連絡が来るのは大抵22時以降。本当に忙しい人間は「忙しい」と言う暇さえないんじゃないだろうか。そう 思うようになったのはいつ頃からだっただろうか。私は彼から愚痴や不満、弱音どころか忙しいなどという言 葉さえも聞いたことがないような気がする。それともそんな言葉を紡ぐ時間もないということだろうか。けれ ど、それでも彼は私との時間を大切にしてくれる。自惚れかもしれないけれど、忙しい合間を縫って私のこと を考えてくれている、というのは実によく分かるのだ。


「今日は私が赤司くんをおいしいランチのお店に連れて行ってあげます!」
「それは楽しみだな」


 久々にお休みが一日取れた彼。ゆっくり休ませたいと思っていたが、彼が息抜きに外出したいと言うので、 それなら美味しいランチでも食べてもらってその後はゆったりとした時間を過ごせれば良い、そう思った。そんなに頻 繁ではないデートは、いつも彼がプランを考えてくれる。彼と一緒にいられればどこでも良い、どこにでも 行きたいというスタンスの私は、男性が最も困る女性の意見「どれでも良い・どこでも良い」を炸裂させるの だ。もちろん本音なので、巷でよく聞く「ご飯何が良い?」「何でも良いよ」「じゃあパスタにしない?」「 えー、パスタはちょっと」なんてこと、もちろん言わない。彼も私の性格をよく理解してくれているので、ま ずは私にどこに行きたいか、何を食べたいかを一応ではあるが必ず聞いてから色々と決めてくれるのだ。 滅多にないが、私もそこで行きたいところや食べたい物がピンポイントであれば要望を言う。 そしたら彼はそれに忠実に応えてくれるのだ。


「湯豆腐も美味しいお店なんだって」
「ずいぶんと楽しそうだね」
「だって赤司くんとランチなんて久しぶりだし、こうやって一緒に歩いてるだけで楽しいよ」


 ただただ本音を述べただけなのに、歩きながら握っている手をいきなり引っ張られ肩が赤司くんにぶつかると「僕 もだよ」なんて囁くから本当に困る。それだけで嬉しくなって抱き着きたくなってしまうじゃなう。でも今は我慢し て、赤司くんにゆっくりとした日を過ごして貰わなければ。
 いつもどんなに忙しい日々が続いたとしてもデートプランを考えてくれる彼に、少しでもお返しがしたかっ た。もしかしたらそれは私のただの自己満足かもしれないけれど、彼が笑ってくれればそれで良い気さえしてし まう。


「えっと確かこの角を曲がって・・・あ!え!?」
「・・・どうやら休みみたいだね」
「う、嘘でしょ!?え、今日何曜日だっけ?・・・あ」


 お店の前にはしっかりと「本日休業日」の文字。慌てて携帯を見てみると、調べたネット上にもきちんと 休業日は記載されていた。完全に私の見落としである。しかし、慌てている私とは裏腹に、彼はとても落ち 着いていた。その落ち着き具合は、是非とも見習いたいものである。


「赤司くん・・・ごめんね」
「気にしなくて良い。それにこうしてとゆっくり過ごすのも久々だからね」


 結局近くにあったカフェスタイルのお店でランチをすることになった。もちろん彼と一緒ならばどこだって 楽しいし、どんなご飯だって美味しそうに感じてしまう。けれども、彼に少しでも楽しんでもらおうと思った のに、今は私が落ち込まないようにかえって気を遣わせてしまっているようで、それがまた少し心苦しい。結局私 はいつだって彼に気を遣わせて、彼を休ませてあげることも癒してあげることも出来ない。


「どうした、浮かない顔して」
「ん・・・ちょっと申し訳ないなぁって」
「何がだ」
「せっかく赤司くんに休みを満喫してもらおうと思ったのに」
「充分満喫しているよ」


 慰めだと分かっていてやっぱりきゅんとしてしまうこのフラフラな心。そんな私のことなんてお構いなく 笑顔で上品にランチをする彼。和食もだけど洋食もよくお似合いな彼は、私が落ち込んでいる間に食事を終 えたようだ。彼を待たしてはいけないと、私も食事を終え外へ出ると、先程よりも青空と太陽がよく輝いて いた。近くに大きい公園があるので、そこへ足を向けるとピクニックのようにご飯を食べている家族や、ベ ンチの上でゆっくりとした時間を過ごす恋人たち。その雰囲気だけで何だかとても幸せな気分になれた。けど 、心はやっぱり少しだけ曇り空。


「少し休もうか」
「うん」


 ゆっくりとベンチへ腰掛けた時、少し冷たい風が吹いた。髪が靡いて視界が少し遮られたが、彼が横から髪 を私の耳にかけてくれたおかげで、目の前は明るくなる。撫でられた風は冷たかったのに、彼の指が耳に触れただけですぐに熱を持ってしま うなんて。小さくお礼を言うと「どういたしまして」と実に楽しそうな彼の笑顔がプレゼントされた。彼の笑顔には 実は何種類もあるということも、彼と近い存在にならないと理解出来ないだろう。


「まだ落ち込んでいるのか?」
「え、そんなことないよ」
「僕はが楽しそうにしているのを見ている時が一番癒されるけどね」


 行こうと思っていたお店が閉まっていた時はかなり落ち込んだ、という感情を表に出してしまった。 けれど、その後のランチで赤司くんが励ましてくれたあとは至って普通。普通に、いつものように明るく振る 舞っていたつもりだ。そうでないと、余計彼に迷惑と心配をかけてしまって、少しでも彼に楽しんでもらいた いと思った私が落ち込んでいたら彼も楽しめないと思ったからだ。でも、彼は私の心の奥底に隠していた感情 さえ、見つけて受け止めてくれる。


「楽しいんだけど、やっぱりちょっと失敗しちゃったなって」
「相変わらずうっかり者だね」
「うっ・・・痛いとこ突かれた気がする」
「甘やかしてばかりいるのが愛情ではないからね」
「はい、おっしゃる通りでございます」


 私は彼のこういうところが本当に好きである。先程までのような優しい励まし、そして例え少し厳しくても私のた めならきちんと真実を伝えてくれる。このバランスがとても絶妙なのだ。おそらく人を成長させることに長け ている彼だからこそ出来ることなのだろう。私のことを愛してくれるだけではなく、人間としても成長させて くれる。だから私は彼に対して特別な安心感を抱きながら傍にいられるのだ。


「まぁ、僕はのそんなところも好きだけどね」


 結局甘やかすなんて、本当に私の心を操るのが上手い。とても居心地の良いこの時間と空間についうっとり としてしまいそうになったけれど、ここで疑問がひとつ。私は彼と一緒にいて、とても楽しいし嬉しいし、落ち 着く。けれど彼も同じように思ってくれているのだろうか。もしかしたら私だけがそんな風に思っていたら少 し寂しい。彼は優しいから気を遣って疲れたりしているんじゃないだろうか。そっと彼の横顔を見ると、彼も タイミング良くこちらを向いたので驚いたのと同時に心臓が一気に跳ね上がった。


とこうして一緒にいる時が一番落ち着くよ」
「え、な、何で?」
「何でって何が?」
「・・・何でもない」


 心を読まれたのかと思った。彼はいつも私の言いたいことをすくい取ってしまう。それが少しだけ悔しく もあり嬉しくもあるなんて、私は何て贅沢で我が儘な女なのだろう。彼には私のダメな部分もお見通し。弱い 部分もお見通し。だからその部分を彼が補って支えてくれている。じゃあ私は?彼はしっかりしているし、芯 も強い。でも、私の勘違いかもしれないけれど、人間である以上彼にだって脆い部分が微かにではあるけど存 在している気がする。傍にいる私だからこそ、気づいてあげられる本当に小さな部分なのかもしれない。


「僕が自分の全てを見せることが出来るのは唯一、だけなんだ」


 彼のこの言葉はきっと真実。きゅんとばかりしている場合ではない。だったら彼を支えてあげられる女にな らなければ。頭に乗せられたこの温かい手を、もっと温めてあげたい。


「だからこれからも一緒に、ね」


 ああ、でもやっぱりそんなお願いをされてしまっては私の心ばかり熱くなりすぎてしまう。





めぐる祈りに
目を閉じた


(僕の隣で幸せそうに笑ってくれるに、心から感謝を)


12.20.2013 Happy Birthday!