いつもいつも影で隠れるように泣いているのを知っていた。でも、彼女が必死で隠そうとしているから、ただ遠 くから見守ることが彼女のためになると思っていた。泣くことで少しでも報われると錯覚出来るのなら、それもひとつの幸せな のかもしれないと思った。けど、それは所詮見せかけだけの必死の抵抗で、中に生きている心はズタズタだったのかもし れない。


「あれ、ちゃん?」
「氷室、先輩・・・」


 自主練後、体育館の近くのベンチで下を向きながら小さく座っている彼女を見つけた。バスケ部のマネージ ャーであり後輩の、後輩であるアツシの彼女だ。マネージャーである彼女は普段なら全体練習が終われば業務が終わり帰宅するは ず。彼女の恋人であるアツシは滅多に自主練などしないので、大抵二人は練習後すぐに帰る。しかし、今日は練 習が終わってから数時間も経つのにまだ校内にいるなんて。


「こんな遅くまでどうしたの?アツシは?」
「敦くんは、いません。帰りました」


 こんな遅くまで彼女を置いて先に帰ったというのだろうか。けど、アツシならそれも頷ける。どうせ今日もま た、他の女の子と遊んでいるのだろう。どういうつもりで彼女以外の女の子と遊んでいるのかは全く理解出来な いが、人それぞれ価値観というものが存在する。明らかに関係のない第三者が口を挟むのも躊躇われた。


「そう。じゃあもう遅いしそろそろ帰ろう。送っていくから」
「いえ、大丈夫です」
「じゃあ、俺からのお願い。こんな暗い時間に女の子ひとりで歩かせるのは嫌なんだ」


 彼女は小さな声で「すみません」とだけ言って立ち上がった。聞こえなかったフリをして、ようやく歩き出す。 恋愛関係、友情関係、家族関係、彼女が一体何で悩んでいるのかは今この時点では分からないが、いつも明るい 彼女が気丈に振る舞っているかのように見えた。


「見ちゃったんです」
「え、何を?」
「敦くんが、他の女の子とキスしてるところ」


 ああ、やっぱりそうだったのか。そんな小さな身体で、ついに泣くことも出来ず怒りをぶつけることも出来ず、ただ 唇を結んで耐えてるだけだなんて、可哀相過ぎる。けど、それが彼女の秘めていた強い部分であり、抵抗であり、意地なのだろう。


「そう・・・辛かった?」
「分かりません」


 彼にそういう人がいるのは知っていたから、彼女はそう言った。知ってはいても、きっと心の中で小さな希望 がまだ微かに残っていたのだろう。けれど、虚しくもその希望は彼女の前で崩されてしまったのだ。その一瞬、 どれだけの衝撃が彼女を襲っただろうか。彼女は感情を止めることで、堪えることを選んだ。泣きも怒りもしな い、馬鹿な子である。でも、そんな馬鹿な子を好きな自分はもっと馬鹿なのだろう。


「俺なら、絶対に泣かせないよ」
「え?」


 自分を馬鹿だと思ったのと同時に、卑怯だと思った。女の子が弱りきっているところにつけ込んで誘惑するな んて、まるで詐欺師のようじゃないか。けど、今まで抱いていた彼女への想いは確かに本物なのだ。既に彼女に は大事に想う人がいる、それが自分の後輩でもあるということで、当たり前のようにセーブをかけていたが、こん なに悲しんでいる彼女を放っておくほうが悪いのだと、無様に自分を正当化させた。


「そんな悲しそうな顔、させたくない」


 アツシが本気を見せてくれるなら、こんな卑怯な真似しない。誰にどう思われても構わない。ただ、彼女には いつも笑ってほしい。笑って見守っていて欲しいから俺が傍にいてあげた方が良いと判断したのだ。今、彼女の 瞳を揺らさせているのは紛れも無い自分。ここでキスのひとつでもしてしまえば、彼女は不可抗力だったとは言 え罪悪感からきっと、アツシとは一緒に居辛くなるだろう。けど、今はまだそれをしない。


「だから、俺にしちゃいなよ」


 もう無関係じゃなくなるために、そっと彼女へと手を伸ばす。その手を受け入れるか拒否するかどうかは、彼女次第。




終幕に手は
伸ばせるだろうか

(勝てない勝負じゃない)



<2013.10.06〜2014.1.31>