|
「は、初めまして、わ、わたくし、」 「んー・・・」 「って、ちょっと敦くん!」 3000円。この金額が多いか少ないかは何に使うかによるだろう。ただでさえ私の薄い財布の中身を考えると、 たった1回のお菓子だけで3000円というのは相当痛手だった。普通はお昼ご飯のあとに食べるお菓子なんて、 グミとかガムとか飴とか。もうちょっと食べたとしても精々スナック菓子1袋が良いところ。それなのに、眼前に映 るのは机の上にあるお菓子の山。そんなお菓子の山があるなら食べながら登ってみたい、なんて暢気なことを言え るような自分は今は存在しない。おまけに何故そんなことになったかは自分が一番よく分かっている。そう、私の 真正面に壁のように座っている紫原敦に捧げるためだ。 「何ー?」 「真面目にお願い!私にとっては一大事なことなの!」 「んー、だから続きして良いよ」 「気が抜ける・・・」 お菓子の山はどんどん彼の胃袋によって低くなっていく。そんな様子を唖然と見つめていたが、そんな光景をぼ んやり眺めるために、3000円も出してお菓子を買ってきたのではない。これは愛のため。明日という未来に向 けた愛のための投資なのだ。 「で、では改めまして。わ、わたくしと申します」 「うん、それでー?」 「え、え、っと、」 「今からそんなに緊張してどうすんのー?」 「うう・・・意外とちゃんとやってくれるしスパルタだ」 今までの私の人生の中で一番と言って良いほどの大イベントが明日やってくる。そう、愛する人の家にお邪魔 する=ご家族にお会いするという嬉しくもあり楽しみであり、何より緊張する一日が待っているのだ。 明日から連休に入るのを機に、彼が実家へ遊びに来ないかと誘ってくれた・・・という世間では恐らくごく普通 のありふれた事かもしれない。けれど、これが自分の事となるとそれはもう一大事である。やはり彼のご家族にだ って好かれたい、彼の顔に泥を塗るようなことをしたくないという自分勝手なプレッシャーからか、どうしても前 日の今日から不安になってしまうのだ。 「そ、そうだ。こちらつまらない物ですが・・・」 「あー、まいう棒!」 「って、こら!今はリハーサルだって!」 「ちん、絶対歓迎されるよー」 「いや、まいう棒で歓迎って・・・」 「良いお嫁さんって思ってもらえるんじゃない?」 「お、お嫁さん!?そ、そんな図々しい・・・って、まいう棒で良いお嫁さんって!」 そこで私の友人でもあり、彼の後輩(友人?)でもある敦くんを買収・・・いやいや協力してもらうことにした。 もちろん人選ミスなのは自分でも良く分かってる。あの敦くんにビシっとした雰囲気を求める私のほうが悪い。 でも、他に適任者がいなかったのだから仕方ない。ここに福井先輩がいたらお願いしていたのに、という叶わない 願望は早めに捨てることだ。 「っていうか何か固くなーい?遊びに行くだけなんでしょ?」 「そ、それはそうなんだけど」 「そんなに固くならなくて良いよ」 「ほらー、室ちんもそう言ってんじゃん」 「でも、せっかく氷室先輩のご家族に会えるかもしれないんだから・・・って!」 「それにしてもすごい量だな・・・」 「ひ、氷室先輩、いつからそこに!?」 いつの間にか私の背後にいたのは氷室先輩だった。当初に比べればお菓子の山はかなり低くはなったものの、まだ 大量に残っているお菓子と敦くんが既に食べたお菓子の残骸を見て「相変わらずよく食べるな」と、いつもの穏や かな笑みで敦くんと話していた。 そんな暢気で穏やかな二人をよそに、私の心臓は彼の登場によって一気に加速した。敦くんとの練習と言えども かなり緊張していたのに、そこに氷室先輩本人がいきなりやってきたのだから、より驚いた。でも、理由はそれだ けではない。私をご家族に紹介して頂けるくらいの仲になっても、私は未だに氷室先輩にドキドキしっぱなしなの だ。でも、そんなの何だか悔しいし恥ずかしいから必死で平静を装うのが今の私には精一杯である。 「敦が『良いお嫁さん』・・・とか言ってたあたりかな」 「!!(うわぁ、恥ずかしい)」 「うん、ちん絶対良いお嫁さんになると思うー」 「まいう棒でそこまで言われても・・・」 そもそも彼のお宅へは結婚なんて大それた目的て伺うわけではないし、そもそもまいう棒をお土産として渡すな んて100%有り得ない。でも、敦くんが言ってくれた「良いお嫁さんになる」という発言で少し意識してしまっ た。親の役を(一応)やってくれているから、あくまで親側からの立場として大袈裟に言っているということが分 かっても「お嫁さん」という、結婚に紐づくようなワードに、やはり少しは反応してしまうのが世の乙女というも のだろう。 「っていうかー、俺のお嫁さんに欲しいって思うけど」 「・・・ええ!?何でそうなるの!?」 「だってこんなにお菓子くれるしー、まいう棒もくれるしー」 「基準はお菓子ですか」 「残念だったね、敦。はもうダメだよ」 「・・・え!?ど、どどどどういう」 「そんなん分かってるしー」 「まぁ他にまいう棒をくれる別の女性を探すことだね」 「うん、そーする」 そんな人いないでしょ、と二人にツッコミを入れたかったが、そんな下らないことを言えるほど、今の私の心理 状態は落ち着いてはいない。私の頬の赤さと熱など、もう彼らからしたら慣れた光景なのだろうか。全く気にも取 られず悲しくもスルーされ、私の頭上で何やら気になる話を繰り広げられている。でも、今はそんなこと耳には入 らない。 よし、落ち着くために先程の会話を巻き戻してみよう。・・・そう、ここ。彼の「はもうダメだよ」という 言葉。この言葉の意味が分かるようで全く分からない。けれど、ドキドキしてしまう。敦くんに分かって私に分か らないなんて、悔しくて仕方ないけど、その答えを二人に聞く勇気は残念ながら持ち合わせていない。 「だからちん、もっと気楽にいけばー」 「だからの意味が全然分からないし余計緊張しちゃうよ・・・」 「何でそんなに緊張してんのー?」 「だって氷室先輩って素敵過ぎて本当に私なんかが彼女で良いか未だに分からないんだもん。だから尚更ご家族の方に良い彼女って思ってもらえる自信ないし。こんなちんちくりんの私なんかが・・・」 「だってー、室ちん」 「・・・あ!」 すっかり氷室先輩がいることを忘れて、恥ずかしい部分を見事に吐露してしまった。弱い部分を見せてしまった ようで居た堪れない気持ちに襲われる。それにあんな言い方をしてしまったら、彼が素敵過ぎるからいけないみた いじゃないか。彼が素敵過ぎることは確かに間違いないけれど、単純に自分が彼に及ばないだけであって、ダメな 女なだけであって、きっともっと頑張れば良いのに、自分の自信の無さを言い訳しているみたい。そんな自分に余 計自信喪失の自己嫌悪オンパレード。 「面倒くさー。ちんはいつも考えすぎなんじゃない?」 「うーん・・・」 「じゃあーやっぱり俺のお嫁」 「敦、を励ますのは俺の役目だよ」 「・・・はいはい、冗談だってー。それも分かってるし」 空気が一瞬凍りついたように感じたのは気のせいだろうか。でも、そんな凍りついた寒気は一瞬にして熱気に変 わる。頬に彼の手が添えられただけで、自分の体温が一気に10度くらい上がったんじゃないかと思うくらいの熱 を纏う。彼の細くも大きな手のおかげで、私の顔はもしかしたら少しは小さいんじゃないかと錯覚出来る程のマジ ックつきだ。触れられた部分から熱が生まれる、それは序の口だった。手が触れた瞬間、彼を見上げれば先程より も近い距離。その距離マイナス1センチ。つまり、距離がない。むしろ重なってしまったのだ。それも1番熱が伝 わりやすい唇が、その温度に静かに悲鳴をあげている。私の唇が熱いのか、それとも私の熱さが彼に伝染したのか。 唇が離れた今でもまだ熱い。 「大丈夫、俺に愛されてるんだから自信持って。ね?」 たったそれだけでの事で今までの悩みが全て消えてしまうなんて、何とも単純な自分を褒めてやりたいと思った。 |
響いた鼓動は
リボンで結んで
|
「てゆーか、俺の存在忘れてない?」 「・・・あ!(忘れてた)」 「もちろん、忘れてないに決まってるじゃないか」 「うわー(室ちんってイヤなヤツ)」 |