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彼女の部屋に行くと、いつも可憐な花が飾られていた。殺風景な部屋にひとつ、華やかな花。毎回同じ花の種類なので、彼女はきっとこの花が好きなのだろうと花束をプレゼントしたこともある。今までにないくらい瞳を輝かせた彼女の表情に僕の胸まで熱くなったものだ。彼女はその花をしばらく飾り続け、その花に見守られながら、僕たちは何度も愛を育み共有しあった。 「僕にとってはが何よりの花だよ」 「赤司くんがそんな冗談言うなんて」 「冗談なんかじゃない」 「だとしたら、とっても」 クスクスと笑いながら「クサい台詞」と言おうとした彼女の唇を塞いで、抱き寄せれば全身に愛が咲く。全身にだけじゃない、心にだって花が咲く。きっとこの花は永遠に咲き続ける。そう思っていたのはどうやら僕だけだったようだ。 彼女の部屋にしばらく訪れないうちに、花は無残な姿となって枯れてしまっていた。ここ最近忙しく、連絡さえも怠った詫びを兼ねて、またあの花をたくさんの大きな花束にして彼女の部屋を訪れた。しかし、僕の目には枯れているのにまだ花瓶に挿されている花が映される。その姿は何とも滑稽で、寂しくて、悲しかった。いっそのこともう処分した方が良い、捨てた方が良いとさえ思った。 「もう枯れているじゃないか」 「うん、枯れてるから新しい花にしようと思って」 いっそ気づかなかったらまだ幸せの余韻に浸ることが出来たのかもしれないのに。理解が出来てしまった自分が虚しい。胸騒ぎというのはこういうことを言うのかと、改めて直感した。心臓の音が自分自身の脳に響く。 「だから、その花束は受け取れない」 まだ枯れていないせっかくの花束が可哀相じゃないか。 「赤司くんからはもう、何も受け取れないないの」 愛さえも。そう聞こえたような気がするならどれだけ良かっただろうか。聞こえたような気がするんじゃなくて、紛れもなく伝わってきた確かな意思。血液がドクドクと自分の体の中を駆け巡るような、初めて味わうこの感覚にただ恐怖を抱く。 これ以上、花束を持つこの手に力を入れたらせっかくの花がぐしゃぐしゃになってしまう。いっそのこと、もう彼女への捧げ物としての意味を全く持てなくなったこの花に、僕の想いを全て注いで代わりに壊れてくれるというのなら話は別なのだが。 「他に、好きな人がいるから」 「それは、初耳だな」 「赤司くんと話す時間なんて、なかったじゃない」 「随分と手厳しい事を言うね」 「私にはもう、その人しか見えないの」 「…それは誰だい?」 下らない質問をしたと思う。そんなことを聞いて僕はどうするつもりなのだろうか。もちろん、彼女を責めるつもりも、相手の男を責めるつもりも、毛頭ない。原因の一部に身の覚えがあるからだ。捨てられるのは、花瓶の中で枯れてしまった花ではなく、僕か。 答えてなんてもらえないと思っていたが、彼女は「いずれ分かることだと思うから」と相手の名前を口にした。そこから出たのは僕のかつての旧友でもある男の名前。彼女と一緒にみんなで食事をしたこともある。最初は驚いたものの、どういう経緯で彼女がその男に心を奪われたのか察するのは容易だった。その度に後悔が走る。非常に僕らしくないこの感情を今すぐ枯らしたい。赤子のように泣き叫ぶことが出来たらどれだけ楽になれるのだろうか。いや、泣き喚いたところで、この感情が救われることなんて、もう無い。 「ひとつ言っておくけど、浮気じゃないよ」 浮ついた感情で済むだけなら、どれだけ良かっただろうか。まだ救いの欠片がある。けど、 「本気だから」 そんなことを言われてしまえば、もうどうすることも出来ない。狡い台詞だ。同じような台詞をアイツにも、相手の男にも言ったのだろう。違う意味を込めて。この僕が、たったひとりの女性の心を手に入れることも出来ず、おまけに奪われてしまうなんて。 「、僕は悪い冗談は好きじゃないよ」 彼女のことになると、僕らしくないことを思い、つい口に出してしまう。冗談であってほしいという願望を口に出すこの男はなんて愚かなのだろう。でも、簡単に頷けるほど今までの二人の時間が軽かったなんて思いたくない。 もしかしたら、こんな僕は格好悪いと思われているのかもしれない。無様だと思われているのかもしれない。それでも、せっかく見つけた愛を手放す勇気が持てない。だったら見苦しくたっていいから、最後まで悪足掻きくらいさせてくれたって良いだろう。 「花はね、愛を注いでくれないと死んじゃうんだよ」 彼女が大事にしていたのは花ではなく、花瓶だった。花が咲くなら注がれる愛は誰のでも良かったのだろうか。愛が注がれないとその場で咲くことも出来ない。咲いても枯れてしまう。おまけに簡単に罅が入って割れてしまう花瓶はなんと脆いのだろう。 そんな男の愛なんて、どこかに流して捨ててしまえ。そして、そのからっぽな花瓶に愛を詰め込んで、今度こそ幸せを咲かせるから、どうか戻ってきてくれ。 叶わない願いを込めて握りしめた手の中には、枯れることさえも叶わずに散ってしまった花びら一枚、何も残っていなかった。 |