「え、何でお前まだいるんだよ?」
「ちょっと、ひどくない?」


 火神大我はこの春、大学生になった。高校の頃と変わらず、バスケ中心の生活を毎日のように送りたいと思って いる。そんな思いを抱きながら家に帰ると、ひとりの女がいた。
 火神にはアメリカの頃によく遊んでいた幼馴染み的存在が二人いる。ひとりは一つ年上である氷室辰也。彼は 火神にバスケを教えた人間である。火神にとってはとても大事で信頼のおける人間と言っても過言ではないだろ う。そしてもうひとり、は火神と同じ年ではあるものの、面倒見の良い姉的存在でもある。アメリカにいた頃はよく、火神と氷室がバスケをして楽しんでいるのを傍で見守っていた。


「そっちはどうだった?」
「大学?うん、まぁまぁ楽しそうな気がする」


 その後、火神が一番最初に日本へ戻ることになり、続くようにも氷室も日本へと戻ってきた。いつも見守 ってきた火神が心配で仕方なかったは火神と同じ高校へ転入をし、バスケ部のマネージャーになっ た。の口癖は「だってタイガくん、何だか心配なんだもん」だった。火神は日本へ来た当初、日本のバスケな んてとの予想通り、熱かった心が冷めていた。しかし、その後すぐにが帰国し傍にいるようになり、また誠凜 のチームメイトにも恵まれ、以前と同じように闘志を燃やしバスケに向き合うことが出来た。 そんな火神をは約3年間、見守っていたのだ。


「つーか、もう良いから」
「え、何が?」
「俺の傍にいる必要ねーってこと」
「・・・どういうこと?」


 二人は付き合っていた、恋人同士の関係だったのか、というとそれはまた難しい。今みたいには火神の 部屋へしょっちゅう訪れていた。そのまま泊まることだって数えきれないほどある。そして二人でどこか買い 物へ行ったり気晴らしに散歩をしにいくなんていうこともよくあった。もちろん、登下校もほぼ毎日一緒だ。 けれど、一歩を踏み込んだ関係にはこの3年間で一度もならなかった。


「タツヤのとこ、行けよ」
「え?」
「誰が一番を見てきたと思ってんだよ」
「・・・・・」
「つか、今となってはお前より俺の方がしっかりしてるし料理も上手いし」
「ちょっと!本当のことだけどさ!」
「だから、お前が傍にいなくても問題ねー」
「寂しいこと言わないでよ」
「俺のほうがしっかりしてっけど、俺じゃあ・・・お前を支えられない」


 もしかしたら高校卒業を機に、この関係に何かしらの変化があるかもしれないとは思っていた。けれど、 まさか急に氷室の元へ行けと言われるとは思っていなかった。からは鈍いと思われていた火神は、残念なが ら第三者であるからこその気持ちにも氷室の想いにも気づいており、この3年間過ごしてきたのだ。


「だからタツヤに傍にいてもらえ。そんでもって、タツヤの傍にいてやれ」


 氷室は昔から、年下なのに時々姉のように大人びた雰囲気を醸し出したり、そうかと思えばつまらないことで 泣いたり喜んだりする無邪気な面も持つにずっと恋をして いた。もアメリカにいた頃、そして今も火神に言われるまでハッキリとした自覚はなかったが、氷室に惹かれ ていた。それは離れていても薄れることはなかった。でもは「先に日本へ行ったタイガくんが心配。しばらく ひとり暮らしになるみたいだし、大丈夫かなぁ」が口癖のようだった。結果、3年前のは火神の傍にいることを決意したのだ。


「でも、お前が傍にいてくれた3年間は嬉しかったし、楽しかった」


 ありがとう、そう言われた時、は涙を流しそうになった。それは心配していた火神が大人の男になって きたことに対する感慨深さなのか、火神にもう傍にいなくて良いと言われた寂しさなのか。その答えを求めるた めにも、は氷室に会いに行った。


***********


 氷室は高校時代は秋田の高校にいたが、大学進学を機に東京へやってきていた。よりひとつ年上の氷室は 既に大学2年生になっており、毎日充実した生活を送っているようだった。別の大学ではあるものの、氷室が住 んでいる街はが今いるところからそう遠くはない。は思い切って、以前聞いた氷室のマンションへと足 を運んだ。オートロックを抜け、ピンポンを押そうと少し震えていた指は、勢いよく開けられた扉のおかげで止 まった。


「待ちくたびれたよ」


 驚いたの耳に入った氷室の声は、を久々に安心させた。試合で何回か会ったことはあったが、氷室が大学生になり東京へ 来てからも一度も会ったことがなかった。それは火神を含めた3人、何か思うことがあったのだろう。大学生に なった氷室は、以前にも増して大人のように見えて、何だか初めて会った男性のように感じられて少しドキドキ した。でも、笑うとたまに可愛く感じられるような顔は相変わらず変わっておらず、は少し懐かしさを思い出した。「待 ちくたびれた」、この言葉の意味さえもどちらの意味なのかには理解出来なかったが、中に入るよう促されたので部屋へ入ることにした。


「タツヤくんのお部屋もやっぱりキレイだね」
「・・・さっきタイガに電話で言われたよ」
「え・・・何て?」
を幸せにしてやってくれ、って」


 火神の部屋も割とキレイではあったが、やはり氷室の部屋もの想像通りキレイに整理整頓されていた。玄 関に足を踏み入れた時点で、氷室の部屋のキレイさを察したは、もしかしたら彼には恋人がいるんじゃない かという思考が浮かんだ。けれど、中へ入ると女性ものはひとつもなく、その思考はすぐに除去された。同時にはやはり安心したのだ。そしてようやく、火神に言われた言葉を改めて実感し、自分の気持ちを自覚した。


「そんなこと、」
「ね、そんなこと言われなくても幸せにするのに」
「・・・待ってて、くれたんだ」
「ずっと、待ってたよ。だけを」


 氷室が煎れてくれたコーヒーの湯気が、彼の笑みの邪魔をする。そう思ってしまうくらいは氷室に愛しさを感じた。火神に抱いていた想いとは少し違う。そこには愛しさが存在していた。そしてようやく、自分の本当の居場 所が見つかったのだと。


「これからは、俺の傍にいてくれるよね?」


 一見、何の躊躇いや迷いもない、氷室自身答えが分かりきっている問いだとは思ったが、彼の表情を見る とそこには少しの不安が存在していた。彼はいつも自信があってスマートで紳士的で優しくて。でも、昔から頑張ろうと少し 無理をしていることがよくあった。それは大概や火神を心配させないため。ひとつ年上、そし て優しい性格ということが余計彼をそうさせてしまっていたのだろう。だから、ここで少しの不安を醸し出す氷 室がには何だか微笑ましく思えたのだ。彼も普通の男の人なのだと。
 ゆっくり頷くと、子供のような幸せそうな笑みを浮かべた氷室を見たら、はまた涙が出そうになった。それは火神と氷室、両方に対する感謝からだ。





この世界は
涙のせいにして

(どんなことがあっても、永遠に約束する)



<2013.10.06〜2014.1.31>