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赤司くんとのデートは、部屋でまったりとすることが多い。所謂「お家デート」と言うやつだ。しかし、練習が休み ということ自体がそもそも少ないので「多い」と言えるかどうかは非常に曖昧である。休みという休みは月に数える 程しかなく、彼だって完璧な人間に見えるが所詮は私たちと同じ人間だ。体力や精神的に疲れることだって絶対ある だろう。それを人前にさらけ出すだなんて愚かなことは決してしないが、それでも疲れているんだろうな、というこ とが分かるくらいには、彼の傍にいれている気がする。会いたい、一緒にいたい。けれど、少しでも休んで欲しいと いう願いもあって、出来るだけ彼の部屋で一緒に過ごすようにしているのだ。 「今日はこの映画観よ」 もちろん彼の部屋で過ごすデートは甘い時間を演出してくれるので、不満はない。無理して外に出てお互いの距離が 離れるよりは、こうして二人だけの空間の中で隙間を埋めるようにピタリとくっついているほうが幸せだと思う。前 に帝光時代の友人である青峰くんや黄瀬くんに、「デートに連れて行ってもらえないなんて可哀相」みたいことをよ く言われた事があるが、そうではない。これは私が望んでいることであって、仕方なくお部屋デートしているだとか そういうことでは決してない。彼は私が望むなら、天国だろうが地獄だろうが何処へでも連れて行ってくれるはずだ。 「めちゃくちゃ感動するラブストーリーなんだって」 「へぇ、にしては珍しいな」 少し前までは、推理ものやサスペンスものをレンタルショップで借りてきて一緒によく観ていたのだが、赤司くんと 一緒に観ていると、彼が続きや結末を推理して喋ってしまうので、全然楽しくないのだ。おまけにその推理や予想は 百発百中だから恐ろしい。お互い初めて観る作品だとしても、彼はあらゆる謎を簡単に解いてしまう。なので、あの 赤司くんでも予想が困難そうなラブストーリーを選んだのだ。ただし、彼がこういったジャンルの作品をあまり好ま ないのは何となく分かる。なのでそれで眠くなって寝てしまうのなら、それはそれで体を休める良い機会だと密かに 思っていた。 「わわ、どうなっちゃうんだろ・・・」 「は感情移入しやすいね」 物語は謳い文句通り、こてこてのラブストーリーだった。すぐに飽きてしまうと思っていた彼も、何故か一緒になっ て観ている。普段あまりこういった作品を観ないからこそ、逆に新鮮なのだろうか。ただ、キスシーンになった時、 画面に釘付けな私の頬に、必ずと言って良い程くちびるを落としてくる。何回かされている行為ではあるが、画面に 集中しているということもあり毎回のように驚いて彼の方を向くと、すぐに私の心は彼の瞳にわし掴みにされる。そ のまま流れるようにくちびるごと鮮やかに奪っていくのだ。映画を観ている私に一応気を遣ってくれているのか、口 づけはいつもに比べれば淡泊なもので、少し淋しいだなんて贅沢を言いたくなる口を必死でつぐんでいるのは誰にも 言えない。 「もう・・・」 「もしたいのかな、と思って」 そんな狡い事を言われたら、首を縦に振りたくなるじゃないか。けれども、私にだって悔しさというものは存在する。 誤魔化すように拗ねたフリをするが、そんな私なんかの雑な誤魔化しが彼に通用するわけもなく、ただくすくすと楽 しむように笑っている彼の声を、BGMにしながら映画に集中することにした。 物語はだんだんとクライマックスに近づき、私も彼もお互いリラックスしながら画面を観ていた。その薄い箱の中か ら映画公開当時、散々CMで流れていた台詞が出て来るとやはりドキドキするものである。「どんなことがあっても君を必ず幸せにする」 という愛を告げる言葉は、典型的な使い古された台詞に感じてしまうかもしれないが、やはりそういった言葉だからこそ、胸の 鼓動が激しく鳴り響く時もある。所詮は作られた物語であり、実際にそんな甘い世界があるわけないと思い つつも、やはり憧れに近い感情を抱いてしまうものなのだ。 「うわー、素敵」 「そうかな」 「え!?やっぱ男の人ってあんまりこういうの素敵って思わないんだ」 「少なくとも僕は思わないよ。あの言葉に賛同も出来ないしね」 「え・・・」 全くもって夢がない。確かに赤司くんがあんな台詞を言うわけないだろうとは思うし、この先誰かにそんなことを言 う姿だって想像出来ないが。ただ、冷たいと言えば冷たいのかもしれないが、私にはそう感じなかった。何故なら今 こうして彼に寄り添うように座り、触れ合っている体温は温かいからだ。この温度が私にとって最適で病み付きにな るほど心地好いもので、まるで依存に近いものにも感じられる。私の頭をリズム良く撫でてくれているその手だって 愛しい。でも、それ以上に今私を見つめているその顔が、目が、何よりも甘いからだ。他の人には見せないであろう 、彼のこの優しい甘い顔は私だけのものである。 「例えば、僕が幸せじゃなかったらだって幸せじゃないだろう?」 彼が私の呼吸を奪うことはよくある。表現が大袈裟過ぎるかもしれないが、それ以外に言い方が見つからない。いつ もは周りの空気ごと私の呼吸を奪ってしまう彼の口づけだが、今は違う。彼の唇が私の唇に重なっていないのに、私 は息をするのを忘れてしまうような感覚に陥ってしまった。自分のそんなに大きくはない目を見開いて彼の心を覗こ うとするが、やはりそれは無理である。彼は私の心を簡単に覗いて、操ることも出来るというのに、全く不公平な話 である。 「それは・・・そうだけど」 やっと息と共に吐き出せた言葉は間抜けな言葉だったと思う。正論である真っ直ぐなその言葉に、何故か私の胸が 火傷してしまったのだ。そんな自分が少しばかり恥ずかしくなって、ほんのり赤くなっているであろう 自分の顔を彼の胸に押しつけることで隠した。けれども、相変わらず頭に置かれている彼の手は優しくて甘くて、何 だかその気にさせられているようで不快だけれども愉快でもあった。何とも言えない複雑な気持ちに唇をきゅ、と結 んで何も言葉を出さないようにする。 「は僕を置いて幸せになる気?」 耳元で囁かれる言葉は私を熱くさせるには充分すぎるほどだ。責められているわけではないのに、有無を言わせない この支配力。恐る恐る彼の顔を下から見上げると、先ほどの甘く優しい顔は綺麗に消え失せており、頻繁に出会うことがある含み笑いを孕んでい る表情だった。ああ、マズイと思いつつも、彼のその表情に胸を高鳴らせてしまう自分を叱りたい。耳に唇を落とさ れてしまえば、もうそんな事を考える余裕もなくなるくらい、脳と心臓が彼で埋めつくされる。 「僕の相手を出来るのはくらいなんだから」 笑みを浮かべながら告げられるその言葉の意味が分からないほど子供でもないし、愚かでもない。これからの今日一番とも言える甘い時間を予兆さ せるその言葉は、もう私の心を捉えて離さないのだ。耳から首筋へと落とされる彼の唇に、単純なくらい翻弄され、私の 口から出る言葉は恥ずかしいくぐもった声だけである。 「・・・今日、何かいつもと違うね」 「そう?」 「うん。いつもより・・・」 「を夢中にさせてしまうあんな作り話に負けたくない、なんて思ったのかもしれないな」 「えっ・・・」 耳元で囁く声はまるで凶器である。普段はあまり言わないような甘い言葉は、どん な苦さを含んでいても、私の心によって結局甘くなる。今日も彼によって作り出される幸せな時間は、私だけじゃな く彼も幸せだと感じているのだろうか。そんなことは彼の唇が私を喰らった瞬間、全身を貫くほどの感覚で理解出来 た。 「幸せにしたいんじゃない、一緒に幸せになりたいんだ」 だから、と続く言葉は重ね合わせた唇によって魔法のように掻き消されてしまった。その代わり、今日も私の喉から 幸せの鳴き声が産まれるのを、彼はただ幸せそうに楽しんでいる。 |
秘かに契った
薬指に乾杯
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