歩いている時とは比較にならない程のスピードで視界に入る景色が移り変わる。約80キロ程のスピードで通り抜ける景色は一瞬だ。車内の中では彼がチョイスした洋楽が音符となって流れていて、出ているスピードとは正反対にこの空間とこの時間を優雅で悠々としたものにしてくれている。助手席の窓から見えるのは白い雲がバランスよく存在しながら、青空を活かすような間隔で流れる光景。それから人工的な街が一面。この薄いグレーの高層ビルが見えるエリアから、緑しか見えない景色に変わるまできっともう少し。


「何?」
「運転してるとこ、見たいなぁって思って」
「今更?」
「いつでも見てたいの」


 ハンドルに手をかけ、手慣れるように運転をする彼の横顔をひとり堪能。「あんまり見られるとドキドキするな」と本気なのか冗談なのか分からない事を言ってきたけれど、もし本気で言っているとしたら運転中なのによろしくないと察し、渋々視線を前に戻した。そんな他人からしたら下らないやり取りをしている間に視界に映る景色が少し変化する。人口の建造物は少なくなり、その眺望の先には山や木々たちが見えてきた。旅が本格化してきた香りに高揚して身を乗り出したくなる。



 今日何回か見掛けたサービスエリアを示す緑色の案内板。高速に乗ってから約1時間程だろうか、タイミング的にちょうど良い頃合いだと立ち寄ることにした。混雑しているほどではないけれど、程々の活気に満ちているSA。ただの休憩だと分かってはいるけど、この時間も大好きな人との旅を鮮やかに彩る時間だと思っている。ついでにご当地もののお土産を見たり、屋台で美味しいものを頬ばったり。


「ここにとめちゃおうか」
「あ、もしかして…!」
「この位置だとの期待通りになるかな」


 巷でも定番の「駐車時、バックする時に助手席の背もたれに手を回す」に単純だと自覚していながらもやはり弱い。何が良いかと聞かれると上手く答えることは出来ないけれど、確かに胸の高鳴りが加速する。喜んでいるのが表情に出てしまったらしく「、本当好きだよね。逆にやりづらくなるよ」と困りつつも微笑する彼に、ニヤニヤした私のこのたるんだお口を両手で隠す。少し幼稚過ぎる行動だっただろうか、彼はまたしても可笑しそうに笑った。そしてそんな事を言いながらも私の願望を毎回叶えてくれるのが、私が彼に盲目になる理由のひとつ。


「わ、スムーズ」
にはカッコ悪いところ見せられないからね」


 彼とは付き合ってもう長い年月が経つし、今まで彼が運転する車にだって何回も乗ってきた。それでも、今でも心が踊ったり華やいだり、忙しくなる。助手席の背もたれに置いていた手が私の髪をさらりと撫でるのがお約束。この一瞬、この一瞬だってとても大好きなひととき。例えば道を歩いている時だとか、部屋で寛いでる時だとか、キスしてる時だとか、セックスしてる時だとか。彼が私の頭や髪を撫でてくれる時は数多程ある。それでもシーンが違えば違う胸の高鳴りが生まれるのだ。
 ハンドルを握っていた方の手で彼がシートベルトを外した音が聞こえた。私もいつまでも頭の上に乗せられている大きな手の感覚に浸っておらず、シートベルトを外さなければと意識した時だ。こちらに身を乗りだした彼にくちびるを奪われたのは。頭を撫でられるまでは経験済。でもその後についてきたこのオプションは今日が初体験。一瞬で離れてしまった彼のくちびるを、動揺から生まれた躊躇いを無視して追いかけたくなったのは絶対に秘密。


「じゃあ、これは?」
「そこまでは、言ってないのに…」
「でも、が求めてたような顔してた気がするのはオレの気のせいかな?」
「気のせい、じゃないかもしれないけど」
「良かった」


 紅潮した頬を連れて車から出る。危ないから、と差し出してくれた彼の手を握って、まだまだ続く旅に心を弾ませた。