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朝起きたらすぐ隣には赤が見えた。その赤は昨晩、散々人の肌の上で暴れるように踊っていた赤だ。そういえ ば、このように彼の寝顔を見るのは初めてかもしれない。このように彼とゆっくりと過ごす朝は初めてかもし れない。珍しくも練習がない今日、そして珍しく彼より早く目が覚めた自分。そんな2つに最大限の喜びを感 じながら、穴が空くんじゃないかというくらい彼の顔を見つめる。 「(うわぁ、赤司くんの寝顔だ)」 おそらく恋人である自分が一番、彼と一緒にいる時間が多い、と思う。彼の親は東京で離れているし、自分も 彼と同じバスケ部に所属しているのだから、学校でもバスケ部の先輩たちと同じくらいは一緒に過ごしている 。そして、更には恋人であるという特権。間違いなく、私が一番彼の傍にいるのだ。けれども、今まで一度も 彼の寝顔を見たことがなかった。例えば一緒に白いシーツの中へ入ったとしても、彼は必ずと言って良いほど 、私より後に寝て、私より早く起きる。一体いつ寝ているのだろうか。むしろ無防備に寝るという、その「行 為」をするのかさえも疑問に思ってしまうほど、彼には隙がないように感じてしまうのだ。 「ん・・・」 「(あ、起きちゃったかな?)」 その漏れる声さえも充分な色気を孕んでおり、自分の心臓が少し早く鼓動することを感じた。普段開かれれて いるその瞳もとても誘惑的だけど、閉じられていてもその瞳の虜になってしまうだなんて。私ばかりが悔しい。 そして、彼が着せてくれたであろう服が邪魔に感じるほど、私は彼の素肌に触れたくなってしまったのだ。で も、そんなことを彼に言えば「はしたない」と言われて呆れられてしまうだろう。それでも私は彼に触れたい し、縋りつきたい。そして、たまには私にだけ甘えてほしいし縋りついてほしいのだ。ただ、それが私の我が 儘であり極めて困難な事だということはよく分かっている。彼は絶対人に弱みというものを見せないのだから 。ならばせめて、私のすべてを受け止めてもらいましょう。そう心の中で呟いて彼の胸に擦り寄った。 「・・・?」 「おはよ」 彼の胸に顔を埋めると、すぐに彼の腕に力が入ったのが分かる。けれども、それはいつもの力強さとは程遠い もので、ほんの少し動くだけだった。おそるおそる顔をずらして彼の顔を見つめてみる。そこに映る彼の顔は とても予想外なことに、まるで生気が宿っていないような瞳をしていた。変な意味ではなく、まだ現実と夢の間を彷徨っている。 そんな雰囲気を漂わせる瞳をしていた。けれども、彼の眼球に私の顔が反射して見えるのだから、彼の脳 内で私が今隣にいるということくらいは理解しているのだろう。 「赤司くんって・・・もしかして朝あんまり得意じゃない?」 「・・・確か今日の練習は休みだったね」 「そうだけど・・・(会話が成り立ってない)」 「じゃあ、もう少し」 予想外のオンパレードだった。彼のことだ、休みの日でも朝から有意義な時間を過ごして、無駄なことは一切 しない。言い方は良くないかもしれないが、そんな機械のような生活を過ごしているのかと思っていた。それ がこんなにも穏やかな時間を求めるだなんて。時計の針が動く音がこんなにも鮮明に聞こえるだなんて。カチ カチと動くその音が、だんだんと子守唄のようにも聞こえる。けれども、先程より強く抱き寄せられた彼の腕 に熱さを感じて、私の心臓音がその子守唄を邪魔しているのだ。すっかり覚めてしまった脳内と、激しい鼓動を 繰り返す心臓が、その狭い空間でただ悲鳴を上げている。 「珍しいね」 「・・・何が?」 「赤司くんがこんな風にしてくるなんて」 ぎゅうぎゅうと抱きしめられるその力に少しばかりの息苦しさ。擦り寄られる肌から伝わるその温度に、火傷し てしまうようだ。 彼は私に対してはもちろん、誰かに甘えるというようなことを絶対しない。そもそも「甘え」という定義が何 かはイマイチ分からないが、抱きしめられて、強請るような言葉を貰って、肌を擦り合わせられることまでさ れれば、少なくとも彼にとっては「甘え」という理解で良いのではないだろうか。そう思うと少しだけ嬉し くなった。自分だけに示してくれるその温かさが、何より嬉しいのだ。 「にくらい甘えたって良いじゃないか」 耳元で囁かれるいつもより低い声。それだけで、私の全身が彼に侵されているような気さえする。同時に生ま れる羞恥心。けれども、心地好くゆっくりと髪を撫でられるその手に、安心を覚えてしまうのもまた確かだ。 彼のその動作全てに誘惑されるように、私もまた、既に距離のない彼との隙間を重ねるように間を狭める。嬉 しくて、恥ずかしくて仕方がない、赤く染まった顔を隠すのにも好都合なのだ。 「・・・(恥ずかしくて何も言えないよ!)」 「は散々僕に甘えて来るんだから」 「う・・・」 もしかしたら、彼は甘えられるという行為が嫌いなのだろうか。疎んでいるのだろうか。そんな不安が少しば かり生まれて、彼の顔を下からそっと覗いてみた。瞬間、時が止まるほど彼の瞳に飲み込まれる。先程までの 気怠そうな瞳ではない。昨晩と同じ、好戦的な瞳をしているのだ。このお喋りの間にすっかり目が覚めてしまっ たのだろうか。言葉が喉で詰まってしまい何も言えないでいると、思いがけない甘い唇が額に降り注ぐ。 「ただし、が甘えて良い存在はこの世で僕だけだ」 「・・・はい」 「ただ・・・たまには逆も良いだろう?」 先程目が合った時に何となく気づいていた。ああ、今朝もその瞳の虜になるのだろうと。その瞳に愛されるの だろうと。だからそこまでの驚きと衝撃は生まれない。ただ、それでもこの五月蝿くて仕方ない心臓の音は、 永遠に止まることを知らないのだ。 「今日は思う存分、甘えさせてもらおうか」 |
叶わない憧憬は
瞼の奥底に沈む
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