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価値観なんて人それぞれなのだから、特に批判するつもりも否定するつもりもない。けれども賛同するつもりも享受 するつもりも全くない。では、心臓に骨が刺さるかのように引っ掛かっている、この無駄な苦しさは何だろうか。答 えなんて分かっているが、敢えて分からないフリをするのは、彼女より年がひとつ上という無駄な柵に捕らえられて しまっているせいだろう。 「敦くん。ほら、またこぼしてるよ」 「んー・・・拭いて」 「ったく、仕方ないなぁ」 彼女たちはこの光景をただの日常として捉えているのだろうが、自分からしたらとてもそうには見えない。まるで親 子か恋人同士のような雰囲気をこちらが不快になるくらい醸し出している。しかし、そんな態度を表面に出してしま えばが心配するだろうし、彼女にそんな思いはさせたくない。何より、本音を言ってしまったら、そんなことを 気にする小さい男とに思われてしまうのではないかと、不要な見栄が内面で主張してくる。結局いつものように 黙って、仮面のような渇いた笑顔を貼付けながら二人を見守るしかない。今思えばお昼の時間にこのようにお弁当を 広げ、三人で食しているというのも見る人によっては奇妙だろう。 「もー、氷室先輩からも何とか言って下さいよ」 「んー・・・アツシ。にあんまり面倒かけちゃダメだよ」 「えー、何で?」 「がいないと何も出来なくなっちゃうだろ?」 「別に良いじゃん。いなくなんなきゃ」 正直、この素直さがたまに羨ましくもなり恨めしくもなる。の事とバスケのことに関しては、何を言っているん だと腹の底から怒りにも似た感情が湧くことがたまにある。例えば普通の男ならば「何言ってるんだ。は俺の彼 女なんだから」とここで言えるのだろうが、無駄なプライドが邪魔をして、なかなか喉が鳴ってくれない。溜息だけ を何とか出し、そこに言葉が混じっていることには誰も気づかない。 不愉快なお昼の時間も終わり、彼女たちは自分たちの教室へ並んで戻っていく。その後ろ姿を見ながらまたひとつ、 溜息が漏れる。そもそも、もまた罪な存在である。そんなに愛らしい存在で、男女問わず多くの人間を魅了する のだから。可愛くて可愛くて仕方がないを本当の意味でひとり占めする日はなかなか来なさそうだ。けれども、 自分も所詮はただの若い男である。どうしようもない独占的に駆られたって今ならまだ許されるだろう。 ***************************** 練習は好きだが、と約束をしている日は練習が早く終わることを望む。練習終了の合図が告げられると早々に 着替え、の笑顔へダイブするように駆け寄った。遅い時間まで待ってくれている彼女の頭を撫でると、心地好 い香りがしてそれだけで癒される。けれども、それ以上に照れながらも嬉しそうな顔をしているを感じれば、今 日一日の不快感も疲れも夜風に乗って飛び去っていく。いつものように共に帰宅をし、彼女を部屋へ入れ、誰にも邪 魔されない幸せな時間を過ごす。 「ふぅ」 「あれ?氷室先輩、今日疲れてるんですか?」 「ああ、いや。そんなことないよ」 「本当に?」 疑問の目を持ちながら、何故かニヤニヤしながら上目遣いで迫ってくる彼女さえ可愛くて仕方がない。例え疲弊して いたとしても、そんなものくしゃくしゃに丸めてごみ箱へ投げ捨ててしまうだろう。「本当だよ」と小さく笑いなが ら、の小さな身体を抱き寄せると、あまりに嬉しそうに笑ってくれるものだから、やはり自分は愛されているの だろうと思いたくなる。しかし、やはり自分もひとりの人間であるが故、それをハッキリとした形で示して欲しくな るという醜い欲が働く。 「・・・何ですか、そんなじーっと見て」 「ん・・・可愛いな、と思って」 「またそんなこと言って・・・」 「本当のことだからね。でも可愛いすぎも心配になるよ」 「え、心配?」 「うん。アツシとも仲良すぎるし」 少し言い過ぎたかと、自分の発言を呪いたくなった。これではとアツシの仲に妬いていると言っているようなも のではないか。まぁ実際にそれは否定出来ないのだが、やはり彼女より余裕を持った男でありたいという思いが強い 。こんな子供染みたことを言うのは、吐き気が催すほど苦痛で仕方ないが、今の状況を我慢するほうが今の自分にと っては苦痛だ。別に仲良くするな、と言いたいわけではない。しかし、どうにもにとって自分が特別な存在だと いう証が欲しいのだ。なんて我が儘な自己主張だろうか。けれども、たまにくらいなら許してくれても良いだろう? 「えっ・・・そう、ですか?」 「自覚ない?」 「う・・・スミマセン」 これは何やら自分が想像していた展開とは違う方へ進みそうだ。妬いている俺に幻滅するか、笑って流すかのどちら かだと思っていたが、どうやら俺に責められていると感じているらしい。別に責めているつもりは全くない・・・と言 えば嘘になるかもしれないが、落ち込んで欲しいわけではない。彼女の髪を梳きながら抱きしめる手は止めないこと で、少しでもこの愛しさを感じてくれたら、と静かに願う。ただ、珍しくシュンと落ち込んでいる彼女があまりに可 愛くて、少しだけ加虐心を煽られる。 「そっか、は気づいてくれてなかったんだね」 「あ、えっと・・・その」 顔を見られないように視線を落とすと、の慌てたような声が聴こえた。その声を聞いて、口許に弧を描いてしま う自分を見たら、今度こそ幻滅されるかもしれない。それでもがいちいち可愛すぎて止まらないのだ。どうしよ う、どうしようと慌てている彼女に追い撃ちをかけるように残酷と思える言葉を吐いていく。 「の傍にいて良いのか自信なくなるな」 「ええっ!?そ、そんなこと」 否定してくれるのは嬉しいが、それだけで満足出来るほど物分かりの良い人間ではない。こんな男に愛されてしまっ たことを後悔されるかもしれないが、ならきっと応えてくれるはず、と根拠のない自信が生まれる。 「じゃあ、からキスしてくれる?」 小さな身体を先程よりぎゅ、と抱き寄せる。あまり強く抱きしめると骨が折れてしまうのではないかという不安に駆 られるが、そんな華奢さもまた魅力的なのである。耳元で囁くように言葉を送ると、の身体が硬直したかのよう に動かない。人形のように固まってしまっているが、子供みたいな温かい体温を実感して安心した。耳に髪をかけて あげると、彼女の可愛らしい耳が露わになって、そこに唇を落としたくなるが、今は我慢する。 「え・・・えええええええええ!?」 「・・・驚きすぎだよ」 「私からキス!?氷室先輩に!?」 「うん」 「そ、そんなの恥ずかしくて・・・」 「そっか・・・そうだよな」 「あ、ちょ、違くて・・・!」 そんなに動揺することだろうか。自分の中では彼女にキスをするという行為は当たり前すぎて、日常過ぎて特に違和 感も感じていないが、もしかしたらそのせいだろうか。今までから唇を重ねてくれるということは一切無かった。何故なら単純に、自分がと唇を合わせたくて、自分から彼女へ口づけをしていたのだから。ただ、だからこそ いつも受け身であるから唇を重ねてくれるということは、自分にとっては何よりも特別なことであると思えるのだ。 「なら、良いよね」 「良いと言えば良いんですけど・・・」 「言っておくけど唇以外はダメだよ」 顔だけでなく、耳まで伝染した赤さがより可愛らしさを彩る。可愛いな、とその赤く染まった耳に囁いて音を立てて キスをしたくて仕方がない。先程から一体どれだけ我慢すれば良いのだろうか。の唇が自分の唇へ触れた瞬間に、そのまま彼女の唇を食べるように絡めてしまうかもしれない。それはそれで良いだろう、と少しだけドキドキしな がら待つ。 「じ、じゃあ、目閉じて下さい」 もう少しの焦った顔を見たかったのに。けれどもからのお願いなら聞かないわけにはいかない。言われた通 り目を閉じると視覚が消えて、些か心臓が激しく動く。が動くと衣服が擦れ合う音が聞こえ、それにさえドキド キする。目を閉じているからか、の香りが今まで以上に敏感に察知出来る。それだけで酔いしれそうになってし まうなんて、随分弱いものだ。そうか、キスをされる側はドキドキするのか。いつもがキスをしたあとに顔を赤く染め、下を向いてしまう理由が少し分かったかもしれない。 そんなことを考えていると、唇にふにゃりという柔らかい感触と温かさが生まされる。あまり上手とは言えない口づ けだが、それが逆に嬉しくてたまらないのだ。目をゆっくりと開けると、両手で自分の顔を隠しているが視界に入った。隠し切れていない耳が、の心を簡単に表している。そんな愛らしい様子につい微笑ましくなってしまう。 「そんな可愛いことしないで」 彼女の手をゆっくり剥がし、少しばかり涙目の瞳にキスをする。小さく唸っているは可愛い以外の何者でもない。 今日一日で一体どれだけに可愛いという感情を抱いてるだろうか。でも、実際にそうなのだから仕方がない。孕んでいた 不快感や醜い感情はいつの間にか薄くなっていき、今はこの気持ちをどうやってへ伝えようか、ただ頭を悩ませている。 「ありがとう。たっぷりお返ししてあげるからね」 の言葉なんて聞かずに、一方的に唇を押し付ける自分は悪い男だろうか。しかし、彼女の林檎色に染まった頬が しばらく続いているところを見ると、自信を持って良いのだろう。そう勝手に思い込み、潜んでいた醜い感情をの 口づけによって熱くなった心で完全に灰にする。けれどもその熱さを鎮静させることなんて出来る筈もなく、もう二度とあ んな感情を抱かないようにと、の肌の上で愛を滑らせることで自己解決した。 |
そのくちびるが
マッチになる
(愛することでこの愚かな嫉妬という感情を消滅させて)