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喩えば携帯のディスプレイに昔の旧友からの名前が表示されるだけで、彼はその綺麗な顔をミリ単位で歪ます。 恐らく他の人からは分からないような些細な変化かもしれないけれど、そんな気づきたくもない歪みに気づいて しまうだけ、彼の傍にいるということだろうか。あまり感情を出さないくせに、こういう時ばかりこちらの心を 潰しそうな表情をしてくるからタチが悪い。それでも、私の携帯を勝手に見たりしないのは流石と言ったところ だろうか。けど、持っている私の携帯をそのまま握り潰して、画面に皹を与えることは容易にしてしまいそうだ 。 「久しぶりに会いたいねって話だよ?」 「そう」 「赤司くんだって皆に会いたいでしょ?」 「そうだな」 否定の気持ちを持っているくせに、肯定の言葉を出すなんて普段の彼からは信じられない。それとも本当に会いた いと思っているのだろうか。 旧友である黄瀬涼太から送られてきたメールは久々に皆で会わないかという内容だった。昔は色々あったかもし れないが、やはり単純に懐かしい友人には会いたくなるものである。おまけに涼太くんと私は仲が良い方だった 。赤司くんとのことで相談に乗ってもらったこともある。「っちに久々に会いたかったんスよ」という文章を見て、きっと彼に何かしらの誤解を生ませてしまったのだろう。 「赤司くん・・・お、怒ってないよね?」 「怒ってないよ。不愉快だけど」 「(ほとんど同じじゃん!)」 「逆を考えてごらん」 「逆って・・・私が赤司くんの立場だったらってこと?」 「そう」 つまり、赤司くんの元に女性から「会いたい」と言う連絡が入るということだろうか。確かに良い気はしないか もしれない。けれども、それが旧友だったりすればそこまで気にならないような、なるような。どちらにしろ多 少なりとも気になるということは事実だろう。しかし、私に連絡をくれたのは涼太くんである。彼だってよく知 っている友人のひとりなのだ。もし赤司くんに私と彼の共通の友人、例えばさつきちゃんが赤司くんに「会いた い」などと言ってきたら・・・いや、それは有り得なさすぎて私の想像には生まれてこない。 「というか・・・赤司くんにそんなこと言う人いる?」 「いないだろうね」 「赤司くんってモテるのに、そこまでしてくる人いないよね」 「まぁ以外の女に興味もないし、関わりたいとも思わないからね」 これはこれは。予想外の嬉しい言葉を貰ってしまったような気がして胸が熱くなった。おそらく今は私が不利な 立場であろうはずなのに、何故か頬を朱く染めてしまいそうになるなんて、きっと彼は私のことを馬鹿だと言う だろう。そして、そんな私の様子に気づいている彼は唇の端を僅かに上げた。彼から伸びて来る腕は、華奢に見 えても近くで見れば逞しいものである。指だって私の指より太くて骨張っていて、異性ということを感じさせる のには充分だ。その指で頬を撫でられれば、もう私は動く術を彼に全て奪われてしまったかのように動けなくな る。瞬きすることさえも忘れてしまった私は、彼に飲み込まれるしかない。すぐに彼の腕に引っ張られその胸に 飛び込むように抱きしめられた。いつもの優しい穏やかな抱擁とは違う。苦しいくらいのその強さに、心臓が押 し潰されると喚き出す。言葉と酸素さえも奪うその抱擁は、彼の心を表しているようだった。 「を一人占めしたいと思って何が悪い」 先程から答えに悩む言葉を注いでくれるのは故意にやっているのだろうか。こちらが否定の言葉を言えないよう に圧力を持たせるのは、彼の得意分野でもある。酸素が奪われた私からは声が出ない。代わりに彼の背中に手を 回してぎゅ、とすることで私の今の心境を彼に伝えた。その動作に少しは満足してくれたのだろうか。彼は少し だけ力を緩くしてくれ、ようやく呼吸が自由に出来ることを赦してくれた。そっと彼の顔を見ようとおそるおそ る視線だけを上げると、すぐに脳内、いや、既に五月蝿い心臓が警鐘を鳴らした。全ての温度を失わせるような 微笑みなのである。 「最近頑張ってるみたいだし、今日は甘やかしてあげようと思ったけどやめたよ」 「え?」 頭を撫でてくれるその動作はとても優しいのに、嫌な予感しか感じさせない。先程は氷のような微笑みを私に与 え、一気に血の気を失せさせたというのに、その手は温かいだなんて。首筋に落とされる唇は温かいどころか、 燃えるように熱いだなんて。その温度差に顔を歪める私を、それはそれは楽しそうに見ている彼はやはりタチが 悪い。先程まで不愉快そうにしていた表情はどこへ行ったというのか。最初は妬いてくれてる?なんて思ってし まった自分の浅はかさが恥ずかしい。きっと、彼は妬くだなんて感情を通りこして、その後に私をどう責めるのかを楽 しんでいるのだ。 「せいぜい後悔すると良い」 自分の愚かさに、と続くように聞こえた彼の言葉はもう目的地を知らない。そんな言葉を飲み込む余裕なんて、 私には既にないのだ。彼によって塞がれた私の唇は何の意志も持たない。ただ、彼に愛されるためだけに存在し ているようにさえ思える。 「あ、赤司く」 「それに涼太が名前で呼ばれていて僕は呼ばれないなんて可笑しくないか?」 何だ、やっぱり普通の人間並に気にしてるところは気にしているのか。そう思うと少しばかり微笑ましく思えた 。けれど、それは一瞬のことでまたすぐに彼の底を知らない愛に飲まれる。そんなことを言ってきたのだ、彼の 名前を呼ぼうと思ったのに、いつもあと少しのところで阻まれる。ようやく出来た呼吸は、またしても彼によっ て苦しいものへと代えられる。 「仕方ない、泣くほど可愛がってあげるよ」 視界が彼の赤で染まった時、私の肌にも赤さが生まれる合図なのである。 |
耀くように
奪った声を
愛で舐めて
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