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肌に触れる風が冷たいように感じて来た今日この頃。ああ、秋がやってきてこれから冬がやってくるんだろ うなぁと思うと少し寂しくなるような気がするのは気のせいだろうか。でも、今年は秋や冬が近づいてきても 寒くない。むしろ寒いどころか温かいんじゃないだろうかとさえ、錯覚する。 「どうした、そんなに笑顔で」 「んーん。何でもない」 「その割には嬉しそうだね」 「うん、嬉しいと言えば嬉しいから」 今年は彼が傍にいる、彼が隣にいる。今までひとり寂しく過ごしてきたこの季節も、彼が隣にいると思うとそ れだけで嬉しくて仕方ない。だってほら、今もこうして傍にいるのだから。 彼は昨年まで京都にいた。高校入学を機に京都に行ってしまった彼とは昨年までの間、遠距離恋愛がしばらく 続いていた。寂しいと思った日々は数え切れないくらい何度もある。けれど不安を感じた日はない。だって彼は いつだって私に連絡をくれたし、いつだって「会いたい」と言えば会いに来てくれた。それでも、やっぱり今み たいに彼の部屋でずっとこうして傍にいることが出来るのは、幸せを感じる以外の何者でもない。 「もう秋だね」 「ああ、今年はずいぶんと時間が経つのが早く感じるよ」 「どうして?」 「が傍にいるからかな」 そう言って微笑む彼の顔を見れるのも、こうして傍にいることが出来るからである。撫でられた髪が、風も 吹いてないのに靡いたように踊った。まさに私の心を表現してくれたのだろうか。思いがけない言葉に照れて 何も言えなくなってしまう私の唇でさえ可愛いという彼は、鮮やかにその唇を奪う。まだ午前も早いと言うの に、こんなに甘くて良いのだろうか。彼が許すならきっと良いのだろう。 「まだ朝なのに」 「夜だったら良いのか?」 「そういう問題じゃありません!」 くすくす笑われてることが恥ずかしくってむず痒くて、彼の胸に抱き着いてやった。けど、彼は一切の動揺 を見せない。彼はいつだって私の頬を紅潮させて心臓の鼓動も激しくさせるというのに、何だかまるで何ひと つ敵わないようで悔しい。でもひとつ、たったひとつだけ。彼の心臓の鼓動が少し大きくなっているのはバレ バレだ。私が彼の胸に抱き着いたのは、その心臓の音を聴くためでもある。そんな些細なことでもたまらなく 嬉しくなって、今度はにやけてしまいそうな顔を慌てて隠す。 「そうだ!こんなに晴れてるし、まだ寒すぎないし外にデート行きたい」 「良いよ」 「やった。どこ行こうか?」 「そうだな・・・」 「いつも私の行きたいとこ連れてってもらってるからたまには赤司くんの行きたいとこで良いよ」 「じゃあ・・・時期も丁度良いし紅葉を見に行こう」 何とも素敵な提案である。この時期でしか見ることが出来ない景色を今年は彼と見ることが出来る。それも また、新たな想い出の一ページに刻まれると思うと出発前の今から楽しみで仕方がない。毎年秋の落ち葉を見る 度に、今年もこうして一秒ずつ時が経過していくのだと思っていた。そしていつも紅葉を見に行こうと思って いる間に、落ち葉は地面を覆い隠し、木々は寒そうに凍えている。そんな落ち葉を拾っては想いを馳せている と、必ず彼からのメールや電話があった。遠くにいても私のことを分かってくれているんだなぁと思うと、心 が一気に温かさに包まれたような気がした。私の心の熱で、寒そうな木々も少しは温かくなれば良い、なんて 下らないことを考えていた今までの私。でも、今年はそんなこと考えなくても大丈夫。彼は傍にいるのだから。 「え、ちょっと待って。どこに?」 「京都に決まってるじゃないか」 彼がお気に入りの場所があるのでそこへ行こうと言う。どこに連れて行ってくれるのかと気持ちを高揚させ ていた。彼となら例え東京の騒音が喚く道路沿いの並木道でも楽しいと思える。どこでも構わなかった。ただ、 あの彼がお気に入りの場所、なんて言うのだからすごく期待してしまう。東北だろうか、それとも関東の日光な んかも紅葉は有名である。でも、この時期だしもしかしたらもう散ってしまっているだろうか。まだ朝に近い午 前なので今日は思う存分時間がある。もちろん近場も悪くない。東京のイチョウが有名な公園だろうか、それと も鎌倉などお寺や神社がいくつもある場所だろうか。車で行くのかと思いきや、手を繋がれて駅まで向かう。 「車で行かないんだ?」と言うと「紅葉のドライブも良いけど、この時期は道が混むだろうから公共交通機関 の方がいいだろう」と彼は全く無駄がない。そうなると電車だろうか、それともバス?けど彼が向かったのは 品川駅の23番線ホーム。そう、新幹線乗り場だ。 「思い切るね・・・日帰りなのに」 「僕がに何度も会いに行っただろう。大した距離じゃない」 「そう、かなぁ」 「新幹線で2時間ちょっとで行けるからね」 彼となら2時間もあっという間だろう。むしろ行くまでの2時間さえも楽しすぎて魔法の時間のようにさえ 感じる。彼の肩にもたれかかり、次々と変わる景色を楽しみながら「次は京都〜」のアナウンスに胸が高鳴る。 そもそも京都へ紅葉を見に行くのも初めてだし、彼と紅葉を見に行くのも初めてだ。たくさんの初めてが重なる 。彼が京都にいる間、彼ほどではないが私も何回か京都へ行ったことがある。けれど、紅葉の時期にピンポイン トで行けたことはない。世間でも紅葉のベストスポットのひとつに挙げられる京都だけに、ついつい鼻歌まで奏 でてしまう。 京都へ着き、慣れた足取りで彼は目的地まで進む。やはり彼が予想していたように、車道はタクシーやバス、観光客 が乗る車やレンタカーでいっぱいのようだ。地下鉄に乗り地上へ出るとすでに秋の香りが漂う。彼がまず 連れてきてくれたのは南禅寺。辿り着くと景色が一気に変わったかのように感じる。視界が赤と黄色のグ ラデーションに染まったのだ。 「う、わぁ。すごい!」 「やっぱりこの時期は人が多いな」 「本当。みんなやっぱり京都の紅葉が見たいんだね」 「、おいで」 差し出された手を握れば人混みでも不安はない。おまけにこれだけの人がいるのに、彼が誘導してくれるだけ で誰にもぶつかることがなく木の下まで来れるから不思議だ。この素敵な光景を自分の中のアルバムだけでなく カメラにも残したい。バッグの中からデジカメを取り出すために離した彼の手が何かを訴えているようで、自惚 れかもしれないけど彼の顔が少しだけ寂しそうに見えた「お願い、ちょっとだけ我慢して」なんて冗談ぽく言う と「仕方ないな」といつものように余裕の笑顔で返される。そんな単純なやり取りにさえ幸せを感じてしまった 。撮った写真を確認していると、隣から彼が覗いて来る。ああ、そういえば彼の赤は秋によく馴染む、なんて思 っていると「よく撮れてるね」と褒めてもらえた。「でも、僕の手を離してまで撮ったんだから、これくらいは 上手く撮ってくれないとね」なんて冗談みたいなことも言う彼を見て、彼も紅葉を楽しんでいるんだろうなと思 った。そもそも彼が紅葉を見に行きたいと言ったのに私の方がはしゃいでしまってる。でも彼ならきっと許して くれるだろう。 次に移動した場所は、先程の場所よりもひっそりとしているようだ。小鳥やすずめの囀りが聞こえてきそうなほど静かな場所だっ た。流石数年間京都にいたと言うべきだろうか。穴場的な場所を知っているのはとても心強い。 「すごい静か」 「ここは有名な観光地ではないからね」 おかげで私の感動を含んだ声が響いてしまいそうなくらいだ。目の前の絶景に飛び跳ねてしまいたいくらいで はあるが、彼が手を繋いでくれているので何とかで騒々しくしないで済んだような気がする。有名な観光地では なくても、これだけの紅葉は他では見られない。先程南禅寺で見た紅葉も太陽のように眩しいくらいだったが、 この場所もまた同じくらいの価値はある。吐き出される息や言葉でさえ、紅葉に飲まれてしまいそうな程の光景。 もちろん彼が隣にいるということも大事な絶景の条件であるひとつだ。あまりの甘美な光景に目が輝き、伝わる 彼の手の温かさに涙さえ出そうになる。 「京都にいた頃、ちょうどこれくらいの時期の時にここを見つけてね」 「そうだったんだ」 「あの時から、にこの光景を見せたいと思っていた」 「うん、すごくキレイ」 「ならきっと目を輝かせると思っていたよ」 「ありがとう、連れて来てくれて」 そんな前から私にこの光景を見せてあげたいと思ってくれていたこと。そしてこの絶景を私と共有してくれた こと。もう何もかもが嬉しくてしばらく私たちを包む紅葉にうっとりしていた。モミジもこれ以上ないくらい朱 く色づいており、イチョウも眩しいくらいの黄金色のように見える。それぞれのグラデーションも、混ざり合っ たグラデーションも私を魅了し続ける。しかし、ふとした瞬間、視界が赤だけに染まる。これはモミジの赤では ない。 「こ、こんなとこで」 「大丈夫だよ、誰もいないから」 「だからそういう問題じゃ」 「紅葉に夢中でが僕のことを全く見てくれないなんて寂しいじゃないか」 それは何ともまぁ狡い言葉だろうか。唇が三日月のように弧を描いているあたり、そんな言葉をプレゼント された私が何も言えないのを計算しての言葉だったのだろう。でも、きっと半分は本音に違いない。紅葉に嫉妬 だなんて彼にも可愛いところがあるじゃないかと少しだけ笑っていると、またもや唇が重ねられた。ああ、おか げでせっかく紅葉を見に来たというのに、これでは彼の赤しか目に入らなくなってしまったじゃないか。 「顔、赤いよ」 「赤司くんのせいじゃん」 モミジより赤くなってしまった自分の顔が恥ずかしい。いっそこの景色に溶け込んでしまいたいくらいだ。い や、今の私なら出来る気がする。そっと彼に寄り添うと髪を優しく撫でてくれた。朝と違って今度は実際に風が 吹く。風に乗るように髪がゆるやかに靡いた。そんな私の心臓と同じくらい暴れた髪を、彼は優しく耳にかけて くれる。外気にさらされ少しの冷たさを感じた私の耳元で、彼は優しい声音で温かい言葉を囁く。 「僕もと一緒にここで紅葉を見ることが出来て嬉しいよ」 単純な言葉かもしれないのに、こんなに嬉しいなんて、京都の紅葉と連れてきてくれた彼に感謝を抱きつつ、 こっそり来年も一緒に行きたいと思った感情にそっと蓋をする。だって、もし断られたら切ないじゃない。でも 、それが杞憂だと分かったのはすぐ後だったりする。 |
< かさなりあった朱 >
(来年もまた一緒に、いや来年だけじゃない。これからは毎年一緒に来よう)