた。こんなに寒くて顔自体は冷たくて仕方ないのに、内側はほてっているようだった。




「・・・敦くん。私、今年は敦くんにしか作んないよ」
「マネージャーなのに?」
「うん。今、敦くんにしかあげないって決めたの!」




そう言ってとびきりの笑顔と上目遣いでに見つめられた紫原は、何も言わずにその場でをぎゅっと抱きしめた。は「ちょ、ちょっと苦しい・・・!」と良いながらも笑顔で紫原の背中に手を回す。




「さっき我慢したんだから良いよねー」
「我慢って何!?」




当然、紫原が我慢していたことなんて知るわけもないだったが、まぁ良いかと思いそのままギュッと紫原に抱き着いた。しかし、紫原の力の方が当然強いわけで、は紫原の重みに堪えることは出来ず体が傾いてきた。




「あ、敦くん・・・!ちょ、転ぶ・・・!」
「んー?」




そう言った瞬間、は紫原に押し潰されるように雪の絨毯へ背中からダイブした。雪のおかげで背中や頭は全く痛くないし、押し潰されるようにといっても、もちろん紫原がを押し潰すなんてような事は絶対にない。実質、押し倒されるような状態になっているだけで。
そして、そのまま彼女の唇に熱いキスを落とした。




の唇冷たい・・・」
「寒いからね」
「すぐ温かくしてあげるー」
「ちょ・・・!」








ホットスノウの真ん中で
(いっそのことごとちょーだい)




キーワードは「お菓子詰め合わせ」だったのに全然出て来ませんでしたね。いつの間にか「バレンタイン要らない」になってました。ありきたりな嫉妬をかぶせてすみません。そして紫原のお話にはやっぱり氷室を出したくなります。