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「あつい…」 女から漏れた言葉に氷室は些か困惑をした。フルムーンのおかげで電気を消していても双眸の端で僅かながらに捉えることが出来る視界。氷室の横には彼の腕枕で横になり寝巻きのショートパンツから投げ出された艶かしい脚を氷室の脚に絡めている女がひとり。彼女は女性特有の胸に存在するふたつの膨らみを氷室の身体に押しつけ、伸びた腕は彼の身体の上。まるで一体になりたいとでも言うかのように、氷室との距離を隙間なく埋める。しがみついているかのような恋人から漏れた「あつい」の一言。氷室でなくてもこの光景から脳裏に浮かぶのは「くっついているから暑いのでは」という思考に違いない。 「本当だ、おでこ少し汗ばんでる」 「だって暑いんだもん」 彼女、の額にはりついた前髪に氷室の指が嫣然と触れる。くすぐったそうに唸るではあるが相変わらず離れようとはしない。せめてもう少し窓を開けて夜風を入れようかと思った氷室だが、にぴったりとくっつかれてしまってなかなか見動きが出来ないようだ。この子どものような彼女を無理矢理引き離して窓を閉めに行けるほど、氷室はまだオトナではなかった。 「あーつーいー」 「じゃあ、少し離れようか?」 「…っ、ヤダ!ダメ!」 もちろん、のこの答えを氷室が予想するのは小学生の頃に習う足し算引き算より簡単である。答えが分かっていながらそれでも問うことで、氷室は自身の中に満足感を生むことを目論んだのだ。くすくすとの上に降り注ぐ子守唄のような氷室の穏やかな笑みは、の頬を紅潮させより体温上げてしまったらしい。 「相変わらずは分かりやすいな」 「だって、ずっとくっついてたいんだもん」 「でも、寝る前にあんまり可愛いこと言っちゃダメだよ」 矛盾。氷室といる時にがよく発動させるひとつの感情や行動。例えば恋人同士の愛を確かめ合う時間を紡いでいる時によく表れる現象である。自身も自覚はしているのだろうが、それを抑えて心の中に閉じておくことが出来るほど、彼女もオトナではない。 「寝れなくなる」 微かに灯るように月明かりが室内に浮かぶ。氷室が腕枕をしているその腕での頭を撫でた時、ハミングのようなリズム良い寝息が聞こえてきた。あれほど暑い暑いと不満を漏らしていたお姫様はどうやらご就寝されたようだ。 「…って、寝ちゃったか」 呆れや寂しさなどの感情は氷室にはない。こんなにも近い距離でお互いの体温を共有し合いながら、幸せそうな寝顔で夢の中を彷徨っている恋人を見ることが出来るのだから。愛しい人の寝顔というのは、見ているだけでこんなにも安心感や癒やしを生んでくれるものなのだと、氷室は改めて心の底からしあわせを上昇させた。眩しいくらいの月が、今宵もふたりを遠くから見守っている。 「おやすみ、」
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