「可愛いって言わせたいの」
「何ソレ。てゆーか、どうでも良いんだけどー」




右手にグっと拳を作り、意気揚々としている彼女は、練習中にも関わらず壁に寄り掛かっている紫原に自分の野望を語っていた。 マネージャーである彼女、は紙とペンを持ち一見真面目に仕事をしているように見える。紫原の隣に立ち、二人で話している光景は レギュラーとマネージャーが何か話し合っているようだ。しかし、もちろんそれは見せかけで、バスケに全然関係のないことを先程から 話している。話している、というよりは紫原がの話を聞いている。




「そんなこと言わないで!」
「え〜。ていうかさーいつも言われてんじゃん」
「それは・・・そうなんだけど」
「室ちん、挨拶みたいに言うよねー」




そう、それが問題なのだ。紫原と同じバスケ部レギュラーの氷室は、1日1回は必ず恋人であるに「可愛い」という言葉を 伝える。氷室とが恋人同士になってから数ヶ月は経つが、はいつまで経ってもそのストレートな言葉に慣れないのか、 毎回顔を赤くしたり「か、可愛くないです!」と恥じらいを隠すために必死で否定をする。しかし、こうも毎回のように言われ てしまうと、彼の中でその言葉を言うのが「義務」のような感じになっているのではないかと、少し違和感を感じていた。 果たして本当に自分のことを可愛いと思ってくれているのだろうか。は気になって仕方がなかった。




「だから本当に可愛いって思わせたいの」
「ふーん」
「もう言葉を失っちゃうくらいな感じで!」
「それは・・・ちんじゃ難しいんじゃない?」
「失礼な!」




そしては決心した。氷室に本気で可愛いと言わせてみせると。普段は余裕がありまくる彼の心を惑わして、しばらく言葉が 出ないくらい可愛いと思わせてやる、言わせてやる・・・と固く決心したのだ。しかし、女の子である自分には男性である氷室 がどういった時に女の子のことを可愛いと思うのかが分からない。なのでは近くにいる人間にアンケートを取ることにした。




▼紫原くんの場合

「で、紫原くんはどういう時に女の子のこと可愛いって思うの?」
「うーん・・・あ、お菓子をくれた時かなー」
「・・・却下。てか、それ可愛いじゃなくて嬉しいでしょ?もっと普通な感じでないの?」
「そっかー。じゃあ、無難に抱き着いて来たりした時かなー」
「へぇー。そういうのが可愛いって思うの?」
「うん。それに女の子って柔らかいし気持ち良いしねー」
「変態か!」




▼岡村主将の場合

「モテない主将にこんなこと聞いてもアレなんですけど・・・」
「ヒド!何じゃ一体?」
「どんな時に女の子を可愛いと思いますか?」
「モテるとか関係なくない!?まぁそうじゃな・・・王道でも上目遣いとかされたらきゅんと来るの」
「うわ・・・」
「しかも、それが涙目だったりしたら・・・もうダメじゃ!」
「キモ!」




▼劉先輩の場合

「劉先輩って実は結構モテそうですよね」
「何アルか、急に」
「そんな劉先輩に質問です。どんな時に女の子が可愛いと思いますか?」
「うーん・・・そうアルな、恥ずかしがってるとことか見ると可愛くてもっとイジメたくなるアル」
「(うわ、ドSだ!)」




▼福井先輩の場合

「色々普通ぽい福井先輩に質問です」
「何だよ、普通っぽいって」
「どんな時に女の子が可愛いと感じますか?」
「スルーかよ!つか何だ、急に」
「お願いします、教えて下さい!」
「あーまぁ、そうだな。強がったり無理したりしてる感じが好きかも」
「例えば?」
「肝試しとかで「べ、別に怖くなんてないんだから!」とか言ってるくせに本当は怖がってる感じ」
「うわ・・・具体的ですね」
「引くな!お前が言えって言ったんだろーが!」




結果、どれも意外と普通で一般的だけど微妙にやりづらい。もっとさりげなく、簡単に実行出来るものが良かったのに・・・ とはため息をつきながら、体育館の裏にある倉庫へ次の練習メニューで使うカラーコーンを取りに行った。そして、倉庫に入って 電気をつけた瞬間、は時間が止まったかのように一時停止をした。そして、




「いやあああああ!」




体育館にまで聞こえるくらい大きな声で叫んだ。体育館にいる部員たちもの声が聞こえたので何事だと思い、がいる 体育館倉庫の方に駆け寄ってくる。もちろん先頭はそれまで熱心に練習をしていた氷室である。氷室が「!」と呼び、駆け 寄ってくるとは涙目で彼に勢いよく抱き着いた。今にも泣きそうなを氷室は優しく受け止め、あやすように頭を撫でる。




「どうした、。変なヤツでもいた?」
「うっううううう・・・」
「ああ、ゆっくりで良いよ」
「か、かかかかか」
「か?」
「蛙がたくさん・・・!」




氷室の胸に顔を埋めて抱き締められながら、は指だけ倉庫の方を指した。氷室同様、後から駆け付けてきた面々もその指され た方向を見ると、倉庫の中から蛙の集団がゲロゲロと泣きながら出てきた。以前、扉を空けていた時に入ってきてしまったのだろう。 蛙たちは水があるところへと列を作って帰って行く。




「ああ、びっくりしたね。怖かったろ?」
「は・・・はい」




氷室が優しく頭を撫でるので、はそっと氷室の顔を見上げた。相変わらず穏やかな笑みを浮かべているので、つい見とれて しまう。涙が零れそうなの目の下を、氷室がそっと指でなぞると、は少しビクっとした。涙目はいつの間にかうっとりと した目に変わっており、お互いを見つめ合いながら、抱き合っているただのカップルだ。駆け付けてきた周りの部員たちは呆れ ながら2人を見ていたり、体育館へ戻ったりしていた。 そしてようやくが我に帰った。自分は一体何をしているのだろうと。こんな人前で抱き合って泣きそうな顔まで見せて何 をやっているのだろうと。事実、紫原たち他のレギュラーメンバーは少し離れたところからと氷室の様子をジーっと見て いた。一気に恥ずかしさが襲ってきたは勢いよく氷室から離れた。




「す、すすすすすみません!」
「そんなに勢いよく離れなくても良いのに」
「な、何言ってるんですか!」




顔を思いっきり赤らめて凄まれても、迫力も何もない。は「ああ、もう!」とあまりの恥ずかしさに両手で顔を覆った。 顔を覆っても耳まで赤いから意味がないのに・・・と氷室は思ったが、特に何も言わなかった。その代わり、へ近づくと 顔を覆っている彼女のその手にそっと触れ、顔から引きはがすようにする。




「蛙、苦手だったんだ?」
「べ、別に苦手じゃないです!ちょっと驚いただけです!」
「そう?さっき怖かったとか言ってなかったっけ?」
「怖くなんかありません!き、聞き間違いじゃないですか?」




どうしてそんな強がっているのかは誰にも分からないが、氷室からすればそんなは愛しくてたまらないし、周りからすれば 面白いので何も言わない。しかし、こんなことで貴重な練習時間をいつまでも潰すわけにはいかない、とは思い「ご迷惑お かけしました。さ、練習に戻りましょ」と相変わらず顔を赤くしたまま照れ隠しのように言うと、その言葉でみんな体育館へ 戻る。少し離れていた他のレギュラーたちに追いつこうと、後ろにいるは駆け足で体育館へ戻ろうとしたが、急に腕を掴ま れその方向へと振り返る。




「ごめん、我慢出来なくなった」
「え・・・っ」




氷室はの腕を掴んだ瞬間、一瞬で自分の方へ抱き寄せ、耳元で先に謝罪の言葉を述べると、が何かを言う前にその唇を 塞いだ。いつも2人きりの時にするキスに比べたら、この触れ合うだけのキスはとても可愛いものだが、そういう問題ではな い。数秒して離れると、は瞬きを数回繰り返して氷室の顔を見た。




「やっぱり全部が可愛い過ぎるんだよな、は」





宝石箱の戯言





ちん、本当に実践したんだー)
(あれだけワシのことキモとか言ってたくせに)
(氷室の気持ちも分からなくないアル)
(確かにあれはコロっと来るオンパレードだったな)
(((((可愛いけど叩き潰されるから何も言わないでおこう))))