、こりゃどこ置いておけばええんじゃ?」
「あ、私やっておきまーす」
「おーい、こっちテーピング頼む」
「はーい、今行きまーす!」
「暑いアル・・・」
「はい、劉先輩。飲み物とタオルどうぞ」
ちん、髪結んでー」
「はいはーい」




その細い足で、絶えずこの広い体育館内を歩き回る彼女は、働きすぎだと思う。この大人数の陽泉高校バスケ部で たった一人のマネージャー。こんなにもガタイの大きい男ばかりの世話をひとりでするのは、当然誰から見ても大 変だと思うだろう。なのに、何故誰もそのことを察してやらないのか。彼女は働き蜂ではない。れっきとした、正 真正銘、女性であり俺の大事な人なのだ。
ああ、あんな華奢な身体で自分の背よりも高く積み上げた洗濯物を持って歩くなんて危険過ぎる。しかし、ここで 彼女を手助けるようなことをすれば「ご心配は無用です。氷室先輩たちが集中して練習して試合で勝って頂くこと が私の役割ですから」とでも言われ突っぱねられてしまうだろう。





「あ、氷室先輩。どうかしました?」
「いや、何か手伝えることないかなーと思って」




それでも声をかけてしまうのは、恐らく彼女が愛しくて仕方ないからだろう。もちろん、練習に集中しなければい けない事は分かってる。自分達が試合に勝つことで彼女が喜ぶことも分かっている。全てを理解していながら、彼 女の元へ勝手に足が動いてしまうのは、自分の意志ではどうにも出来ない。本能のまま動いてしまうというのは こういう事だろうか。予想通り、彼女はその可愛い顔を歪ませて、俺に人差し指を向けた。




「氷室先輩!そのままだと風邪を引きます」
「え?」
「たくさん汗かいてるでしょう?着替えはこまめにして下さい」
「あ、ああ」
「それから今日のシュート率、いつもより悪いです」
「・・・やっぱりはごまかせないね」




しっかりしている、落ち着いているとよく言われる自分だが、彼女も実はしっかり者だ。恋人と言う関係の前に、 先輩である俺に対しても毅然とした芯のある姿。誰よりも気が利くその柔らかい心。そんな魅力に夢中になるのは 世界で俺ひとりで良い。彼女は働きすぎに加えて、優しすぎる。だから勘違いをして調子に乗る人間が後を絶えな い。それがたまに不愉快に感じるのだ。




「ほら、練習あと少しなんですから」
「うん。今日もと一緒に帰れるのを楽しみにしながら頑張るよ」
「っ・・・!」




彼女と一緒に歩くため、彼女の隣を歩くためにその後の厳しい練習をこなし、本日の部活は終了の合図を告げた。 練習が終わるまで、彼女の足は止まることなく動いていた。もしかしたら部員である俺達よりも体力をつかってい るんじゃないかと思う。おまけに気を遣って神経まですり減らしているはずだ。けれど、彼女は笑顔を絶やさない 。無理をしているのではないか?と心配になってしまう時もあるが、どうやら無理矢理その可愛い笑顔を咲かせて いるというわけではなさそうだ。彼女が笑っているその顔は、決して作られたものではなく、世界を幸せな気持ち にさせるものだから。




は良い子だね」
「えっ・・・何ですか急に?」
「いや、いつも一生懸命で優しいから」




毎日のように繰り返しているとのこの帰り道も、毎日違った色を魅せる。可能であるなら、彼女の笑顔を一人占め 出来るこの些細な時間から離れたくない。もちろん、そんなことは無理だと分かっているので、子供じみたその浅 はかな感情は自分の心の泉へ投げ捨てる。けれども、隣を歩きながら彼女の頭を自然な動作で撫でてあげ、すぐに 頬を染めるその愛らしい顔を見ると、どうしても捨てた感情をまた拾い上げたくなってしまう。




「・・・頭撫でないで下さい」
「嫌いじゃないだろ?」
「それは・・・そうですけど」




そうやって、頬を赤く染めると下を向いてしまう癖はやめてほしい。せっかくの可愛い顔が見えないじゃないか。 彼女は全く分かっていない。俺が彼女のその恥ずかしがる顔をみたくて、毎回わざと言葉や行動に醜い思惑 を孕んでいるということを。その艶やかな瞳で俺を見てもらうために、罠を仕掛けているということを。だから彼女は 単純で純粋で素直で優しくて良い子なのだ。




「うん、素直なとこも可愛いよ」
「(話題を戻そう・・・!)ひ、氷室先輩のほうが優しいじゃないですか!」
「え、俺?」
「そうですよ!私にだって優しいし、みんなに優しくて穏やかじゃないですか!」
「ははっ・・・」




自分でも渇いた笑い声が出たのが耳ではなく脳で理解出来た。水分を全く含んでいない、空気に溶け込むような枯 れた声。俺が優しいという彼女のその言葉。可愛すぎて心の中で笑いが止まらない。だから口から出た笑い声は枯 れてしまったのだ。温度のない、その笑い声は些か彼女を不安にさせたらしい。彼女は少し困ったような不思議な 目で俺を見ている。ああ、熱を持っていた顔がすっかり冷めてしまったようだね。




「氷室先輩、すごく優しいですよ」
「そんなこと言ってくれるのぐらいだよ」
「えー、今だって私に車道側を歩かせないようにしてくれて歩幅も合わせてくれてますよね?」
「・・・どうかな?」
「隠そうったって私はごまかせませんよ!」




どうして勝ち誇ったような顔をしているのだろうか。それがまた愛おしくて仕方ないのだが、彼女が俺なりの些細 な気遣いを察してくれていたことに少なからず驚いた。そんなことにまで気づいてしまうほうが優しい心を持って いると思うのだが。どうしてこの子はこんなにも俺を惑わせるのだろうか。何もしていないのに、そこに存在して いるだけで俺を誘惑してくるその姿は少し悔しい。




「でも、そう言ってもらえるのは嬉しいな」
「だって本当優しいですもん」
「この程度なら全然構わないってことだよね?」
「えっ・・・」




隣を歩いている彼女の肩を後ろから手をまわし、一気に引き寄せそのまま彼女の唇に誘われるように自分の唇を重 ねる。3秒程して、一度離すと彼女の驚いた顔がまた可愛くて。もう一度頬に手を添えて今度は呼吸ごと掴まえた 。彼女が俺の名前を呼ぼうと微かに開けたその魅惑の隙間に自身の分身である舌を侵入させると、彼女の分身はい とも容易く掴まえることが出来る。ぐるりとその神秘的な空間を一周したところで、身体ごと離してやると、彼女 は耳まで赤く染めて涙目で俺を批難する。そう、その顔も笑顔と同じくらい愛しい。




「もう!部活中大人しいと思ったら・・・!」
「部活中、大人しくしてたからだよ」
「こ、こんなとこで・・・!」
「今、周りに人いなかったから大丈夫だって」
「そ、そういう問題じゃありません!」
「・・・は本当優しいよね」
「な・・・そうやってはぐらかそうと・・・」
「だって、こんな事をする俺を優しいって言うんだから」
「・・・!」
「安心したよ。これ以上の事も大丈夫って分かって」
「・・・っ、氷室先輩の・・・馬鹿!」





仮面舞踏会への
幕が開く

(俺が優しくないってこと、が一番知ってるだろ?)