寒すぎる、という感覚は今まで何回も味わってきた。けれども、何度味わっても慣れないこの極寒の地。エアコン をつけているとは言え、それだけでは説明出来ないほど、室内は何故か冷えきっている。家を出る時は暑いので、 極力薄着で外出するのだが、目的地であるこの場所へたどり着くと逆に寒くなってしまい、何とも上手くいかない。 そう、赤司の部屋は凍りつくほどの寒気に襲われることが頻繁にある。




「今日はよろしくお願いします」
「うん、厳しくいくからね」




バッグの中には重量的にも気分的にも重い夏休みの課題。ただ単に量が多いだけなら何とかなる。しかし、不運に も理解出来ない問題に出会ってしまったら、そこで無駄な時間を作ってしまうことになる。そんな懸念は見事 にを絶望へと落とし入れ、彼女ひとりでは到底乗り越えることの出来ない壁に出会ってしまった。しかし、 はまだ幸運な部類かもしれない。自分の身近に、優秀な赤司という存在がいるのだから。




「それで?どこが分からないの?」




赤司に部屋を通されることはもちろん初めてではない。けれども今日は勉強を教えてもらうということもあり、 些か緊張してしまう。おまけにこの寒い室内。気を利かせてくれたのか、ワザとなのか分からないが、氷入りの冷 たい飲み物を差し出されれば、ありがたく頂くしかない。は寒さを堪えながら、赤司が持ってきてくれた飲み 物に手を伸ばす。ストローを伝って上ってくる液体がの喉に刺激を与えた。いつも思うが赤司は寒くないのだ ろうか、はそう思い赤司のほうを向くと予想外に近い距離に躊躇いと驚きが重なった。




「・・・!」
「どこ?」
「あ・・・うん。確かこの53ページの・・・」




どうして彼はこんなにも近い距離で隣にいるのだろう、どうして彼は私の肩に腕を回して髪を撫でているのだろう か。はいくつもの疑問を抱えながらも、今は問題を解いてあとでゆっくりしたほうが良い、と思い赤司のその 行動には何も言わず問題集を開き始めた。
もちろん室内は相変わらず寒い。赤司が近くにいるおかげで、多少は緩和されているように感じるが、それでも自 分の腕を摩りたくなる。羽織りものを持ってくれば良いのかもしれないが、荷物になるのでそれは毎回避けている。 では赤司に寒いと訴えたり、何か羽織りものを借りれば良いのだろうという思考にもなるが、それは難しい。 赤司の持っている雰囲気がそれを許さないように感じるのだ。




「ああ、これは」




赤司の説明はとても分かりやすい。バスケ部のキャプテンを担っているだけあり、人をまとめるという事だけでな く、人に教えるという事にも慣れているようだ。分かりやすい説明、丁寧な説明なのだけれど、あまりの至近距離 になかなか耳にも脳にも入って来ない。「分かった?」という赤司の台詞に無理矢理頷き、いざ問題に手をつけて みるが、予想通り全く答えが導けない。




「違うよ。今説明したばかりじゃないか」
「ひゃ!うう・・・ごめんなさい」




答えを少し間違えると、赤司の冷たい指が首の裏側に忍び込んでくる。その冷たさはとても心臓に悪い。髪に手を 触れているのは、すぐにこの首の裏に手を入れるためだったのか、とは思った。おまけに赤司に否定をされる と、通常以上の圧迫感を感じる。ただでさえ何もしていなくても圧迫感があるというのに、それに否定の言葉が 追加されるだけで、恐ろしい凶器になる。もう間違えてはいけない、そう思わせられる事でより集中力が欠ける。





「・・・はい」
「僕は馬鹿な人間は嫌いだよ」
「・・・はい(分かってますとも!)」




にはこの言葉がトドメの一言のように感じられた。あと1回、あと1回間違えたら・・・どんなに恐ろしいこと が待っているか!こんなにも優しく触れてくるくせに、どうして言葉と空気は刺すように痛いのか。は長い間 赤司と一緒にいても、この絡繰りだけはどうも分からない。有無を言わせない赤司の言葉と態度が大好きであり、 時に大嫌いでもあるのだ。そして、がそんなことを思ってることくらい赤司はもちろん分かっている。




。・・・さっきの僕の説明聞いてた?」
「聞いて・・・ない」
「良い度胸だね」




は基本、正直者であった。そして、赤司の有無を言わせない言葉にもたまに否定の言葉を述べる。そんな人間 は赤司の周囲には少なく、自分にも素直でいてくれるところが、のことを好きだと思うひとつでもあった。 それ故、赤司はといる時が楽しくて仕方ないのだ。はそんな風に思われていることに全く気づいていない が、確実に愛されてはいるのだ。




「だって・・・だって!赤司くん近いんだもん!」
「そう?」
「近いよ!しかも絶対ワザとでしょ!私が困ってるの見て楽しんでるでしょ!?」
「うん」
「うん・・・って、否定してよ!」
は我が儘だな」




蛇に睨まれた蛙のように、涙目になりながらも必死で向かってくるその姿。決して勝てないくせに、無駄に頑張っ て抗ってくるその可愛らしい姿。赤司からしたら笑いが止まらないのだ。そして笑いを見せれば、またすぐにが ムキになる。単純なその愛らしさに、子供を慰めるように頭を撫でるが、は嬉しさ半分、悔しさ半分と言った ところだろうか。また、その嬉しさを隠せていないのも、赤司からしたら愛らしくて仕方ないのである。




「我が儘でも良い!だいたいこの部屋寒すぎるよ」
「急に関係ない話をするね」
「関係ある!寒くて集中出来ないもん」
「出来ない人間はすぐそうやって言い訳する」



も自分が言っていることが屁理屈で、赤司が言っていることが正しいと、勿論分かっていた。だから次に続け る言葉が見つからず、口ごもる。「あれ、反論はもうおしまい?」と挑発してくる赤司に何も言えないのが悔しい。 口で、というか何かで赤司に勝てるなんて思ってもいないが、やはり悔しいという感情は自然と抱く。赤司に対し てそんな感情を抱く人間は数少ないだろう。




「だ、大体エコじゃないよ、この寒さ!もっとエコに生きなきゃ!」
は相変わらず意味が分からないことを言うな」
「エコは大事なの!」
「そんなに寒くしてないよ。ほら」




そう言って赤司が見せてきたエアコンのリモコンに示されていた数字は、標準な設定温度だった。では毎回思うが 何故、この部屋は寒く感じるのだろうか。答えはひとつ。赤司の部屋だからだ。そんな曖昧な答えをは自分の心に出した。そして、少しだけ先程よりも悪寒を感じる。




「それに寒く感じるくらいで丁度良いだろ?」
「良くな・・・」




赤司がの言葉を遮るように、先程よりもとの距離を狭めてくる。ただでさえ近かった距離だと言うのに、 これ以上近づいて来るのか、とは身の危険を感じた。けれども、勿論抵抗の意志なんて通じない。身構えはす るものの、それは赤司の存在そのものによって無にされるようだ。赤司の指がそっとの耳に触れ、そのまま耳 に髪をかけられる。露わになったの耳に近づき、まるで囁くように言葉を奏でるのは、完全に確信犯である。




「だって、はすぐ熱くなるんだから」




その言葉で既にの体温はヒートアップしていた。またしても事実であり否定出来ない言葉をくらえば、今度は 耳から顔に赤さが伝染する。その反応に対してくすくすと笑っている赤司がたまらなく憎らしく、たまらなく好き だと思う自分がまた悔しい。




「な・・・何てこと言うの!」
「本当のことを言っただけだ」
「そ、そういうのはせめてオブラートに包んでよね」




無意味と分かっていながらも反抗してしまうのは、もう習慣のようなものである。とて、赤司に勝てるとは思 っていない。もう負けると分かっていて、それでも全てが飲み込まれないように、必死に崖っぷちの状態で抗うの だ。しかし、その結末は毎回同じ。結局は堕ちるのみ。




「良いじゃないか、熱くなるのは僕も一緒なんだから」




寒いと感じていた心は既にもう熱い。けれども、今日もまたこれ以上の熱さが襲ってくることを、は視界が赤く染まった瞬間、実感するのだ。




深海で焦げる
愛の弾丸

(それはもちろん、愛を共有することによって生まれる熱さ)