週に1回、練習が終わったあと氷室先輩と一緒に帰りそのまま氷室先輩の部屋へお邪魔する日がある。基本、休日と言える「 丸々一日中お休み」という日がない陽泉高校バスケ部だけれども、土曜日なんかは午後から練習ということもあるので、氷室 先輩のところへ行くのは週末が多い。
氷室先輩は、とにかく厳しくてキツイ練習を終えた後にも関わらず、いつも私を気遣ってくれる。車道側を歩かせないように してくれたり、歩くスピードを足の短い私に合わせてくれたり、例えば対戦校のデータを整理するために大量の資料を私が持 って帰っていると、その荷物を持ってくれようとしたり。流石に荷物を持ってもらうのは申し訳なさすぎるので、いつもお断 りしている。むしろ私が氷室先輩の荷物をお持ちしたほうが良いんじゃないかと思う。




に持たせるなんて俺のプライドが許さないよ」




男としてのね、と続けるように言う氷室さんはやはり大人で紳士だ。一つしか年齢が違わないと言うのに、ここまで落ち着い ているのが不思議なくらい。同級生でチームメイトの紫原くんも見習ってほしいくらいだ。
学校を出てしばらく歩くと氷室先輩の家へ着く。家と言っても彼は現在一人で住んでいるのだ。もう何度も来ているので勝手 は分かっている。部屋へ入るとお互い荷物を置き、手を洗い、私がコーヒーを入れさせてもらって氷室先輩はソファーに座ると いう、まるで同棲しているかのような流れを毎回繰り広げているのだ。イメージ通りというのだろうか、コーヒーはブラックと いう氷室先輩と、ミルクたっぷり砂糖は3杯入れないとコーヒーは飲めないという私の分の2つのコップを持って、 氷室先輩が待っているソファーへと持っていく。




「はい、氷室先輩」
「違うだろ?」
「・・・辰也さん」




氷室先輩はどうやら名前で呼んでほしいらしい。というか「先輩」とつけられるのがあまり好きではないらしい。でも 「辰也先輩」なら良いんだとか。要は結局名前なら何でも良いのだろう。それから敬語も出来れば使わないでほしいと言わ れたことがある。けれど、すぐに対応出来るほど私は器用ではないので、まずは2人きりの時に名前で呼ぶことから挑戦し ているのだ。しかし、もちろん慣れない。彼の横に腰掛けるようにソファーに座ると、珍しく氷室先輩の頭が私の肩にもたれ 掛かってきた。




「練習疲れました?」
「んー・・・まぁね」




相当疲れているのだろう。何故なら氷室先輩からこんな風にしてくることは今まで一度もない。私が彼に寄り掛かったり肩に もたれ掛かったりすることは日常的だが、その逆である今の状況は非日常的なのだ。少し戸惑いを感じながらも心臓の音は速 くなるばかり。そんな心臓とは反するように、手はゆっくりと氷室先輩の頭を撫でていた。




「いつもと逆だね」
「ふふ、そうですね」
がいつも俺に頭撫でられて嬉しそうにしてるの少し分かる気がする」
「えっ・・・」
「何か落ち着く」




氷室先輩がいつもと少し違うような気がした。練習で疲れただけではない、何かもっと大きなことのように感じる。もちろん バスケのことだろう。私のようなマネージャーには理解し難い、選手故の悩みだろうか。もっと自分の感情を出せば良いのに 。理屈で抑えつけないで、言いたいことを思う存分言っても良いのに。私にもチームメイトの紫原くんにも甘い。きっと主将や福井先輩 にとっては良い後輩。劉先輩にとっては良い友人。きっと言いたい事が色々あっても基本が優しいから、キツイ言葉とかをな かなか言わない。厳しい言葉は言ったとしても、人を傷つけたりするような言葉は滅多に言わない。もちろん 顔にも出さない。




「氷・・・辰也さんも自分の感情もっとさらけ出せば良いのに」
みたいに?」
「なっ・・・!」
ってころころ表情が変わるから見ていて可愛いよ」
「わ、私のことじゃなくて・・・!(しかも可愛いって!)」
「・・・うん。でも、こうやってとくっついてると落ち着くから」
「何か今日・・・いつもと違いますね」
「そう?」
「甘えたさん」




何だそれ、と彼は眉毛を下げて笑う。ああ、この笑顔はとても好き。好きすぎて泣きそうになってしまう。私がいつも彼の傍 にいて幸せになれるように、私も彼の傍にいることで少しは支えになったり、喜ばせてあげたり、とにかく少しでも幸せに なれるようにしたい。




「じゃあもし、俺が泣くようなことがあったら慰めてくれる?」
「当たり前じゃないですか。いつでもこの胸お貸ししますよ」
「男前だな」




彼は私にもたれ掛かっていた体を元に戻し、私を抱き寄せると甘い口づけをひとつくれた。ついさっき、私が少しでも幸せ にしてあげたいと思っていたのに、逆に幸せにされてどうする。でも、もちろん嫌じゃない。そっと見上げると、いつもの 余裕がある雰囲気に戻っていた、やけに好戦的な目をしている。この目は何回も見たことがある。




「じゃあ、今はに泣いてもらおうかな」
「え・・・」
「大丈夫。俺がその涙ごと抱きしめてあげるから」
「・・・っ」




彼は私の腕を掴みソファーへ押し倒す。その好戦的な目は相変わらず私の心臓を捉えて離さない。その目に体を竦めていると 、彼の口づけが今度はシャワーのように至るところに浴びせられる。ついでにたくさんの甘い言葉もおまけにつけるように。 おまけとは言えないほど、私の心を熱くするものばかりだけど、彼はいつも当たり前のように囁き、私は当たり前のように その言葉に酔ってしまう。

そう、私は今日も彼の代わりに啼くのだ。





吐露は雫が
落ちた瞬間に

(だから普段はに甘えてほしい)