今日もいつも通りの平和な部活動。練習自体はすごくハードだけれど、部員の皆さんはそんな練習にも慣れていて全く ものともしない。試合のシーズンではないため、ピリピリした感じもそこまでない。一人のノッポくんを除き、ほとん どの部員さんが楽しそうに練習をしている。一人のノッポくん、同じクラスでもある紫原敦くんは相変わらず怠そうに 練習をしている。そんな紫原くんのことはどうでも良い。大きいから嫌でも目に入るけど、私の密かな楽しみは紫原く んの近くにいる氷室先輩をチラ見することである。




私は氷室先輩とお付き合いというものをさせて頂いてるのだけれども、未だにあの素敵さには慣れない。 こうやって体育館の入口付近からチラ見してるくらいが実はちょうど良い気もする。しかし、チラ見ばかりしてはい られない。私もマネージャーという雑用をこなさらなければならないのだ。




「おう、!今日も精が出るのう!」
「あ、主将。さっき外に給水器置いたのでどうぞ」
「流石我が部唯一のマネージャーじゃな」




今日の練習は、体育館の片面を使ってスタメンレギュラーのみでの練習、そしてもう片面を準レギュラーと呼ばれる皆 さんで使っており、そして体育館とは別の場所で基礎練をしている人たちと分かれている。
自身の練習が一段落し、休憩に入ろうとした岡村主将に声をかけられたので、ちょうど良いと思い先程準備し終えた 給水器のことを告げる。バスケ部は人が多いので、各自用意しているペットボトルではとても足りず、タンクのような 給水器が必要なのだ。この中身も氷水の時もあれば、スポドリ、冷たいお茶など様々である。ちなみに今日は練習が 割と軽い日なのでお茶にしてある。この給水器は3台あり、それぞれの練習箇所に置いておいた。




「あ〜喉渇いたー」
「お疲れ様です、福井先輩。外に飲み物出してあるんで」
「おー、サンキュー」
「アル先輩もどうぞ」
「アル先輩じゃないアル」




岡村主将が出てきてしばらくしたあと、福井先輩とアル先輩・・・ではなく劉先輩も続いて休憩に入るようだ。 これで体育館の片面のコートで練習しているレギュラーは氷室先輩と紫原くんのみになった。ああ、見やすい。 ちょいちょい紫原くんが邪魔、いや視界を遮るのだけれども、それでも満足。




「暑いーだるいー」
「一旦休憩にするか」
「氷室先輩、お疲れ様です!」
「ちょっとぉー俺にはタオルないのー?」
「そこにあるでしょ」
「うわぁ、冷たいー」
「ありがとう、




2人もそろそろ休憩に入るということを察し、すかさず氷室先輩のタオルを用意しておいた。もちろん紫原くんのは なし!紫原くんはふてくされたようにその大きい体を屈め、自分でタオルを取っていた。




「あれ?そういえば主将たちは?」
「あ、さっき水分取りに行きましたよ」
「そっか・・・それにしては戻って来ないな」
「サボってるんじゃなーい」
「紫原くんじゃないんだから」




しかし、確かに戻りは遅いように感じた。いつもなら休憩と言ってもそんな長い休憩を取るわけではなく、水分を補給 したら割とすぐに体育館に戻ってくるはず。だが、先程休憩に行った3人は戻って来ない。 少し心配だったので水分を補給しに行く氷室先輩と紫原くんについて行った。しかし、3人の姿は見当たらなかった。 紫原くんは大して気にせず給水器のお茶を紙コップに注いでいた。




ちん・・・何か今日のお茶濃くない?」
「んーそう?」




紫原くんはお茶を注いだあと、怪訝そうな顔をして私に問い掛けてきたが、私は3人の姿を探そうとキョロキョロし ていたので、紫原くんの返事には適当に答えた。そのあと紫原くんの「ま、いっか」という声が聞こえたが、そのあと あの普段はのんびりしている紫原くんにしては珍しく盛大に大きな声をあげた。




「うわ!」
「どうした、敦?」
「ちょ、ちん!何これ!?」
「え!?」
「お茶じゃないんだけど!」
「ええ!?」




紫原くんにぐいとお茶が入った紙コップを渡されて見てみると・・・確かにいつもより色が濃い気がする。 匂いをかいでみると明らかお茶ではない匂いがした。もしや・・・と思っていたら、背後から岡村主将がのそのそと やってきた。




「そりゃあ青汁じゃ・・・」




紫原くんと違って一気に全てを飲み干した岡村主将は、あまりにもの不味さに今までトイレに行っていたのだと言う。 ちなみに福井先輩と劉先輩も同様とのこと。私は顔が一気に青ざめていくのが自分でも分かった。




「あわわわわわ!す、すみません!」
「全く、こんな不味いもん飲ませないでよねー。気分最悪だし」
「ごごごごごめんなさい!私、取り替えて来ます!」




まだ中身が大量に入っている給水器を両手で持ち、水道へ向かう。・・・他の2箇所は確認したらちゃんとお茶だった ので、このレギュラー用の給水器だけ間違ってしまったらしい。ああ、自分のダメさ具合に情けなくなってくる。 氷室先輩をチラ見してる場合じゃないよ、全く。と思うと涙が出てきそうになった。もちろん出さないが。鼻水をす すり、水道で給水器を洗っていると、急に頭を撫でられ、驚いて人の気配がする横を振り向くと氷室先輩がいた。




「ひ、氷室先ぱ・・・」
「あ、やっぱり泣きそうだ」
「な、泣きません!」
「よしよし」




泣きません、と言っているのに氷室先輩は私を慰めるように優しくしてくれる。何とも言えない気持ちになって、 甘えたくないのにその心地よさについ甘えたくなる。私の悪い癖である。でも、そんな私の悪い癖も氷室先輩は 「俺からしたら可愛いんだけどな」なんて、これまた甘い言葉を囁いてくれたことがあった。




「・・・呆れちゃいました?」
「まさか。誰にでも失敗はあるからね」
「でも・・・皆さんにも迷惑かけちゃったし」




だんだんと声のトーンが小さくなっていくのが嫌でも分かった。下を向くと鼻水が出そうになるので必死にすする。 でも鼻水をすすると泣いてるように思われるのが嫌だった。氷室先輩は相変わらず隣に寄り添ってくれて頭をポンポン と心地良いリズムで触れてくれる。それでも私が落ち込んでいると「そんなことないよ。福井先輩も劉も戻ってきた し、みんながいないと部活まわらないから早く連れ戻して来いって」と私がいない場でのことを話してくれた。




「でも、普段はのんびりしてる紫原くんが怒ってました・・・」
「ああ、最初は敦がのとこ行くって言ってたんだよ」
「え!?」
「言い過ぎたかもーって。でも俺が行くって言ったんだ」
「・・・」
を慰めるのは俺の役目だからね」




氷室先輩がさっきから嬉しいことばかり言ってくれるので、さっきとは違う意味で涙が出そうになる。 さっきまで青ざめていたであろう自分の顔が、今度は赤くなるのを密かに感じた。氷室先輩はクスっと笑い 相変わらず私の頭から手を離さない。




「じゃあ最後にもうひとつ」
「え・・・」




そう言って彼は私の唇にキスをひとつ落とした。その言葉を聞いて、すぐに氷室先輩のほうを向くといつの間にか 氷室先輩の片手は私の顎を触れるように捕らえていて、瞬間的にキスをしてきた。私は驚いて目を開きっぱなし。 だってこんな人目につくような場所で急にだから。視界の奥のほうにはサッカー部や陸上部が部活をやっているのに。 この人は人の目とかを気にしないのだろうか。




「ひひひひひむ・・・!」
「しー」




そう言って口元で人差し指を立てる氷室先輩の顔はどこか楽しそうで。でも、いつもよりカッコよく見えて、 もう一度キスをされた時にはもう何も言えなかった。





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