手を繋いで一緒に並んで歩くだけで世界は変わる。普段は白黒のみの世界が、それだけでカラフルに変わると 錯覚するくらい、心がリズム良い音を奏でる。
 たまにあるお互いの休み。もちろん思い切り遠出をするのも良し。ショッピングに行くのも良し。けど、彼と 一緒だったら近くのコンビニに行くだけでも楽しい事に変わる。今日は二人でレンタルDVDショップに行くことにした。 観たかった映画や、彼が好きなバスケの試合、バラエティ番組のスペシャルなど、ジャンルは様々。どれも一緒に観るつ もりだ。その後はコンビニへ行き、DVD鑑賞のためのお菓子や飲み物を簡単に買う。チョコばかりをカゴに入れた ところで、彼から制止の合図が来た。仕方がないのでスナック菓子を入れたら「そういう問題じゃないんだけど な」とポツリと呟かれた。けど、もちろんそんなこと聞こえないフリ。私だってこんなに大量なお菓子を今日だ けで食べるつもりはない。けれど、新商品のお菓子があればつい手が伸びてしまうのだから仕方がない。買い物 を済ませたあとはいつものように彼が荷物を持ってくれる。レジでお会計をしたあとに、いつもすぐ彼が荷物を持っていってし まうので、私が持つ機会がなかなかない。「私が持つ」と言っても頑なとして聞き入れてもらえない。見た目と 反して本当に頑固な男である。ただ、荷物を持っていない方の彼の手を握ると彼はとても満足そうな顔をするので、 これで良いのかなと甘えてしまう自分がいるのだ。


はどれから観たい?」
「んー、恋愛の映画のやつ」
「じゃあ準備しておくよ」
「私はお菓子と飲み物持っていきまーす」


 鍵を空けると、そこには二人の空間が待っている。この部屋だって、ひとりでいるときはただの部屋。ただ人 が住むための部屋。けれど、二人でいれば、それだけでこの部屋だって居心地の良い国へと変化を遂げる。
 彼がDVDデッキを準備している間に、私は先ほど買ったお菓子をお皿に出す。とは言え、このお皿に乗せられた 可愛い美味しいお菓子たちは8割が私の胃袋の中へと吸い込まれるのだ。太りそうではあるが、私がお菓子を食べ るのはDVDを観る時くらいなので、これくらい良いだろうとまたもや自分を甘やかす。


「ありがとう。じゃあ再生するよ」
「うん。これ観たかったから楽しみー」


 準備万端。ソファーに腰掛けている彼の隣に座って、クッションを膝の上に乗せれば、あとはもう必要なもの は何もない。物語に入る前のオープニングの音楽に魅了され目を輝かせていると、ふと横からの視線に気づく。ちらっとさりげなく 見てくるならともかく、顔ごとこちらを向いているのだから完全に何かを意識しているのだろう。


「どうしたの?」
「ん?ああ、本当にこの映画観たかったんだろうなぁって思って」
「だって映画館に観に行けなかったんだもん」
「ゴメン、俺が忙しかったからだよね」
「あ、ううん。そうじゃなくて」
「そんなに目を輝かせるなら、無理をしてでも連れて行ってあげれば良かったよ」
「でもこうして二人でゆっくり観るのも良いの」
「良い子だね、は」


 良い子だね、なんて「子供扱いしないで」と言う言葉は発されることなく消えていった。頭をよしよしと撫でられ、完全に子供扱い しているとも思えるのに、そこには彼からのたっぷりな愛情を感じてしまうから。私を見るその目も、私の頭を 撫でるその手つきも、温度も全て愛に満ちている。自惚れなんかじゃなくて、私自身でも分かるくらいそう感じ るのだ。言葉を出せない代わりに頬を膨らまして少しでも意志を伝えてみようと試みる。けれど膨らんだ私の頬を指でつ つきながら「ハムスターみたいだな」と言われてしまった。またしてもハムスター扱いしないで、と言いたいと ころではあるが、彼が楽しそうに笑うので何も言えなくなってしまった。元々は私が観たいと思っていた映画な ので、頑張って彼を無視することを決意し、画面に集中する。

 しかし、映画の内容は残念ながらオープニングの素晴らしさに伴わないもので、退屈になってきてしまった。 けれど、自分が観たいと言っただけに途中で止めるわけにはいかない。お まけに始まってまだ20分ほどだ。つまらないと判断するには早いかもしれない。今思うと、本当に彼と一緒に 映画館に観に行かなくて良かったと思う。せっかくのお休みの日に、疲れているのに連れて行ってもらって寝て いたら、なかなかヒドイ女である。とりあえず仕方がないので彼の肩に頭を預けて観ることにした。彼に寄り掛 かるようにしていると、いつも時間があっという間に過ぎてしまうからだ。もしかしたら一番幸せな時間かもし れない。しかし、ここで気をつけなければいけないことがひとつ。彼の肩に頭を預けると、自然に彼の手が私 の頭へと伸び、髪を指で梳いたり撫でたりしてくれるので、それがあまりに心地好くて眠ってしまいそうになる のだ。


「あれ、シャンプー変えた?」
「え、よく分かったね」
「いつものも好きだけど、すごく良いニオイがする」


 今回もウトウトとなり始めたところで、彼が話し掛けてくれた。おそらく彼のことだから、私が既にこの映画 に夢中でなくなってることに気づいているのだろう。私が夢中で観ている時は、大体気を遣って話し掛けて来な いからだ。彼のおかげで眠りに陥ることは何とか防げた。むしろ彼の声が耳元で聞こえるため、心臓が激しく動き始め 、その音で逆に目が冴えすぎてしまった。


「そ、そうかな?」
「うん。思わず、」


 改めて思うと今までの自分は異常だったのかもしれない。いや、逆に落ち着く存在になったということだろう か。彼といるとすごく落ち着いて、ずっと傍にいたくなってしまう。けれど、やっぱり慣れはしない。彼の魅力 に慣れる日なんてやって来ないのだ。ドキドキを忘れさせてくれないのが、彼のすごいところである。


「キスしたくなる」


 耳元でその掠れるような声は反則だと何度言っても聞き入れてもらえない。「何のこと?」と言われて終わり なのである。天然でやっているのか計算でやっているのかは分からない。もしかしたら両方かもしれない。どち らにしろ、私のことを理解し過ぎていてこわい。どうすれば私の頬が赤く染まるのか、きっと本能で理解してい るのだろう。彼のその存在だけで、落ち着きもするし、ドキドキもしてしまうなんて。 ちゅ、と可愛らしい音 を立てて私の頬へ熱を運んだその唇に見とれる暇もなく、今度は私の唇へ熱が伝染した。キスしたくなる、そう 言われて私が脳裏に描いた未来は、せいぜい髪にキスくらいだろうと思ったのだ。彼のことだから、どこかしら にキスをしてくるとは思ったが、まさか私と画面の間に割って入ってくるとは思わなかった。おかげでただでさえ あまり入って来なかった映画の内容が、一瞬で全て消滅した。


「映画、」
「もう観てないだろ?」
「・・・やっぱり分かってたんだ」
のことなら何でも分かるよ」


 つまり、私の頭の中は今は映画ではなく彼の事でいっぱいという事も分かっているのだろう。何もかもお見通 しな彼に少しの悔しさを抱きつつも、結局は彼の言う通りだと思うので何も言葉が出ない。出るのは私の 熱が赤になって頬を染めるくらい。そんな私を見ていちいち「可愛い」と言ってくる彼にも何だか少しだけ 困ってしまう。いや、そんな言葉でいちいち照れてしまう自分に困るのだ。


「あと1時間30分くらい?」
「映画?そうだけど、」
「じゃあ、この映画が終わるまでは良いよね?」
「い、良いって何が?」
だって、俺のこと分かってるくせに」


 そう、私だって同じくらい彼のことはよく理解しているつもりだ。けれど、いつも彼は私の予想を遥かに 越える。そんなことさえも嬉しいだなんて、こんなにズルイことがあるのだろうか。





ふたりで奏でる
午後のきらめき


(ただ、キスだけじゃ終われないと思うけど、ね)