スリーコインズで買ったシュシュで髪をひとつに束ね、台所のシンクに置いてある薬用ハンドソープのポンプを押して白い泡を生み出す。軽やかな泡を手に乗せ、手の平や甲まで万遍なく浸透させたら指の間、爪の先、手首と細かく洗い流していく。石鹸を水で流したあとは、花柄の清潔なタオルで水気を充分に吸わせ準備万端。しかし、ひと息ついたところで隣に人がいるという存在を左肩が感じ取った。


「手伝うよ」
「え、どうしたの?珍しー」
「たまにはの手伝いしたいなと思って」


 透き通る水が彼の手を覆う。私と同じように手を洗う彼だけど、腕捲りもしていないのだから全く仕方ない。私が彼の袖を何回か折るようにまくってあげると「ありがとう」と耳に響くやわらかい言葉。胸が少しだけ弾んだ。つい、当たり前のようでかけがえのないしあわせが抑えられずにくちびるの端をあげると、今度は頬に軽めのキス。なんだか悔しくて手を洗ってる彼の腕に「えい」っと突進するように軽く頭突きをすると、楽しそうな笑い声が頭上に響く。やっぱり敵わないと思い大人しく料理の準備に取り掛かることにした。彼と並んでキッチンに立つなんて初めてかもしれない。未だ経験したことのない初めてに、少しだけ心が高揚している。
 今日の晩餐はハンバーグです、そう告げると少年のように瞳を輝かせた彼。食べるのも作るのも楽しそうだと「それは良いね」と穏やかに微笑む彼に、さて何を頼もうか。まずは材料を取り出しボールに合い挽き肉を入れ塩胡椒を少々。彼にはこれを捏ねてもらおう。その間に私は玉ねぎをみじん切り。昔はトン、トン、とゆるやかな音を奏でていたこの音も、今ではトントントンとリズム良く鳴らすことが出来る。


「なんだか楽しいね」
「そう?こねるの向いてるんじゃない?」
「そうじゃなくて、と一緒に何かを作るのが楽しいんだよ」


 鼻唄が流れそうなほどリズミカルだった私の動きが一瞬だけ止まってしまった。リズムが乱れて危うく指を切ってしまうとこだったくらい。彼から紡がれるそんなありふれたドラマや漫画みたいなセリフなんて慣れっこなはず。それなのに容易くときめいてしまった馬鹿な感情を隠すために、再びひたすら玉ねぎを切り続ける。しかし、どうやら夢中になって切り過ぎてしまったようだ。山になって積み重なったみじん切りの玉ねぎたちがこっちを見ている。仕方ないので全部入れてしまおうとボールの中を見ると、今度は信じられない光景が目に飛び込んで来た。


「ちょっと!辰也くん、なにこれ?」
「え、ピクルスだけど?」
「いつの間に入れたの?っていうかなんでピクルス…」
「美味しいかなと思って」


 ファストフード店にあるハンバーガーには大抵キュウリのピクルスが入っている。ハンバーグとピクルスは基本合うのだろう。でも知らない間にいきなりピクルスを、それも輪切りのままごそっと入れてしまった破天荒さについ驚きを隠せなかった。せめて微塵切りにさせてと、ボールから取り出したピクルスを急いで細かくする。「見惚れるね」なんて包丁がまな板を叩く音を聞きながら呑気に語る彼は、まだ切られていないピクルスをひとつまみ口の中に入れた。
 細かく生まれ変わったピクルスや、山になっていた玉ねぎをボールの中に入れて再び捏ねてもらう。充分に捏ねたあとは、空気を抜きながら形を整えていく。こういう器用さはそこまで無いのだろうか、彼が造形したハンバーグは少し歪な気もした。上手く出来ない、と奮闘する彼が珍しくもあり、可愛らしい気がして微笑ましさが宿る。なんとか整ったハンバーグたちをカロリーオフの油が広がったフライパンの上にゆっくり乗せると心地の良い弾けるような音。彼にフライ返しを渡してその間に洗い物をしていると、水の音を凌駕する音が隣のフライパンから聞こえて来た。


「あ、焦げる焦げる!」
「ウェルダンの方が良いと思って」
「限度ってものがあるでしょうが!」


 慌てて弱火にし裏を覗き見ると少し、というよりだいぶ広がる黒。彼に見せまいと「もう、大人しく待ってて」とキッチンからそっと追い払った。怒られているとでも思ったのか消沈している彼の顔が可愛くて、仕方なく背伸びをしながら彼の首を引き寄せ頬にキスをしてあげる。「ね、待ってて」と上目遣いで見上げるとぎゅうと熱い抱擁がやってきた。ハンバーグ焦げちゃうから。
 彼をリビングに移動させたことでその後はスムーズに事が運んだ。ハンバーグの上にチーズを乗せて、先日イッタラで購入した丸い皿の上にゆっくりと置いた。フライパンに残った肉汁とワイン少々、それからケチャップでソースを作りバランスよくハンバーグの上に注ぐ。適当に彩りよく野菜を飾り、彼の元まで運べばようやく完成。手作りしたランチョンマットの上に置き、私も彼の前に座る。


「やっぱり料理はに任せるに限るな」
「でも、楽しかったよ。ピクルス意外と良い歯ごたえして美味しいし」
が作ってくれたから美味しくなったんだよ」
「違うよ」


 裏が少し焦げてしまったことを差し引いても意外と美味しく出来たと思う。ピクルスの入ったハンバーグをソースに絡めて口の中に広がるのはしあわせ。彼と一緒に作ったという時間と事実はそれだけで私の胸をあたたかくさせてくれた。


「一緒に作ったから、だよ」


 顔をくしゃくしゃにさせて「幸せ、だな」と微笑う彼を見て、きっと私の方がしあわせだと思った。