「ね、ね、敦くん!聞いて、聞いて!」




練習が始まる少し前、まるで尻尾をふりふりと仔犬のように回しながら小走りで駆け寄ってくる彼女は、とびきりの笑 顔と愛らしさを持ちながら紫原へ近づいてきた。自分より遥かに大きい紫原へも臆することなく近寄り、彼の袖を小さ な手で掴む彼女の目は輝いていた。




「何ー?」
「あのね、氷室先輩がイケメンすぎなの!」
「・・・またその話ー?」
「だって・・・他にこの気持ちを話せる人いないんだもん」




紫原を見上げながらうきうきと話すはマネージャーであり氷室の恋人であった。 しかし、こういった氷室と付き合っている所謂「恋バナ」を友人たちとはあまりしない。 何しろ恋人はモテる男。彼と付き合っていることを秘密にしているわけではないが、そんなに公にしたいわけでもない ので一部の友人にしか話していない。ただ、氷室と付き合っていることを知っている女の子の友人たちに 「氷室先輩がすごいカッコイイの!」なんて言えば完全に自慢のように聞こえて、嫌な女に思われてしまうかもしれない。 それでも純粋に氷室先輩がカッコイイということを、自分以外の他の誰かにも伝えたい。そんな相手にピッタリな のが異性であり同じバスケ部であり氷室と仲も良く見える紫原なのだ。




「もー俺に何回同じ話聞かせれば気が済むわけ?」
「同じ話じゃないよ!今日はね、氷室先輩がすごく優しい話!」
「同じに聞こえるの」
「あのね、あのね」
「(聞いてない)」




この前ね、部活が始まる前にスポドリを作ろうと思って大きいペットボトルを5本とスポドリの粉が入った箱を持って 歩いていたの。でも一気に持つには重すぎたみたいで、少しフラフラしちゃいながら、でも頑張って両手に抱えて歩い ていたの。そしたらね!氷室先輩が後ろから来て、ひょいって持ってくれたの!あんなに重いものを軽々しく持ってく れちゃうあたり、力の差を感じて余計に素敵に思えちゃって。でもね、私はマネージャーだからこういうのは私の仕事 だと思うし選手にやらせちゃいけないって思うの。それを言ったら「じゃあこれ持ってもらっても良い?」って渡され たのはスポドリの粉が入ってる箱だったの。すごくない!?私が気にしないように最上の気遣いを見せてくれるこの感 じ。それでね、体育館の出入口にようやくたどり着いてペットボトルを運んでくれたお礼を氷室先輩に言ったら頭を撫 でてくれてね「頑張るのは良いことだけど、俺にはいつでも頼ってくれて良いんだよ」って言ってくれたの!すごい優 しい笑顔で!もうすごい人だよね!かっこよすぎだよね!もうどうしよう!
・・・なんて一人でベラベラ喋る彼女に適当にふーんと言いながら答えていた紫原は、手に持っていたバスケットボールをくるくると片手で回して退屈さをしのいでいた。




「敦くん、聞いてる!?」
「聞いてるけど・・・それ俺じゃなくて室ちんに直接言ってあげれば良いんじゃない?」
「そ、それは・・・恥ずかしいじゃん」




急に顔をポッと赤くさせる彼女はまさに恋する乙女だった。そんな彼女の頭に手を乗せるとは不思議そうに上目遣いで紫原を見つめ首を傾げた。




「どうしたの、敦くん?」
「・・・」
「ま、まさか!私をひねりつぶす気!?」
ちんって・・・鈍感だよね」
「それ敦くんに言われたくないんだけど!」




自分も氷室のように彼女の頭を撫でてやろうと手を置いてはみたが、全く何とも思われてはいない。 それどころか「ひねりつぶす気なの!?」と怯えられてしまい、の鈍感さにはイライラを通り越して呆れてしまう 紫原だった。の頭は予想以上に小さく、髪の毛は見ているだけよりもフワフワで細くて柔らかかった。 そんな感触が心地好くて、しばらく触っていたかった紫原だがそれは阻まれてしまうことになる。




「こんなところで何してるの?」
「あ、氷室先輩!」
「(絶対狙ってきてるし)ちんをひねりつぶそうと思って」
「やっぱし!?」




ははっ、と氷室は笑ってはいるが、さり気なく彼女へと伸びてる紫原の手を掴み、の頭から離すようにするその動 作は流れるようにスムーズで、はそのことに全く気付かないほどだった。そのあと氷室の手はへの頭へ自然に 伸び、優しく撫でてやると彼女は下を向きながらも頬を赤く染め嬉しさを隠したいけど隠せない、恥ずかしいけど嬉しい というような表情で笑っていた。その姿が癇に触った紫原はくるりと氷室へ体を向ける。




「ねぇ、室ちん」
「ん?どうした、敦」
ちんがいつも言ってんだけど、室ちんはすごいイケメンで・・・」
「あー!!ダメ!敦くんダメ!」
「いつも優しくてかっこよくて、私どうしたら良いんだろうって。あとね、この前はー」
「ちょっと、敦くん!」




さっきまで頬を赤く染めて恥ずかしそうにしていた彼女はどこへ行ったのか。氷室の手から離れ、紫原の口を塞ぐ ように手を伸ばすが、相手は2mを超えている男である。当然飛んでも跳ねても届かない。手を伸ばしてピョコピョコ 跳ねるその姿は2人にとっては愛らしいものであるが、当の本人のは必死だった。




「変なこと言わないで!」
「だって毎日室ちんのこと言うんだもん」
「ま、毎日じゃないもん。部活ない日は言ってないもん」
「部活ない日あんまないしー」
「・・・やっぱり敦は分かりやすいな」
「何ソレ。っていうか何で室ちん笑ってるの?」
「そんな諦めの悪い敦には俺が諦めさせてあげるよ」




え、何その台詞!?後半部分、恋に落ち込んでいる女の子を落とすときに使うようなその台詞!?とは内心思い、赤かった顔が 少しだけ青ざめた。紫原は?を頭に浮かべ相変わらずといった様子で「んー?」と首をかしげたが、一気に目が覚めるかのような光景を 目の当たりにする。




「え・・・っ」




急に氷室に腕を掴まれ体を向かい合わせるようにされたは、いきなり腕をいつもより少し強い力で掴まれたのに ビックリしたが、その先の行為にもっと驚いた。気づけば腕を掴まれていない氷室のもう片方の手が自分の頬を包み込 むように触れられ、その挙げ句キスをされたからだ。目を閉じる暇もない、というのはこのことだろうか。目の前には 氷室の端整な顔があり口には甘さが広がるようなキスだった。もちろん、これだけでも驚きだったのだが、そのキスは 予想以上に深く、驚き開いていた目も思わず閉じてしまうようなものだった。




「んぅ・・・」




彼女から漏れる甘い声を聞かされながら呆然と立ち尽くす紫原。そんな様子を横目で確認した氷室はようやく彼女を解 放する。既に何回か赤くなっている彼女の顔は、今日一番の赤さで恥ずかしくてたまらないという感じが嫌なくらい 伝わるようだ。どこにも視線が合わせられない彼女の様子を察した氷室はの背中に手をまわし、自分の胸元へ抱き寄せた。




「室ちんってさ・・・本当性格悪いよね」
「諦めついたか?」
「マジムカつくし!」







無駄な好意に終止符を


(悪いけどだけは譲れないから)