|
私は悪くない。断じて悪くない。ただ、マネージャーの仕事を忠実にこなしていただけ。休憩中、喉が渇いたであ ろう敦くんにお水を渡してあげるという何とも普通の行動。おまけに気を遣ってペットボトルの蓋まで開けてあげ たのに、それがこんなにも裏目に出てしまうなんて。こんな悲劇を予想出来ていれば、回避出来る事が色々あった というのに神様は全くもってひどい。それとも敦くんに珍しく気を遣ってあげたという事がいけないとでも言うの だろうか。それはそれで余計寂しいし虚しくなる。 そう、どうして私が水を頭からかぶらなければいけないのか、誰か知っているなら教えて欲しい。 「ちん、ごめ〜ん」 「・・・・・」 あまり悪いとは思っていないのだろうが、少しは悪いと思っているのだろう、というような謝り方だった。 蓋が空いてると思わなかった彼は、蓋を開けようとペットボトルを傾けた瞬間、下にいた私にそれはもう盛大に、 まるでパレードのように水をかけた。頭から水をかぶるなんてシャワーを浴びる時くらいしかないのに。せめて ジャージだったらまだ良かったと思えるが、久々に制服で部活に参加していた自分を呪いたい。水分を吸った制 服が重くて仕方ない。 「あ・・・」 「・・・何?」 「ちん、ブラ透けてる〜」 「!!」 私は何か悪いことをしただろうか。どうして豊かではない私の胸を守っている下着を晒さないといけないのだ。 おまけにここは男子バスケット部。しかも一番お盛んな世代だ。敦くんのその言葉に周りの部員がチラチラと反応 しかけているのが私自身ひしひしと感じる。けれども、すぐさま私にとってのスーパーヒーローがやってきた。 ヒーローは私に素早く自分のジャージを羽織らせると、スムーズな手つきでチャックを上げる。 「ひ、氷室先輩・・・!」 「風邪引いちゃうから着替えに行こうか」 「は、はい・・・」 え、一緒に?という疑問は喉を鳴らない。彼の言葉は私に有無を言わせるようなものではなかった。所詮はただ黙 って頷くことしか出来ないのだから、それもまた滑稽である。 氷室先輩は福井先輩に一言告げると私の肩を抱きながら部室へ向かった。福井先輩も私と同じで首を縦に降るしか 出来なかったらしい。彼が出す隠れた圧力には改めてすごいものを感じた。おまけに怪我をしているわけではない のに、この過保護ぶり。何だか少し申し訳ないと思いつつも、とりあえず部室へ着いていく。 部室の中へ入ると、今までこの部屋には誰もいなかったせいか、冷気を一瞬感じる。身体を少しばかり震わせた私 に気がついたのか、彼は自分の荷物から大きめなスポーツタオルを出して私に渡してくれた。 「風邪引いちゃうからちゃんと拭いてから着替えるんだよ」 「はい・・・」 だから貴方がいたら着替えられません。そんな私の小さな呻きに彼は気づいているのか気付いていないのか。とり あえず渡されたタオルで頭をわしゃわしゃと拭いていると、ふと自分の手に温かいものが触れた気がした。ああ、 氷室先輩の手か。彼はそのまま私からタオルを取り、優しく髪の毛を拭いてくれる。何から何まで本当に優しい。 別にシャワー上がりでもないし、おまけに敦くんにかけられたことによって生じてしまった現在だが、やはり誰か に髪を拭いてもらうというのは心地良い。それが彼なら余計にだ。あまりの心地良さにとろんとしていると、彼の 手の動きがピタリと止まった。そしてお礼を言おうと思うより早く、羽織っているジャージのチャックが勢いよ く下げられた。驚く暇がないとはこのことだろうか。何故かは分からないが、そのまま彼の足が一歩二歩とこち らへ近づいてくるので、つられるようにして私も一歩二歩と後ろへ下がった。数歩下がったところで背中に冷た い感触が宿る。その壁の冷たさが、火傷しそうなほどの熱を持つ私の心臓を落ち着かせてくれるか とも思ったが、どうやらそれは甘い考えだったらしい。 タオルを頭からかぶっている私の視界はいつもより狭いが、壁に押しつけられるように彼に両肩を掴まれたのはすぐに理解 出来た。動こうと思えばもちろん動けるかもしれないが、私の身体は自分の意志なんかよりも彼に従うように出来ているらしい 。彼の顔が近づいてくると、余計に鼓動する心臓が自分自身で理解出来てひとりで恥ずかしい。 「やらしいなぁ」 思わず息が止まる。今まで見たことのない顔、今まで聞いたことのない声。全てにおいて甘い色気が孕まされてい ることに、鈍感な私でも流石に気付いた。脳内は既にオーバーヒートしており、心臓が激しく鳴る音と、彼の小さ な笑いだけがやたらと響いて聞こえる。そのままちゅ、という耳に生暖かい感触と音。思わず身をよじると、待っ てましたと言わんばかりに彼の大きな手が私の頬を包み唇を鮮やかにさらう。 「んっ・・・ふ、」 基本愛情表現が他の人よりオープンな彼であるが、部活中にキスだの抱き合うだのをしたことは今まで一度もない。普通はそうかもしれないが、彼にしては珍しいと何となく思っていた。もちろん、部活中に二人になったとしても、そんな甘いことをしたことは一度もない。それは公私混同しないという彼のマイルールだったからかは分からないが、「にたくさん触れたらバスケどころじゃなくなってしまうかもしれないから」なんて笑いながら冗談のよ うに言っていた時もあった。なので、今のこの状況は結構な驚きである。おまけに舌の上にまで伝わって来る熱さ は、どちらかの部屋で二人きりの時にしか味わったことがない感覚だ。 「ひゃ、ちょ、んぅっ・・・」 未だに水分を含んでいるシャツ。そのシャツからうっすらと透けるブラを、もっと可愛いのにしておけば良かった と後悔させるくらいの甘い口づけに、胸の冷たさの上に宿る彼の手はやたらと熱い。逆上せそうになる前に、彼の 服を掴んで必死に心の叫びとも取れるような合図を送ると何とか伝わってくれたのか、ようやく息が自由に出来る ようになった。私はこんなに息が荒いと言うのに、彼は一切呼吸を乱していないのが少し悔しい。 「ごめん、ちょっと乱暴だったかな」 「というか・・・びっくりしました」 息を整えている私をぎゅ、と抱き寄せて頭を撫でてくれるのはいつもの彼だ。その心地良さはやっぱり何よりも落 ち着くもので、頭を彼の胸に預けていると、意外な言葉が頭上に降り注ぐ。 「ごめんごめん、ちょっと焦っちゃって」 「焦る?」 「そんな格好になっちゃったから」 「あっ・・・」 「思いっきり透けてるのにも慌てたりしないし・・・」 「(恥ずかしいより見苦しいものを晒してしまった感のが強かったからな・・・)」 「他のみんなに見られたのもすごく不愉快だったしね」 「う・・・ごめんなさい」 「別にが悪いわけじゃないけど・・・何か意地悪したくなっちゃって」 何事にも余裕があって動じないと思っていたが、どうやらそれは違ったらしい。けれども、少しばかり安心したの もまた事実だ。完璧なのも素晴らしいことだとは思うけど、そういう人間くらいところがあったほうが、何となく 嬉しくなる。今まで彼に抱いたことのなかった「愛おしい」という感情が徐々に沸いて来て、それが溢れた瞬間、 たまらず私からも抱き着きたくなった。 「でも、すぐにジャージ貸してくれてありがとうございます」 「いや・・・逆に良くなかったかもしれないけど」 「え、どうしてですか?」 けれども、そんな人間らしいところを見せてくれたのは一瞬だけで、またいつもの余裕がある彼に戻ってしまった ようだ。そんなの笑い方でもう分かる。おまけに囁くように言葉を紡ぐその声が、絶対に故意的にやっているんだ と思わされて仕方ない。 「余計やらしくなったから」 私よりも随分身体の大きい彼のジャージなのだから、ぶかぶかで当たり前だ。それがやらしいだなんて女の私には 到底理解の出来ないものだが、彼はお気に召したらしい。やらしい、という言葉がやたらとくすぐったくて何も言 えないままでいると「かわいい」と余計に胸をくすぐる言葉を囁かれて、先程からもそうだが身体は冷えるどころ か余計に熱くなるばかりだ。 「でも、そろそろ着替えないと風邪引いちゃうし戻らないとね」 「はい・・・」 「・・・・・」 「・・・・・」 「あれ、着替えないの?」 「だって、先輩がいるから・・・」 「え、別に着替えてくれても良いけど」 「私が恥ずかしいんです!」 そうなんだ、と彼はよく分からないと言った様子だったがようやく部屋を出て行こうとしてくれた。普段から乙女 心を理解してくれていると思っていたが、またひとつ完璧ではないところを見つけられたようで、不思議なことに 少し嬉しくなった。そのまま彼が部室の扉へ向かってくれたので、ようやく着替えられると背を向けたが、息をひ とつ吐いたところで後ろから急に抱きしめられた。 「夜はもっとやらしくしてあげるから」 恥ずかしくなって借りていたジャージを夢中で脱いで彼に押し付けた。私とは正反対に楽しそうに笑っている彼を 恨めしく感じたが、同時に素直に反応してしまう自分も恨めしく思えて仕方なかった。 |
今宵の星空まで
カウントダウン
(思いっきり楽しむために最後までとっておかなきゃね)