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「えー・・・コホン」 非常に稀な休日をは穏やかに過ごす。いつものバスケットボールが床をつく音とは掛け離れるような、静かな時間 。そんな時間を愛し合う者同士で共有するのが、何よりの贅沢なのだ。そんな日は大抵氷室の部屋で一緒に過ごして いることが多い。二人で借りてきたDVDを観たりなど、この空間では普通の恋人同士なのだ。 今日はDVDではなく、二人で月バスを眺めていた。最初に月バスを読みはじめた氷室の肩に、はもたれ掛かるよ うに横に座り、一緒に眺めるのだ。そして、陽泉の特集が組まれているページまでいくと、は氷室にもたれ掛かっていた頭を戻し、咳ばらいをして急にワザとらしく改まった。 「どうした、?」 「わたくし、本日よりダイエットを開始致します!」 「・・・え?」 急に改まってこちらを見つめてくるので、氷室は最初何事かと思った。しかし、から紡がれた言葉は予想外の言葉。どうして急に改まってそんなことを言ってきたのだろうか。いや、 そもそも何故ダイエットをするというのか。疑問はいくつも生じる。 「だから氷室先輩も応援してくださいね」 「何で?」 「何でって・・・応援してくれないんですか!?」 「いや、そうじゃなくて」 「私は今度こそ頑張ると決めたんです!」 拳をぐっと胸の近くで握り、いつも以上にキラキラと目を輝かせる彼女。そんな彼女であるが氷室は愛しくて仕 方ないのだが、簡単に「頑張ってね」と言えるようなものではない。何しろ世間で聞くダイエットというのは、大抵体調を崩してしまいがちである。 をそんな目に合わせたくない氷室は、とりあえず彼女のダイエットは止めたほうが良いと直感的に思った。 「別にダイエットしなくても良いと思うけど」 「男の人はすぐにそう言いますよね」 「女の人はすぐにダイエットするって言うよね」 「むう・・・」 「(あ、可愛い)」 「だって太ったんですよ、3キロも!」 「そうなの?」 少し涙目になりながら反論してくる彼女もまた可愛いのだが、そんなことを言えば「からかわないで下さい、私は 本気なんです!」と言い返されると思ったので、氷室はあえて何も言わなかった。3キロ、というのはそんなに大 したことのない数字のように思えるが、女性にとっては大きいのだろうか。あまり理解は出来ないが、これが女心 というものだと思い、出来るだけの心を傷つけないように説得を試みる。 「どう見ても脚とかお腹とかプニプニじゃないですか!」 「そう?胸についたんじゃない?」 「ひゃ!ちょ、触らないで下さい!」 天然なのか計算なのか分からない、氷室のその行動には虫を払うように氷室の手を叩く。その瞬間、氷室が少し 寂しいような表情をすると、は滅多に見ない氷室のその顔に少しばかり躊躇いを見せる。それでも胸を触られる という行為はにとって恥ずかしくて仕方がないものなので、氷室に再び寄り添うように抱き着くことで何とかご まかそうとした。 「特に敦くんと隣の席になってからですよ、もう!」 「ああ、お菓子か」 「そうです、いっつも何か食べてるしそれをくれるし」 「想像出来るな」 「・・・いや、でも結局は誘惑に負けてしまう私の責任です」 雑誌の中に写っている紫原をは指差し、まるでコイツが犯人だ、と言わんばかりの勢いだったが、自分自身で 冷静になったのだろうか。結局はお菓子という誘惑に負けてしまう自分がいけないということに気づいているよう だ。しかし、自分のせいだと口に出して言うと、今度はそんな誘惑を断つことが出来ない自分に自己嫌悪し、眉は 下げられ声も儚く消えていく。 「うん、のそういうところも好きだよ」 「そういうとこ?」 「素直で人のせいにしないとこ」 氷室に慰められるように頭を撫でられれば、先程とは違う意味で声が消えていく。まさかこんなところでそんな甘い 言葉を貰えると思っていなかったは、恥ずかしくなり自分の顔を隠すように氷室に押し付ける。しかし、事態は 何も解決していないと思ったは、またもや勢いよく氷室から少し離れ、再び無謀な決心をする。 「と、いうわけで頑張ります!」 「しなくて良いのに」 「痩せた方が洋服だって色々似合うし可愛くなれるしモテますもん!」 何故か少し威張って言うの様子に、氷室は微笑むが言葉の内容はあまりいただけない。最初の洋服が色々似合う 、はまぁ良しとしよう。しかし、その次の可愛くなれるしモテるという発言はどうだろうか。既に充分な可愛さを持 っているというのに、これ以上可愛くなってどうする。そんなことを真剣に考えている氷室はやはり天然だろうか。 更に彼女の「モテたい」という言葉には些か疑問と屈折した不快感が募る。 「・・・モテたいの?」 「はい」 「何で?」 「何でって・・・氷室先輩がモテるから」 「え?」 「少しでも釣り合い取れるようにしたい乙女心です!」 何と愛らしいことなのだろうか。そんな事を恥ずかしげもなく、堂々とやる気に満ち溢れるように話す彼女が可愛く て仕方ない。思わず笑みがこぼれてしまう。そんな事はしなくて良い。これ以上可愛くなられても自分も困るし、 これ以上彼女を可愛いと思う男が増えても更に困る。ただでさえ、彼女はバスケ部のマスコット的存在で他の部員 からも可愛がられているのだから。ますます彼女のダイエットを阻止しようと氷室は思った。 「乙女心か。でも、モテなくたって良いと思うけど」 「だからー、氷室先輩に」 「別に良いじゃないか」 氷室は珍しくの言葉を遮る。いつも彼女の話を最後まで聞く氷室には珍しい行為なのだ。自身も多少の違和 感を感じ、氷室を見てみると、思いの外の熱い視線にたじろいでしまった。その隙を逃さずに、氷室がの肩を抱 き寄せ頬に手をやれば、の頬は見る見るうちに伝染するかのように頬と耳を染めていく。 「は俺だけに愛されていれば」 否定出来ない真意の言葉に何も紡ぐことが出来なくなったの唇を、氷室はそっと塞ぐことで、その決意をひとつ灰にした。 |
薄弱な残骸が
宙を舞う
(もうこれ以上可愛くならなくて良いから)