インターホンのチャイムが鳴る。今日ほどこの音が私の鼓動を荒立てる日はない。どうしようかと出ないで いるともう一度その音が室内に鳴り響く。インターホンについているカメラで相手を確認すると、もちろん予想通りの人物。いつもは私の 鼓動を今とは逆の意味で速くさせる人。姿が見れるだけで私をこんなにも嬉しくさせてくれるのは彼しかいない。 でも、残念ながら今日は違う。カメラ越しではよく見えないが、彼が手に持っているのは爆弾か何かだろうか。そんなわ けあるはずもないのに、それ程の畏怖感がある。きっと私が部屋にいるのは分かっているに違いない。仕方な くオートロックを開け、しばらくすると今度は玄関のドアのチャイムが鳴った。ゆっくりと扉を開けると、彼のその手には小さいけど可愛らしい花束。 そして果物を持ってやってきた彼が立っている。ああ、私が先ほど爆弾と感じてしまったのはこの花束と果物か。花束と果物に罪はない、もちろん彼にもな い。あるとしたら私。それなのに勝手にすべてを危険と思い込んで逃げ回っているような自分に嫌気がした。


「具合はどう?」
「う、うん」
「風邪を引いていたそうだね」


 そう、私は昨日まで風邪を引いてしまい特に高熱にうなされていた。けれども今は体調も回復し、こうして 彼と会えるまでに至る。体調の悪かった私を心配して、彼は早速今日家まで来てくれて、しかも花束と果物つ きという気遣いっぷりである。普段からもちろん嬉しい。けれど、今回ばかりはその優しさを素直に受け取れない。
 彼を部屋の中に上げてコーヒーをいれようとすると「まだ病み上がりだろう?僕がやるから」と口調は丁寧で優し くても有無を言わせないその雰囲気に何も言えず、仕方なく座って待つことにした。彼は私のこの家に何度も来て いる。それこそ数え切れないくらい。私の家で料理を振る舞ってくれたこともある。慣れた手つきでコーヒー をいれてくれる彼の背が妙に愛しくなってしまったのは、私だけの秘密である。


「もう体調は良いのか?」
「・・・うん」


 ブラックコーヒーが苦すぎて飲めない私好みの甘さにしてくれているのは流石だと思った。私のことをよく 理解してくれている。そんなさり気ないことだってすごく嬉しい。こんなにも私を想ってくれる人は他にいない。 でもだからこそ、今回はその考えのせいで私はひとつ判断を誤ってしまったのだ。


「まさかの体調が悪いことをあいつらから聞いて初めて知ることになるとは思わなかったが」


 彼が言う「あいつら」とは黄瀬くんと黒子くんのことである。高熱にうなされた私は情けないことに外に買い 物に行くということが困難に感じてしまった。おまけにそんな時に限って家に薬がないのである。不運は 連鎖するかのように、食べ物も飲み物もちょうど買い物行かなければいけないタイミングだった。 誰かに頼るしかないと思って電話したのが、私の家から一番近い黄瀬くんだった。


「でも、赤司くんのことだからもし連絡したら心配してくれちゃうでしょう?」


 ダメ元で黄瀬くんに電話を掛けてみると、その日はオフだったらしくちょうど黒子くんといたところだったら しい。偶然会ったのか、それともたまにある休日を男友達二人でのんびり過ごしていたのかまでは聞いていない が、用件を話すと黄瀬くんも黒子くんもとても心配してくれた。


「僕がの心配をして何が悪い」


 優しい二人はすぐに、薬と飲み物を買ってきて欲しいという私の要望に応えてくれて、おまけに頼んでいないゼリーやスポーツ飲料などまで買ってきてく れた。直接お礼を言いたかったけれど、風邪が移ってしまったらそれこそ申し訳ないので、オートロックを抜け 私の部屋がある階まで上がってきてもらい、玄関のドアノブに買ってきてもらったものをかけてもらった。電話越しにとりあえずお礼を言い、ちゃん としたお礼は後日言うつもりだった。その会話中、黒子くんに言われたことがある。「赤司くんには連絡しなくて 良いんですか?」この一言は私を何度も揺るがせた。もちろん、本当は赤司くんに電話を掛けたい。電話帳で何 度もア行を選んでは彼の名前を表示させる。でも発信ボタンが押せなかった。だって優しい彼は私のことを心配 してしまうから。そしたら忙しい彼を邪魔することになってしまう。たかが風邪くらいで彼に甘えてしまったら 、彼の邪魔をしてしまったらそれこそ申し訳ない。そんな思いが私の指を電話帳のア行ではなくカ行へ移動させた。


「それとも僕が頼りにならないとでも?」
「ちが・・・!そうじゃなくて」
「じゃあ、どうして?」


 喧嘩しているわけじゃない、責められているわけでもないと思う。それでもそう感じてしまうのは、やはり 自分に罪悪感が存在しているからだろう。彼に頼ること、甘えることから逃げて結局彼を悲しませてしまった ことに。でも、大事な存在だからこそ、嫌われたくなかったという私の幼稚な思考はあの場面ではどうにも出来なかった。


「だって、赤司くん優しいから」
「意味が分からないな」
「優しいから心配してくれるでしょ?そしたら赤司くんに余計な手間かけさせて邪魔になっちゃうじゃん」
「もちろん心配はする。でも、邪魔だなんてそんなこと思うわけないだろう」


 彼は少し呆れたようにため息をついた。ため息は嫌いだ。そこから吐き出させる空気に淀んだ思いが必ず混 じっているから。今思えば、どうして彼を信じることが出来なかったのだろうか。彼はこんなにも優しいのに。 きっと全てを放り出してでも私の元へ来てくれただろう。そしてそれを責めるようなこと、絶対しない。例え 私がそのことに罪悪感を抱いたとしても、私を心配させないような言葉を今みたいにくれるはず。そんな彼か ら逃げてしまった自分が何だか情けない。


「いや、でもにそう思わせてしまった僕にも責任はある」
「え?」
が辛い時に傍にいることも出来ないなんて、情けないよ」


 彼のこの表情を見て、私の心はひどく締めつけられた。だって、滅多に表情を変えない彼の顔が少し、切ない 。こんな表情、見たことない。こんな表情を、私がさせてしまってるんだ。大好きな人に、こんな感情を抱かせ てしまうなんて。ああ、そうか。彼がさっきあんなことを言っていたのは、彼も今の私と同じような感情を抱いていたから。


「ごめんなさい、赤司くん」
「どうしてが謝るんだ?」
「だって、赤司くんはこんなにも優しいのに、」


 私のつまらない思考で傷つけてしまったから。本当はもっと甘えたい。一緒にいたい。傍にいてほしいし、 傍にいたい。そんな悪くもない感情に蓋をしてしまったが故の過ち。でも、だからこそ今こうして彼と真正面 から本音を話せているのかもしれない。決して無駄ではない。無駄なんかではない、ひとつの心情が生んだ時間である。


はもっと甘えて良い」


 頭にふわりと乗せられた手が嬉しくて、彼の顔をのぞくと先程までの悲しい顔とは違う。私を全て包んでくれ るような慈しみに溢れた表情。きっと彼のこんな顔を含めた色々な表情を見れるのは私の特権。甘えることに遠慮を 感じなくても良い、私に許されたとても幸せなひとときでもある。


「甘えてくれないと、僕が寂しいじゃないか」


 それなら思う存分甘えるから覚悟してね?なんて、言葉ではとても言えなかったので、とりあえず抱き着いて甘える ことから始めてみた。





まるで花が
咲くみたいに


「その代わり、僕もには思う存分甘えさせてもらうよ」