私には比較する対象が存在しないが、それを差し引いても理解してしまうほど、彼には魅力があるように感じる。 例えば、一緒に外を歩く時は必ずと言って良いほど、私を車から守るように車道側を歩いてくれたり。例えば、私よ り背が高く、足も長いであろうに、私の歩幅に合わせて歩いてくれたり。食事やお茶をしようと、どこかのお店へ入 った時も必ず私をソファー側に座らせてくれる。何をするにも紳士的なのだ。自然にやっているのか、故意にやって いるのかは分からないが、いつも嫌な顔せずにいてくれるので、私も彼に感謝の気持ちや感動を抱くことが出来る。




「・・・また考え事?」
「えっ・・・あー、うん」




彼に出してもらった温かいココアを両手で持ちながら、彼の部屋にあるソファーで膝を折り曲げていると、横から不意に頬 を指で突かれた。彼曰く、私は普段から考え事をよくしてしまい、おまけにボーっとしてしまう癖があるようだ。以前、指ではな く、頬や耳に唇を落とされたことがある。だが、それに驚いた私が持っていた飲み物を零してしまったのだ。単純に驚いて零してしまった のは私だし、運よく火傷も負わなければ服もそこまで汚れなかった。しかし、彼にはもし私が火傷をしていたら、という思い があったのだろう。死ぬほど謝って来たことがある。バスケ以外であまり表情を崩さない彼が、あんなにも必死で謝 ってる姿に何故か嬉しくなってしまったのを今でも覚えている。そういうことがあったからか、最近の彼は私を気付 かせる時は指で頬を突いてくるだけになった。




「何か大事なこと?」
「ううん、そうでもないと思う」
「じゃあ、俺に構ってくれる?」




コップをテーブルの上へ置くとすぐに彼の腕が伸びてきた。お互いにこの距離感が一番落ち着くのかもしれない。 日頃の隙間を埋めるように密着するその距離に、ついつい酔いしれそうになる。彼の胸に自分の顔を預けると、それ が合図かのように頭に降り落ちてくるその手は、この世界で私が一番安心出来るものだと言っても過言ではないか もしれない。ふと上を見上げると、彼の優しい片目と出会い、額にくちづけをされた。まるでドラマや少女漫画の ようなその甘い雰囲気はいつまで経ってもなかなか慣れない。恥ずかしくて顔を下へ向ければ、彼のもう片方の手 が私の頬へ滑り落ち、触れられたその部分から感染していくかのように、熱がやたらと広がっていく。




「可愛い顔なんだから、隠さないで」




こういった言葉を冗談でもなくしれっと言ってくるところは些か憎らしい。そんな言葉を貰っても、私はどう返すの が正解なのか未だに解らない。結局何も言えず、口をきゅと結ぶことで何とか対抗していた。でもそんな抵 抗も虚しく、頬に添えられていた手が自在に動き、私の髪を耳にかけたあと、顎を掴まれて少しだけ上に向かされて しまえばもうアウトだ。合わされる視線に息が出来ない程、胸の鼓動が激しくなる。




「うん、やっぱり可愛い」




そんな甘い言葉と共に降ってくるのは、同じような甘いくちづけである。可愛いと言ってくれているのに、彼から贈られ るそのくちづけは可愛いには程遠い。確かに最初は「可愛いキス」であるのかもしれない。ちゅ、ちゅと啄むような 可愛いくちづけは私の心を幸せにしてくれる。しかし、それはまさに準備運動とでも言うかのように、良い表現をす るとすれば甘いくちづけが私に襲ってくるのだ。




「ちょ、ん・・・」
「声も可愛いなんて、反則だよ」




先程まで結ぶように閉じていた私のくちびるをこじ開けてくる。当然、今まで沈黙を貫いてきた私の声は隙間から 嫌でも漏れる。別に声を出そうと思っているわけではない。彼のくちづけがそうさせてしまうのである。口内で踊るように 侵してくる彼の舌は、いつも私を蕩けさせてしまうのである。まるでその熱を分け与えてくるかのようなくちづけは 、やはり彼の魅力のひとつだろうか。他の人のくちづけを受けたことのない私でも、彼のキス(その他諸々)はとて も巧みものではないかと思えるほどだ。




「やっぱり・・・」
「え、何?」
「辰也くんってキスが上手いよね」
「・・・もしかして、誰かのキスと比べた?」
「ち、違うよ!それに比べる人がいないってこと知ってるでしょ?」
「うん、ちょっと意地悪してみたくなって」




少しだけ甘いキスは落ち着いたが、抱き寄せられている私の身体は相変わらず熱いし、言葉の間に時折落とされる くちづけはやはり、胸が高鳴る。ごめんごめん、と微笑みながら吐かれるその言葉と息でさえ、私とは比べも のにならないほどの色気を醸し出しているのだから全く困ったものだ。くちづけといい、その色気といい、一体何処で身につけて来たと言うの だろうか。




「何だかズルイ。私ばかり翻弄されて」
「俺だって充分の魅力に翻弄されてるよ?」
「そ、そういうことは良いから。ねぇ、やっぱアメリカ時代に身につけたの?」
「うーん、どうかな。まぁ日本に比べたら向こうでキスは普通だけどね」
「そ、っか」




自分から聞いて、何を勝手に落ち込んでいるのだろうと思った。そもそもそんな前の事など関係なく、彼の異性から の人気はとてつもない。おそらく私の想像以上の人と、唇を重ねるという行為をしているだろう。そんなことに対し て全く気にならないと言えば嘘だが、全て気にしたって仕方のないことだ。それに嫌われているよりは好かれている ほうが良いじゃないかと、無理矢理のように理由をこじつけ納得していたのだから、今更妬くなどと言った感情を抱 きたいとも思わない。なのに、少し気落ちしてしまうなんて、醜くて浅はかもいいところである。




「もしかして、落ち込んでる?」
「・・・え、何で?別に落ち込んでないよ」
「そういう嘘が下手なところも好きだよ」
「何それ・・・褒めてないじゃん」
「安心して。俺が自分からここにキスをした事があるのはだけだから」




私の唇をその長い指でなぞったあと、こちらが言葉を発する前に彼の唇によって塞がれた。必ずと言って良いほど、 こちらのタイミングに合わせるかのように唇を重ね、角度を変え、舌を差し込むその所作が、あまりに鮮やか過ぎて不思議である一方、 魅了されてしまって仕方がない。よく「そんな目で見ないで」と言われるが、そんな目をさせているのは間違いなく 彼である。その時の私はさぞかし甘い目をしているのだろう。でもそれは彼によってそうされているのだから、どう しようもない。




「もちろんこれからするのもだけだよ」




今までの小さな心の中での嘆きが彼の囁きによって簡単に消えてしまうなんて、全く単純も良いところである。その言葉と唇の甘 さを感じた瞬間が合図かのように、彼の手が肌の上を滑ればそれこそもう何も言えずにただ体温が上昇するばかり。 本音であるけど本音ではない「待って」という言葉さえも巧みに流し、くちびるを全身に落とす。 先ほどの「何をするのも紳士的」という言葉は取り消そう。彼だってやはり普通の男である。








愛の中心で



楽園行進曲




(俺のキスを知ってるのはだけだから)