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『今日一日空くことになったんだ。どこか行かない?』 『うーん・・・』 『もう予定入ってる?』 『今日は色々買い物したいの』 鳴らないと思っていた着信音が急に鳴り響いた。彼専用の特別なメロディーに耳を澄ませている場合ではない。早く出ないと切れてしまう。鳴り響いている音が急に切れてしまうことほど、寂しいこともない。無音になる室内を恐れて電話に出ると、いつものように穏やかな彼の声が耳に入った。 元々今日は会えないと思っていただけに嬉しい申し出ではあったが、可愛くない私は曖昧で自分勝手な言葉を彼に伝えてしまった。でも、今日は本当に買い物をしたくてたまらない気分なのだ。新しいスカートを買って、新しいワンピースを買って、新しい靴を買って、新しい化粧品だって買いたい。女は忙しい。 『じゃあ、俺も一緒に行って良い?』 女の長い買い物に付き合うなんて、男性からしたら面倒くさいことTOP3に入るんじゃないかと思っていたので、あえて誘わなかった。けど、彼は自ら自分も一緒に行きたいと意志を告げてきた。もちろん断る理由はない。世間でも、よく女の子の買い物に付き合っている男性もいると聞くし、そういう光景もよく見かける。でも、男の人からしたら本当は面倒くさいんじゃないかな?などと考えてしまうと、そんな思いを彼にはさせたくないという思いが生まてしまうので、一緒に買い物に行ったことは今まででもないに等しい。 「お待たせー」 「俺も今来たところだから」 彼は必ずと言って良いほど、私より早く待ち合わせ場所にやってきている。あのルックスなため、誰もが目を引く存在であり周りの女性たちが色めき立っているのがよく分かる。待ち合わせの時は彼に声を掛けるまで、結構勇気が必要なのだ。 「今日、本当に買い物付き合ってくれるの?」 「うん。俺のことは気にせずゆっくり見て良いからね」 「私、買い物すごく長いよ?」 「それだけ買い物を楽しんでるを見れると思うと楽しみだよ」 どんな言葉や行動でも、さらりと王子様みたいに捉えてくれる彼の頭の中を一度覗いてみたい。彼にとっては何てことない言葉かもしれないけれど、そんな言葉でいちいち頬を赤く染めたくなるこちらの身にもなってほしい。恥ずかしさを隠すために、自ら彼の手を取り「行こ」と歩き出した。私の照れ隠しなど簡単にお見通しな彼が、隣で楽しそうに微笑んでいるのに悔しさを感じながら歩き出す。 まずは服だ。季節が変わる度に買うのは面倒くさいけれど、それが楽しみのひとつでもある。各ショップには今季イチオシのカラーや柄、アイテムが並んでおり、見ていると購買意欲を掻き立てられる。 さて、ここで彼と、男の人と買い物に来たことがない私は疑問がひとつ。彼に店の中までついて来てもらうかどうかだ。以前、男友達との会話で女性の洋服のお店に入るのは、いくら彼女がいても勇気がいると聞いたことがあるような気がする。どうしようか、と悩んでいる間に彼の方が先に動き出した。 「あ、これなんてに似合うんじゃないかな?」 彼は店に入るのを躊躇うどころか、ワンピースをひとつ手に取り、私に合わせて来たのだ。流石長い付き合いというか、私の好みもよく分かってくれているというか。ちゃんと私が好きそうな雰囲気の服、そして私に似合いそうな服を持ってきてくれた。「うん、可愛い」とたったそれだけの言葉なのに、その一言だけで即決して買いそうになってしまうほどである。 「辰也くん、平気なの?」 「何が?」 「女の子のお店とかに入るの」 「うん、に似合いそうな服見つけたりするの楽しいからね」 私以上に楽しんでいるかもしれない彼を見て、次第に私の心も軽くなっていく。別に買い物なんて今日じゃなくても良かったのかもしれない。彼に合わせることをせず、どうしても今日買い物に行きたいと言った私は我が儘だったのかもしれない。だから最初は彼が気を遣って買い物に付き合ってくれているんじゃないかという罪悪感が私の背中を重くしていた。けど、彼が本当に楽しそうに笑ってくれているから、少しだけ気分が楽になった。 「次は靴?」 「うん。行っても良い?」 「もちろん良いよ」 結局先ほど彼が持ってきてくれたワンピースに私も一目惚れをし、購入してしまった。こうして一緒に買ったワンピースは、今度のデートの時に着た方が良いのだろうか。それともあえて着ない方が良いのだろうか。そんな下らないことを考えるのさえ、何だか楽しかった。 このワンピースにはどんな靴を合わせようかなと考えているうちに、靴を売っているお店に着いていた。そこにはオシャレな靴から可愛い靴まで、色とりどり、たくさんの靴がディスプレイされている。いつからか、身長が高い彼の隣に並ぶのにちょうど良いヒールを探す癖がついてしまっているようだ。 「あ、これ可愛い」 「すごい、ヒールってこんなに細いんだね」 あまりまじまじとヒールのある靴を見たことがなかったであろう彼は、ヒールの部分に触れ指でなぞりながらじっくり見ていた。彼が持っていた色が気に入ったので、ちょうど傍にいた店員さんに一言試し履きの旨を伝える。「一応他のサイズや色も持ってきますね」と言った店員さんが裏へ在庫を探している間に、私は彼が持っている靴を履こうとお店に用意されているソファーに座った。 「はい、どうぞ」 「え・・・?」 「ん?どうかした?」 まさか彼もひざまづいて、おまけに私に靴を履かせてくれようとするなんて思わなかったのでビックリしたのだ。何とも思っていない彼に何も言えず、大人しく彼が持っている靴に足を伸ばした。店員さんには申し訳ないけれど、サイズは今履いている、彼が履かせてくれたこの靴がぴったりで、色もやっぱり直感通りこの色が良いと感じた。今日履いてきた靴のヒールより2cm程高いだろうか。けれど、2cmでも結構違うものである。鏡を合わせ、彼に隣に立ってもらうとよく分かる。 「ちょっと大きくなった気分かも」 少し近くなった私と彼のこの距離感がちょうど良く感じられて、ますますこの靴が気に入った。彼は私の頭に手を乗せると「2cmでも結構変わるんだな」とひとりごとのように言った。そう、この2cmが重要なのだ。これ以上高くなっても、今日履いてきた靴くらいでも、それより低くなっても、もちろん問題はないけれど、この靴の高さが一番バランスが良いと思えた。 「前よりちょっとだけキスしやすくなりそうだね」 こういう台詞を人前で、けれど私にしか聞こえないように耳元で囁いてくるのは本当にズルいと思う。小さな声でバカ、と彼の腕を叩くと、また楽しそうに彼は微笑んでいる。いつの間にか戻ってきていた店員さんに、やっぱりこの靴でお願いしますと告げ、お会計をしてもらう。途中、店員さんにこっそり「王子様みたいな彼氏さんですね」と言われた。靴を履かせてもらっていたところをちょうど見ていたらしい。恥ずかしいけれど、私は何も言えなかった。何故なら私も少しだけ同じことを思っていたから。 「あ、ちょっと待って」 「え?」 「その靴は俺からプレゼントさせて」 「え、何で?」 「さっき買った服にもすごく似合ってたし」 「理由になってないような・・・」 「その靴を履いたの隣を歩きたいんだ」 「・・・私も買おうと思ってたから別にプレゼントしてもらわなくても」 「ね、お願い」 彼の「お願い」はズルイ。しかも、彼がお願いしてまで私に靴をプレゼントしたいという理由が分からない。彼は非常にマメな性格である。誕生日やクリスマスのイベントごとはもちろん、何かあった時には必ずと言って良いほどご飯へ連れて行ってくれたり、プレゼントをくれたりする。今日は何かあっただろうか?記念日とか?思い当たりそうなことをいくつか考えたが、理由は分からなかった。しかし、ここで断り続けるのも可愛くないし、彼の面子を潰してしまうため、大人しく好意に甘えることにした。 あとで聞いた話だが、どうやら本当にただ単に私にあの靴をプレゼントしたかっただけらしい。本当に王子様みたい、というより私に甘い人である。 買いたいものを買うだけ買って、休憩を兼ねてお茶をすることにした。自分で持ち切れない紙袋を持ってくれている彼は今現在でも嫌な顔ひとつしない。私だって彼の買い物に付き合うのは好きだが、女と男では買い物の時間が圧倒的に違う。 「今日はいっぱい付き合わせちゃってごめんね」 「俺から着いて行きたいって言ったんだから」 「つまらなかったでしょ?」 「楽しいよ。何より目を輝かせて買い物してるが可愛いしね」 コーヒーを飲みながら当たり前のように言う彼に、私は何と答えれば良いか分からなかった。こういうことは多々ある。彼は私を可愛いと毎日のように良い、毎日のように何かしら褒めてくれる。毎日言われれば慣れるのではないかと思われがちだが、実は意外と慣れない。何故なら彼は毎回熱っぽい声で愛に満ちた台詞を吐くからだ。以前「そんなことを言われたって、何て答えれば良いか分からないよ」と実際はそんなに困っていないが、やはり照れてしまうので困っているフリをしたら「その照れてる顔が何よりの答えだと思ってるから」とあっさり言われたことがある。 「今度、今日買ったその服着て、その靴履いて一緒にどこか行こうか」 次の楽しみが早速出来たね、と笑う彼に私はたくさんの嬉しさとときめきとワクワクを貰える。でも、私は彼に何を返してあげることが出来るのだろうか。真剣に考えてしばらく沈黙していると、そんな私を感じとったらしい彼がクスっと笑った。 「俺はを見ているだけで、を傍に感じてるだけで幸せだから」 それは私だって―、そう言いかけて何だか恥ずかしくなったので慌てて喉の奥に言葉をしまい込んだ。けど、目の前には嬉しそうな彼の顔。きっと彼には言わなくても伝わっているはずだ。 |
この世界は
なくならない
(がキレイになったり可愛くなる瞬間だって見逃したくないんだ)