「どうしたの、それ。キスマーク?」




音のない静かな空間、赤司の部屋はいつもそうである。そんな空間の中、赤司は本を読んでいるの髪を自身の指で遊ばせながら、首筋に刻印されいるかのよう な赤に疑問を持った。赤司は別に責めているわけではないし、も責められているとは思っていないのだが、その言葉ひとつひとつに無言の威圧が含まれているよう な気がして仕方なかった。そんな無意識の圧迫感に、は心臓が押し潰されないよう、つい体を硬直させる。




「まさか。赤司くん以外、私につける人なんていないし」




赤司はの髪に溶け込まれていた指を、首筋へ移動させ、その赤をなぞるようにゆっくり撫でる。くすぐったさを覚えて遠 くへ動こうとしただが、そんなことさえも許さないと言うように、赤司がの細い首ごと掴んでいるのだ。首 を掴みながら、器用に親指だけに命令を与え、従順に動くその指がの赤を撫でる。その行為に、いくら拒絶 の言葉を吐き捨てても意味がないということは、長くて深い付き合いから自身よく分かっていた。




「どうかな。それに無理矢理つけたがる男もいるしね」
「赤司くんみたいに?」
「んー・・・どうだろう」




微笑んでいる赤司のその顔は、いつでも余裕があることを表している。この首筋の赤が、もし他の男性につけられた ものだとしても、赤司はきっと怒り狂ったりはしない。ただ、私を愛するだけ。は赤司のことをそう理解してい る。最初は戸惑うことしか出来なかった赤司からの愛情にも、だいぶ慣れたような気がする。そうぼんやりと思っていた。




「蚊に刺されたの」
「へぇ」
「だから痒いからあまり触らないで」




そんなの見れば分かるだろうに。キスマークとは大違いのその印に、彼は分かっていて聞いているのだ。途端、赤司 の唇がみるみるうちに歪んでいき、綺麗な笑みを作っている。真意は分からないが、の心は経験から警報が鳴り、嫌な予感だけが確実に迫ってくる。




「痛っ」
「こうすると痒くないだろ?」
「でも痛いから」




赤司の細くも男らしい手から生えているその爪が、の赤の中心に刺さる。小さい頃に、よくやったな、と何とな く思い出した。痛みで紛らわそうだなんて、私はそんなマゾではないのに、とは心の中で静かに思う。嫌がる態 度を見せると「なら喜ぶと思ったのに」なんて言ってくる赤司は、どうやら少し嫌いらしい。赤司の嫌いなとこ ろはたくさんあるのに、最終的にはその嫌いが好きに飲み込まれてしまう。そんな自分もまた嫌いであり好きなのだ。




「良いなぁ、蚊は」
「何で?」
の血を吸って生きてるなんて」




赤司は普通の人間とは考え方が違う。人間に嫌われがちである蚊という存在に対して、彼は羨望の心を 持っているのだ。それが計算で言っているのではなく、何気なく出た言葉。つまり本音であるところが、またの 心を乱す。そんなことを言われてもにはどうすることも出来ない。何と答えれば良いのかも分からない。赤司の 口から出た、蚊に対しての憧れは、ある意味本音でもあり、更にはの困っている姿やその愛しくてたまらない顔を歪ませたいだけに発言しているのかもしれない。




「赤司くんは相変わらず変なこと言うね」
「心外だな。本当のことなのに」
「そんなこと言われたって、私どうすれば良いか分からないし」




はは、と渇いた笑い声がの脳を霞めた。今のどこに笑いが生まれるような出来事があったというのだろうか。 馬鹿だな、と嘲笑うかのような赤司の言葉が聞こえた気がした。事実、赤司はそんな事を一言も言っていないし、 完全にの勘でしかないのだが、その勘はあながち間違ってはいない。




はただ、俺に愛されていれば良いんだよ」




赤司のその言葉はの耳を通り、その心を操るようにの脳へと響く。まるで、ああそうなんだ、と洗脳される かのように身体の芯を通って響いてくるのだ。抗いたくても抗えない。抵抗は意味を成さず、無抵抗へと変わる。首 筋に感じる舌先の熱に火傷しそうな痛みを堪え、は眉毛の間に皺を寄せる。




「だから痛いって」
「さっきの痛さとは違うだろ?」




赤司の唇から生まれるその温度に、首筋だけではなく身体まで焼け焦がれそうになる。その唇が首筋から上へ昇り、 全く関係のない耳までやってきた。少し「ん」という言葉を漏らせば、赤司の唇がより弧を描く。見えてもいな いのにには分かった。赤司の両肩を掴んでいるのその手は、とても固く握られ、赤司をより心地好くさせる以外の何者でもない。




「赤司く」
「大丈夫だよ」




安堵の言葉を囁いてくれるものの、赤司と会話のキャッチボールが微塵も出来ていないと思えて仕方がない。大丈夫 とは何が大丈夫なのだろうか。大丈夫なことなんて何ひとつない。まるで、の熱い血や心を奪うかように底が見 えないほどの口づけを与える。言葉を形にして発することも許されない赤司のその愛に、全てを押し潰されながら、 の背中も床とキスを交わす。




「血の気が失せるほど愛してあげるから」




ただ何も考えずに愛されること以外、幸せになる方法なんてないのだ。




ラストダンスに
憐れな微笑み

(この世の生き物全てが彼女へ近づかないように、溺れるような愛をひとつ)