「ということでさ、私と浮気してみない?敦くん」
「は!?・・・ちん、ついに頭おかしくなったの?」




所謂女子トークというやつだろうか。昼休みにいつものように友人とご飯を食べていると恋愛の話になることが多い。 片想いの子や両想い一歩手前の子。もう両想いになって付き合い始めたばかりの子や、恋人同士になってからだいぶ経って マンネリ化しつつある子など様々だ。そんな中、マンネリ化しつつある子の話題になった。


「浮気したみたいだから怒ったの。そしたら逆ギレされた」


まぁ、よくある話ではある。彼女は現在も喧嘩中であると言うが別れる気はないようだ。その流れで何故か私の話題へと飛び 火した。


の彼氏は浮気とかしないの?」
「え?・・・多分」
「氷室先輩だもんねー。でもすごくモテるじゃん」
「まぁ・・・」
「逆ギレはもちろん、普段も怒ったりもしなさそうだしね」
「じゃあさーが浮気してみれば?」
「ええ!?」


友人というのはたまに自分には理解出来ない発言をする時がある。それが友人というものなのだろうが、この提案には驚いた。 しかし、周りの友人も「あ、それ良いね」などと乗り気である。どうせ面白がっているのだろう。何故か彼女たちがワクワクしているのだから。





「・・・というわけで今に至ります」
「えー、何で俺なのー?」
「だって一番頼みやすかったんだもん」




そこで私は同じクラスであり、私がマネージャーをやっているバスケ部の紫原敦くんに目をつけた。彼なら気心が知れている し、女の子の扱いにも慣れていそうなので、私の浮気相手には一番相応しいと思った。放課後、彼と部活へ行く途中「どこか 寄り道していかない?」という感覚で誘ってみた。まぁ予想通り疑問だらけではあるだろうが。




「そんなんで選ばれても全然嬉しくねーし」
「良いじゃん、今彼女いないでしょ?」
「そうだけどー・・・」
「よし、決まり!」
「ていうかさー、どこからが浮気になんの?」
「あー、それは・・・」




何処からだろう。そもそも浮気の定義は一体何だ。2人きりで出掛けたら?2人で手を繋いだら?抱き合ったら?キスをした ら?セックスをしたら?そんなこと人それぞれ価値観が違うのだから、他人にはハッキリと線を引けない。でも、氷室先輩 は何と言ってもアメリカにいたくらいだし、キスくらいなら浮気とは思わないのではないだろうか。




「一線を超えたらじゃない?」
「えー、じゃあちん、俺とセックス出来るの?」
「・・・え!?」
「だってそういうことじゃーん」




のんびりと間延びした口調のくせにセックスという単語をハッキリと言うのか。もう少しオブラートに包んでほしいものだ。 いや、そういう問題ではない。敦くんとセックス出来るかだって?そんなの答えはノーに決まっている。セックスどころか、 私は氷室先輩以外にくっつきたくはないのだ。




「いや、そんなの」
「まぁ俺は出来るけどねー」
「ええ!?」
ちんとセックス。何なら今ここでキスでもしてあげよーか?」




そもそも私のあの軽い感じでの誘いを本気に取らないでほしい。別に本気で浮気という行為を敦くんとしようと思ったわけじ ゃない。ただ単に架空の浮気相手となってほしかっただけなのだ。・・・そんなの我が儘にも程があるって?自分でもそれく らい分かっている。でも何となく、私が浮気をしたら氷室先輩はどういう反応をしてくれるか気になって仕方なかったのだ。
所詮、私も只の女の子ということ。




「って!ちょっと待って!」
「待てないー」




どうしてそんなにのんびりな口調なのに手は早いのだろうか。階段を下りる寸前で、私の両手首を素早く掴むと、壁に押し付 けその高い位置にある顔を私へと近づけてくる。ああ、彼はいつもこうやって女の子にキスをしているのだとすぐに理解出来 た。でもね、私はそんなのお断りなの。どうせ寸前で止めるんでしょ?「やっぱやーめた」とか言って止めるんでしょ?ああ 、そういう事も他の女の子にやって期待だけ持たせてそうだな、と今度は予測出来た。でも私は期待なんかもしないし、恋愛 感情で敦くんのことは好きとも思わない。




「ってえええええ!?」
「・・・ちょっと黙ってくんない?」




しかし、寸前でやめるだろうと思っていた彼の動きは止まりそうになかった。片方の手首を解放してくれたのも束の間、敦く んの大きな手は私の顎をいつの間にか捉えていた。私が解放された片方の手で敦くんを押し返しても、全く効果がないことを 彼は分かっていたのだろう。事実、私はこれでもかというくらいの力を片腕に込め、彼の肩を押し返しているのにビクともし ない。ああ、これは罰か。浮気をしてなんて冗談でも言ってしまった私への罰。




「痛っ!」
「え?」




敦くんにキスをされてしまう、と思い反射的に目をつむっていた私の耳に届いたのは敦くんの声だった。恐る恐る目を開けて 見ると、頭を押さえながら下へうなだれている敦くんが目に入った。その背後にはまだ制服姿で、私たちと同じようにこれか ら部室へ行こうとしていたらしき氷室先輩が目に入った。敦くんが屈んでいるので氷室先輩がよく見える。




「何やってるんだ、敦」
「いってー。室ちん、今本気でチョップしたでしょ?」
「そりゃあ本気にもなるだろ」
「ひ、氷室先輩ー!」




私は氷室先輩の姿が見えた瞬間、安心して彼に抱き着いた。彼はよしよしと頭を撫でてくれるのだが、今完全に悪いのは私な のに何だか申し訳ないような気がした。でも、氷室先輩にくっついているとたまらなく安心出来て、もう少しこのままでいた いと思い、私は離れなかった。




「つーか俺、完璧悪者じゃん」
「あんなことしようとすれば当たり前だろ?」
「あ・・・違うんです、氷室先輩」




このまま敦くんが悪者にされてしまったら、何だかすごく可哀相な気がして口を挟もうとした。しかし、氷室先輩の人差し 指によって私の口は塞がれ、何も言えなくなってしまう。氷室先輩がどうしてそんな事をしたのか分からないけれども、 その動作にときめいている場合ではない。敦くんにはもちろん、 氷室先輩にも謝罪しないといけないのに。




「まー、本当にしようとしたから別に良いんだけどー」
「え!?やっぱそうだったの!?」
「敦」
「・・・はいはい。あーあ、どうせなら浮気じゃなくて本気のが良かったのにー」
「え、どういうこと?」
「・・・悪いけど、敦は先に行っててくれるか?」
「はーい。室ちん怒らせたら怖いから先行ってるねー」




私が理解出来ないまま、2人の会話のキャッチボールは進んでいたようだ。話の流れだけ聞いていると、やっぱり敦くんが 悪者で氷室先輩に責められてしまうのでは?と思い、敦くんが見えなくなってから氷室先輩へ私が悪いということを伝える。




「氷室先輩、ごめんなさい」
「・・・どうして?」
「実は私から敦くんに浮気相手になってって言ったんです・・・」
「・・・」
「あ、もちろん冗談ではあるんですけど・・・」




私は今日の昼休み、友人たちとの会話の流れを氷室先輩に話した。本当に浮気したかったわけではなく、ちょっとした悪戯心 でそんなことをしてしまったと。正直、浮気をする以前の前に、こんな試すようなことをしてしまった事に対して流石に怒ら れるのかと思ったけど、こんな時でも氷室先輩は怒らない。




「そう」
「うう・・・ごめんなさい」




私は見せる顔もなくてその顔を隠すかのように氷室先輩に再び抱き着いた。自分のためであるその行為にも氷室先輩は優しく 頭を撫でてくれる。このまま甘えたままで良いのだろうか?と疑問を持ってしまうほど優しいのである。




「でも、ちょっと人選ミスだったみたいだね」
「え?」
「ただでさえは誰に対しても無防備だから」
「そ、そうですか・・・?」
「うん、だからもうそんなこと誰にも言っちゃダメだよ。男はみんな狼だしね」
「・・・氷室先輩も?」
「俺は限定だから」




そう言って耳にキスをしてくる氷室先輩の顔は、たまに夜見せる意地悪な顔と全く一緒だった。その表情に気が付いて 、私の本能が危険を感じ取ったのか、反射的に離れようとしたけれど、いつの間にか氷室先輩の腕がしっかりと腰に回っており、距離は相変わらず近いままだ。




「それにちょっと無謀だったと思うよ」
「え、何がですか」




氷室先輩は私を見つめるともう一度意地の悪い笑みを見せた。氷室先輩の長い指が私の頬へ滑るように動き、先程キスを落と された耳に近づく。私が耳が苦手なのを分かってやっているのだろうから本当にタチが悪い。私が少し身をよじらせて動くと 彼はその色気を孕んだ声で私に囁いた。




「俺が浮気させるわけないだろ?」





愛と天罰
を与えよ

(ああ、私はもう、この人以外は愛せそうにない)