< 夜の階段は隠れ家へ続く >
付き合う前よりも少しは近づいたこの距離に不満を持っているわけではない。けれど、ふと手を繋ぎたいなぁと欲を持
ってしまうことが稀に、いや頻繁にあることも事実だ。凍えるから、という理由だけではなく、春でも夏でも秋で
も冬でも年中いつだってそう思ってしまう。それにこの寒い中、前を歩いている恋人同士が寄り添って互いに指を
絡め合っている姿を見かけることが多々ある。そんな幸せそうな恋人同士が吐いてる息は白く、冷たさを物語って
いたとしても、心は温かいのだろうなぁと羨望してしまう自分がいる。もちろん、私の心が温かくない、だとか幸
せじゃない、というわけではないが、そういう気持ちを抱いてしまうのは否めない。
私は彼のことを何となく淡泊な人だと思っている。メールや電話を毎日のように頻繁にするわけではないし、毎日
会っているわけでもない。こうして会って隣を歩いていても手を繋ぐなんてことはしないし、キスだってまだしたこと
がない。世間で言われるような普通の恋人同士よりも、互いの温度がマイナス1度くらい低いのではないだろうか
。でも、それが彼にとっての普通ならば、問題ないとも思っている。・・・というのは良い子ちゃんを演じている
だけで、本当はもっと欲がある。
「?」
「あ、ごめん」
それに彼は優しい。周りからは優しいなんて信じられないと言われることもあるが、彼を知らないだけだと思う。
或いは私には優しさを見せてくれる、とかだとしたらそれはそれでまた嬉しい。例えば今みたいに私が考え事をし
て歩くのが遅くなると必ず心配してくれるし、冷たい風がびゅうっと吹くと、さりげなく前に出て風避けにもなっ
てくれる。道を歩く時だって、これまたさりげなく私に車道側を歩かせないなど、たくさんの優しさと紳士的な振
る舞いを見せてくれるのだ。現に今だって、私がこの人混みの中に埋もれないようにと、人を掻き分けるように誘
導してくれている。正直言ってそういった優しさだけでも充分に幸せだと思う自分もいる。だから手を繋ぎたい、
だなんて我が儘を持ってはいけないのだ。
「どうした、今日はいつにも増してボーっとしているね」
「うん・・・ごめんなさい」
「・・・仕方ないな」
彼は一瞬考えたような素振りを見せ、その鮮やかな双眼を少しばかり伏せた。でも次に目が合った瞬間に見た彼は
いつもと変わらない顔。特に飛び切りの笑顔というわけではないけれど、私がいつも見ている安心出来る表情だ。
そして毎回のように、その顔を見ると胸がドキドキして彼のことを好きだなぁと改めて実感してしまうのだ。
「おいで、手繋いであげるから」
「・・・え!?」
「そんなに驚くような事か?」
「だって・・・今までそんなこと一度もなかったし」
「この人混みでと逸れるのは嫌だからね」
「・・・・・」
「まぁ逸れても見つけ出せる自信はあるけど・・・どうせならと思って」
差し出された手は思っていた以上に大きな手だった。その手に導かれるように、私の知らないところで脳が勝手に
腕や指へ命令をし、自分でもあまり意識せず彼の手に自分の手を重ねた。瞬間、彼の顔が先程より少しばかり笑顔
になり、胸が一瞬熱くなるものの、それよりも触れ合った手のほうが熱いとすぐに気づかされた。
「赤司くん・・・意外と手あったかいね」
「は意外と冷たいな」
「女の子は末端気味の人が多いから」
「末端?」
「末端冷え症。指先とか冷たくなっちゃうの」
「へぇ。じゃあ熱くしてあげるよ」
もう充分熱い。それに「暖かく」ではなく「熱く」とわざわざ言ってくるところが少しばかり意味深だ。指と指の
間に隙間が生まれないように繋がれたお互いの手は、きっと誰から見ても恋人同士に見えるだろう。ちっぽけなこ
とかもしれないけれど、そんなことに胸が熱くなってしまうだなんて、恥ずかしくて口が裂けても言えない。結局
その熱くしてあげるという言葉に言葉を返すことも出来ず、ただ頬を赤く染めて口を閉じるしかなかった。隣で彼
がクスクスと笑っているので、全てお見通しなんだと分かっていても、沈黙を貫くのは私の不必要なプライドであ
る。
「あれ?赤司くん、どこ行くの?」
「今日はこっち。良いからついておいで」
手を繋がれているため、赤司くんの歩く方へ私も自然とついていくことになる。いつもと違う、人気のない通った
ことのないような道を歩くので、少しばかり不安になった。でも、それはあくまでひとりの場合。赤司くんがこう
して隣にいて、おまけに手まで繋いでくれているのだから、不安や恐怖心といったものは微塵も感じない。
しばらく歩くと赤司くんが足を止めたので私も同じように足を止める。足を止めた瞬間、同時に私の瞳に映ったの
はこの夜空に負けないくらいに輝く無数の光。公園なのに鮮やかに彩られているイルミネーションが、私の心まで
輝くように華やかにしてくれる。驚きと眩しさと感動の全てが私を包みこむような淡い光に、自分の目にもキラキ
ラが反射しているのだとぼんやり思った。
「わぁ・・・!」
「この前偶然見つけてね。が喜ぶと思ったんだ」
「うん・・・!すごい!キレイだね!」
公園の近所に住んでいる人たちが協力して、光の彩りを鮮やかにしたらしく、一般的にあまり知られているような
場所でもないため、密かな穴場らしい。街のイルミネーションにも引けを取らないくらいの輝きを感じることが出
来て、ここに光を飾ってくれた人たちや、こんな素敵な場所に連れてきてくれた赤司くんに、ただただ感謝の想い
を抱く。
先程も言ったが、私は彼を淡泊な人だと思っている。だから冬の定番とも言えるイルミネーションを見せてくれる
なんて思ってもいなかったし、喜んでいる私を見て笑ってくれるなんて思ってもみなかった。
「本当すごい!赤司くん、ありが・・・」
自分でも興奮しているのが分かるくらい、私の心は先程よりも高揚していた。繋がれている手をぎゅっと握り締め
、彼にお礼を言おうと横を向いた瞬間、顔を覆っている冷たい空気が一気に温かくなるのを感じる。唇が熱い、と
いうことはすぐに理解出来たものの、それが彼によって与えられた熱だと理解するには些か時間を要した。
「喜んでるが可愛くて、ね」
「あ、赤司くん、今っ・・・」
いつものように余裕の笑みを向けられ、一気に鼓動し加熱する心臓に、静まれと命令してもなかなか言うことを聞
いてくれそうにない。唇が熱くなったのは赤司くんによってなのだ、と理解するともう何が何だか分からなくなっ
て、何故か恥ずかしくなって、顔が熱くなって、頬が朱く染まるのが自分でも分かって、みっともないくらい言葉
が何も出なかった。
「は唇も冷たいんだね」
「え・・・、そ、そ」
「じゃあ、ここも僕が熱くしてあげようか」
唇を指でなぞられると、その場所から温度が1度2度と上昇していくような気さえした。もちろん今となっては
マイナスどころではない。彼の指が唇の端まで来ると、怖いもの見たさと言って良いのか分からないが、彼の顔が見たくな
って視線を少しだけ上に向けた。そこにはやたらと楽しそうに笑っている彼の眼に、私の間抜けな顔が映っていた
。でも、そんな私を彼は可愛いというのだからよく分からない。2回目だというのに、濃厚すぎるその口づけは最
早熱くなるとかそういうレベルではない。
「次はどこを熱くしてほしい?」
どうやら彼を淡泊だとかそういった枠で捉えてはいけないようだ。とにかく一刻も早くこの熱くなった心をどうにか
して、と訴えるように彼の服をきゅと掴むと、逆に私の心臓がぎゅと握りしめられたような感覚に襲われる。
それでも、その火傷しそうなほどの温度に縋りつきたくなるくらい、幸せを感じてしまうのだ。
(今度は溶けるほどの甘い愛で身も心も熱くしてあげようか)