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純白のシーツをドレスにして陽の光を浴びる。それは、ひとつの夢だったのかもしれない。光のシャワーで白が透け たとしても、それさえも艶やかに感じるんじゃないかと、幻想めいた夢を誰にも知られないよう密かに抱いていた。 だってそんな子供みたいな夢を誰かに知られてしまったら、下らないと嘲笑されてしまうだろうから。けれど現実 はもっと残酷である。抱いた幻想というのは、どうしてこう儚く無惨に散ってしまうのだろうか。 「、起きたんだろう?」 布ごしに聞こえる柔らかい声は、粉雪の絨毯の上で優雅にワルツを踊った昨夜を思い出させる。そのまま王子様に 見初められて、流れるように幸せの階段を上る。もちろん、そんなお伽話のような現実は存在するわけもなく、慣 れないヒールを履いて慣れないワルツを必死に踊りきったあとのこの感情は、とてもじゃないけれど誰にも話せな い。彼のステップに身体も心も何もかもリードされ、気付いた時にはそう、夢の中。 「・・・起きた、よ」 「おはよう」 「おはよ」 甘さが含まれた朝の挨拶は、どうやら私には刺激が強すぎたようだ。挨拶と言うのは一日の始まり。この一言があ るだけで、その日に芯が通るような気さえするのに、今のこの甘さは何だと言うのだろうか。こんな甘い朝の挨拶 なんて聞いたことがない。朝から砂糖5杯を含んだ紅茶は私の歯だけでなく、心臓まで溶かしてしまう。顔を見て みたい、どんな表情でそんな甘い挨拶をしてくれたのか。そのいつもより緩やかな優しい声音から、きっと彼もま だ全身に甘さを纏っているのだろう。 「・・・どうして顔を見せてくれないんだ?」 「だって、」 咎めるでもないその口調に、余計どうしたら良いのか分からなくなってしまった。クローゼットの中にあるお気に 入りの服を必死に探すように、自分の中の扉を全て乱雑に開けていく。でも、開いたそこに答えなんてない。探し ものなんて見つからない。だって、と言い訳じみた台詞に続く言葉が見つからない。でも、彼はそれを簡単に探し 出して拾い上げてくれるのだ。それがまた、私の身体を火照らせてくれる要因のひとつである。 「だって、何?」 「分かってるくせに、意地悪」 でも、彼はいつも探して拾ってくれるだけ。あの有名なガラスの靴の物語に例えるとしたら、失くしてしまった靴 を見つけて拾ってはくれるけれど、履かせてはくれない。最後の決断は私に委ねるのだ。そんな風に私の意志を尊 重して、必要以上に私を甘やかさない彼が好きだけど、今回のは紛れも無い意地悪だと断言出来る。顔が見えなく ても、彼が妖艶に笑みを浮かべているなんてことは、馬鹿な私でも容易に想像がついた。それが心に大きな甘い刺 激を与えて、余計に顔を上げることなんて出来ない。私の身体を守ってくれているこの薄い白い毛布に溶け込んで 、私の身体を支えてくれているこの白いベッドに沈んで真っ白に消えてしまいたいくらい。そんな愚かさを嘲笑う かのように、私の赤は白を貫通する。白と赤が混じってピンク色にでもなっているというのだろうか、彼は先程よ りも楽しんでいるように見えた。 「意地悪なのはだろう?」 「どうして?」 「顔を見せてくれないじゃないか」 先程と同じ「だって、」という言葉を飲み込む。そもそも、例え昨晩の出来事がなかったとしても、寝起きの顔を 愛しい人にすぐ見せることが出来る程、私には自信もないし度胸も勇気もない。もし幻滅されてしまったらという 、下らない不安ばかりが胸を渦巻いて、結局は惨めに自分を隠すことしか出来ない。女性の寝起きが可愛いだなん て嘘である、間違いである。それは一部の女性に言えることであって、私には残念ながら当てはまらないのだ。お まけに脳裏に思い出されるのは羞恥に満ちた姿を見事に曝してしてしまった光景。今、どういう顔をしてどういう 声でどういう話し方をすれば良いかも余計に分からないのだ。 「・・・恥ずかしいんだもん」 「何を恥ずかしがる必要があるんだ。僕には理解出来ないな」 「赤司くんは頭良いけど、ひとつだけ絶対に分からないことがあると思うの」 「へぇ。何だい、それは?」 彼の声音に変化が生じた。これは好奇心と悪戯心を含んだ音階である。彼にはひとつだけ分からないことがあると 思う、そうは言ったものの、どこかでそれを否定している自分もいる。何故なら彼の場合、私より遥かに奥深い底 で何もかも見透かしてしまうからだ。理解出来ないという雰囲気を醸し出しながら、心の中では意地悪く笑ってい る。それが赤司征十郎という男。悪い男である。それなのに嫌いになれないどころか、その魔法に惹かれてしまう 私はいつかきっと痛い目を見るだろう。 「女心」 彼は驚きを見せなかった。私からどんな言葉が出るか予想出来ていたのだろう。でも、そんなことこっちだってお 見通しである。ただ、彼がこんなにも私の髪を柔らかく撫でてくれるとは予想出来なかった。その驚きから、つい 顔を出してしまいそうになったが、そんな自分を必死でセーブする。喉で笑う彼の声が布越しに聞こえてきて、も しかして馬鹿にされてるのかと一瞬思わされたが、それは少し違うみたいだった。 「それは悪かった。でもも分かってないことがあるよ」 「何?」 「男心」 「・・・男心って、何?」 「朝一番に愛しい恋人の顔を見たいと思うのが男心だ」 あまりの眩しさに目を瞑りたくなるくらいのマジックに、こうも簡単に翻弄されてしまうものだろうか。 もしかして彼は魔法使いの皮を被った王子様?だなんて、今時小さい子供でも思わ ない問い掛けに自分自身が一番戸惑ってしまう。私の背中を支えている白いベッドはこれ以上私を沈めてはくれな いようだ。変わりに私の頭の横に置かれた彼の腕が沈む。もしかして私と一緒にこの分かりきった沈没船に乗って、 世界を旅してくれるとでも言うのだろうか。 「ねぇ、顔見せて?」 そうやって甘いおねだりをするのは女である私の特権なのに、普段そういうことを言わない男性が甘えてくるだけ で、どうしてこんなにも心を揺さぶられるのだろうか。そっと目だけ覗かせると、引き込まれるように視線が重なり 合う。彼から抜け出すことなんて出来ないと悟ってしまった瞬間、始まりのベルがうるさいくらい喚いている。私 の心を代弁してくれてるようなその音は、より速度を増した。 「・・・やっぱりダメだ」 「何が?」 「は可愛すぎるね」 「・・・嘘」 「僕のことが信じられないのか?」 信じられないのか?と聞いてくる彼に圧力は全く存在しない。けれども誘導はされている。それを誘導というべき か誘惑と言うべきかは、私の幼い思考回路で答えなんて出ないけれど、すぐに頬も耳も赤くなってしまったので、 隠せない無駄な恥じらいが生まれてしまった。 「そんな可愛い顔を見せられたら、」 「見せられたら?」 「続き、言わせたいのか?」 「・・・ううん」 賢くなったね、と初めて言われた気がする。ただ、その裏側では、「でも、やっぱり馬鹿だな」と言われてるような気が して仕方なかった。もう彼の目だけで彼が何を言いたいのか、伝えたいのかが分かるようになってきたかもしれな い。頬に触れられた彼の指先から夢物語は再び綴られるのだ。 「だったら、の唇で塞げば良い」 物語の過程も結末も全てはその指先次第。一見、彼は私に答えを委ねてくれるようにも見えるが、それはただの布 石に違いない。結局白にくるまわれていた私の身体は再び赤に纏わりつかれ、赤に触れられ、赤に染まる。先程ま では均衡状態だった沈みと揺れは激しさを増し、彼に彩られる夢物語の航海は、朝を迎えても再び夜を魅る輪廻に 過ぎない。 |
白夜を知った
紙の花束
(好きなだけ夢を見れば良い、現実はもっと甘いのだから)