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例えば友人の恋愛の話を聞く時、それから雑誌やテレビなんかで世間の恋人同士のアンケートや意見を聞く時、女と いう生き物は我が儘な生き物であると思った。もちろん、女性の中でも我が儘と呼ばれる人種は一部かもしれない。 でも、街行く恋人同士を見ていると、彼女の荷物を彼氏に全て持たせている姿を目にすることがよくある。 それから自分は男友達と好きなだけ連絡を取って会ったりするのに、彼氏が他の女の人と連絡を取るのを絶たせたり、誕生日やクリスマスには自分だけ高価なディナーや プレゼントを強請ったり。そういう話を見たり聞いたりしてきて、もし自分に彼氏という大切な存在が出来たら、 絶対にそんな我が儘な女にはならなと決意していた。「良い彼女」にはなれないかもしれないけど、せめて彼を困 らせない女でいようと思っていた。なのに、どうした。どうして実際の私はこんなにも我が儘で片意地が張ってい て可愛くなれないのだろうか。 「、まだ怒ってる?」 「・・・・・」 私に初めて出来た彼氏というのは、もう私には勿体ないくらい素敵な人。ルックスだとかそういうのは勿論だけど、 何より優しくて紳士的で、余裕があって大人。やっぱり彼の方が年上ということもあり、私の意見だって尊重してくれる 。どこどこに行ってみたいと言えば連れて行ってくれるし、一緒にいたいと言えば可能な限り一緒にいてくれる。 ただ、今思うともしかしたらこれらの事も我が儘に分類されてしまうのではないだろうか。そう、私は甘やかされているのだ。 甘やかされてる、そう言うと何だか彼が悪いみたいだが、そうではない。私が彼に甘え過ぎていただけなのだ。 「埋め合わせは必ずするから」 今日、約束していたデートをドタキャンされた。もちろん、こんなことは初めてである。付き合ってそんなに長い 月日が経っているわけではないが、彼が理由もなくそんなことをする人ではないということは理解しているつもり だ。それに、彼には大事な「バスケ」というものが存在していることを理解しているし、私も彼にはバスケを優先して良いと 伝えていた。なのに、ほら、我が儘な女である。ドタキャンをされた、ということではない。一生懸命服を考えて 、メイクを頑張って、髪もいつもよりキレイにしたのに、ということなんかでもない。単純に会えなくなってしまった事 がすごく寂しかったなんて。 「別に・・・良いです」 「でも、怒ってるだろ?」 「怒ってません」 「・・・そういうのを怒ってるって言うんだよ」 何度も言うが怒ってるわけではない。もし怒ってるとしたら、それは彼に対してではなく自分の我が儘に対してだ。 そして怒っているというよりは虚しい、と言った方が正しいのかもしれない。これも、もちろん彼に対してではな く自分に対して。 久々にたくさん会えると意気揚々としていたが、会えないと分かったら何だか心にぽっかり穴が開いてしまったよ うに感じて、メールも電話も無視。挙げ句の果てに電源を切ったら、心配して夜なのに私の部屋まで駆け付けて来てくれた。 ソファーに座ってる私の隣には座らず、立ったまま謝罪の言葉をくれる。そんな 優しい人を私は今、責めているのだ。おまけにそこまで自分を理解しているというのに、素直になれないのがまた 私の悪いところである。 「怒ってないって・・・言ってるじゃないですか!」 「・・・・・」 「もうっ・・・何度も同じこと言わせないで下さい!」 そして遂に逆ギレだ。自分でも意味わかんない。でも、自分に対して孕んでしまったこの蟠りを、いつもより強い口調で、大きな 声を出すことで発散させたかったのかもしれない。とは言え、これでは先輩が悪者みたいだ。先輩はむしろ被害者 なのにそんな風に仕立てあげてしまって、私が被害者ぶって悲劇のヒロインを演じて満足しようとしている。 「、」 「・・・・っ」 私の名前を呼ぶその声は怒りを含んではいないものの、珍しくほんの少しの苛立ちを感じさせた。それはそうだろ う、彼はちゃんと謝ってくれているというのに、私はまさかの逆ギレという事をしているのだから。これで彼が更 に怒ったとしても何ら不思議ではない。今まで彼が私に怒ったことはないし、想像もしがたい光景ではあるが、彼を苛立 たせているのは私なのだから、それは仕方のないことだと思う。 しばらくお互い沈黙が続いたせいか、少しだけ冷静になれたような気がする。でも、冷静になればなるほど自分は 何て愚かで醜い女なんだろうと思えて仕方なかった。 「・・・ごめんなさい」 「どうして・・・が謝るの?」 「私・・・我が儘だから先輩と会えなくなったのがすごく悲しくなっちゃって・・・」 「・・・え?」 「それで心の蟠りみたいなものが思わず口から出ちゃって・・・ごめんなさい」 「そう・・・」 泣くなんて卑怯だと理解していながら、ポロポロと頬に涙の通り道を作ってしまうのは、やはり弱い女だろうか。 止めたくても止められない。強い彼の側にいるんだから、私も強くならなきゃと思っているのに、強くなれない。 強くなれなくても、せめて弱いところを他人に見せないように、と意識しているのに彼の前だとそれが出来ない。 やはり甘えてしまうのだ。 「・・・そんなことを言うのはこの口?」 私の隣に座った彼の重みでソファーがより沈む。それを感じた瞬間、片側の頬は彼の温かい掌に包み込まれていた。 その手で唇をなぞられると、触れられた場所から火傷するような熱が生まれ、口を動かすことが出来ない。彼が言うそんな こと、というのは「我が儘」を指しているのだろうか。言葉だけ聞くと咎められているようにも感じるのだが、そ の声音は優しいし、前髪に隠れていない片側の目はもっと優しい。でも、優しさの中にほんの少しの熱っぽい感情 を孕ませてることが分かる。そんな些細なことが分かってしまうほど距離が近い。 「だったら、その唇ごと塞いであげるよ」 飲み込まれた、というような表現がピンと来るんじゃないだろうかというほど、いつもに比べると大胆な口づけだ った。いつもの触れるような優しいキスとはまた違う。かと言って乱暴というわけではない。私の脳も心臓も身体 全て溶かしてしまいそうな、そんな口づけ。唇が重なってる間も彼の手が私の頭を撫でてくれるから、いつもと違 う口づけでも不安は全然存在しなく、むしろ安心が育まれるようだった。そもそも何故、急に唇が重ねられたのかも理解 していないが、そんなことはどうでも良いとさえ思える。 「んっ・・・、・・・氷室先輩?」 「ごめんごめん、あんまりに可愛いから」 「・・・・・、」 「全然我が儘じゃないって思ったんだよ」 「え?」 「我が儘じゃない、だからそんな自分を責めるような言葉を出さなくても良いって思って」 今度はちゅ、と可愛らしく鳴った音が私の頬を赤く染めた。先程まで重くのしかかっていた自己嫌悪の塊は今はど こかへ飛んで行ってしまったようだ。彼の胸に引き寄せられれば、もうそれは彼に全てを預けてしまっても許して もらえるということだろうか。 「寂しい、だなんて自分のことしか考えてない・・・我が儘じゃないですか」 「にそんな風に思わせてしまってるのは完全に俺の落ち度だよ」 「そんなことっ・・・!もしかして・・・だからさっきちょっと苛立った感じだったんですか?」 「・・・は誤魔化せないな。うん、自分が情けなくてね」 彼は私に怒ってるんじゃないか、苛立っているんじゃないかとしか思っていなかった。ああ、やっぱり私は自分の ことしか考えてない。彼にそんなことない、情けないのは自分だって言うことさえも出来なくて。でも、そんなことを 口に出したらまた涙が出そうで、彼の胸に顔を押し付けて首を横に降ることで、否定の気持ちを伝えて、 更に自分の涙を誤魔化すという図々しく浅はかな手段を取った。 「でも、もうそんなこと思わせないようにするから」 「・・・・・」 「それにが我が儘って思ってることのほとんどは、俺にとっては嬉しいことなんだから」 「嬉しい?」 「うん、今回はそれだけ俺に会いたいって思ってくれたってことだろ?」 否定出来ない、けれど肯定してしまったら恥ずかしい事実が彼によって暴かれてしまい、余計に顔を上げられなくなった。で も、彼が私の髪を耳にかけてしまったから、露わになった私の真っ赤な耳が何も言えなくても答えになってしまっている。 おまけに、余計に彼の声が脳まで響いてしまい、もうこの感情は隠せないと観念させられた気がした。 「例え100歩譲ってそれを我が儘だって言うなら、俺がまた何度でも口を塞いであげるよ」 顔を上げたら降って来る星の数ほどの彼の唇は、いとも容易く私の我が儘を掬い取ってくれた。 |
小瓶の中で
真珠と決別
(だけは、たくさん甘やかしてあげるから)