「何や謙也、辛気くさい顔しとんなぁ」
「あー・・・そうかぁ?」
「ちょお移るからやめてや」




忍足謙也は悩んでいた。 普段は元気で明るい彼がやたらとため息ばかりつくので、同じクラスであり部活も同じの白石が話し掛けたが、それでも上 の空。誰が話し掛けても上の空。この男に一体何があったというのだろうか。ほっておきたいところだが、忍足はこの四天宝 寺のテニス部レギュラーである。そんなレギュラーに何か悩み事があるなら助けてやらなければ、と部長としての責任感があ り友人としても仲の良い白石は相談に乗ってみようと思った。




「謙也、何かあったんか?」
「あー・・・別に」
「いや、絶対あるやろ。良いから言ってみぃ」
「白石・・・」




お前はええ奴やなぁ、と忍足は感激しながら言っているが白石からしたら「ほな早う言えや」と思えて仕方がなかった。 しかし、ここは何かに悩んでるであろう忍足の話をまず聞いてあげなければ、と思い言葉を飲み込むことにした。部活も順調 、成績だって悪くない、友人も多い、家族との仲も良さそう。一体何だと言うのだろうか。・・・そういえば、もう一つあ った。




「ああ、ちゃん絡みか」
「お前っ・・・エスパーか!」
「いや、そんくらい分かるやろ」
「あああ、白石助けてくれぇ」




何と情けない声を出すのだろうか。これが本当に全国でも強豪テニス部のレギュラーだと言うのか。浪花のスピードスターだ と言うのだろうか。白石は「だからお前、ヘタレとか言われんねん」という自分にしては珍しく辛辣な言葉を吐こうと思ったが 可哀相なので喉に飲み込んでやった。そんな風に友人が思ってるとは知らず、頭を抱えて唸る忍足に白石は再び声をかける。




「で、何があったんや」
「あんな・・・」
「喧嘩でもしたんか?」
「ちゃう」
「じゃあ何や?」
「あんな・・・最近」




忍足は言いたくないのか言いたいのかよく分からない様子で言いかけては唸ったりを繰り返している。無理矢理言わせる気も ないので、白石は今日の部活の練習メニューが書かれた紙を見ながら忍足が話すのを待っていた。喧嘩でもないのだから、 そんなに大した問題ではないだろうと思う。それに、普段忍足と彼女であるが仲が良いのを白石は知っていた。なので、 実際はそんなに心配しているわけではない。ただ、部長として話を聞くくらいはしようと思っているのだ。




が可愛いすぎんねん!」




忍足が振り絞って出した悩みに白石は一気に肩の力が抜けた。だいぶ溜めているので何を言うのかと思えばそんな事。 一気に冷めた白石と違って忍足は相変わらず大袈裟に悩んでいる。下らない、と思いながらも忍足の話を聞いてあげる白石は やはり、忍足の友人でありチームメイトなのだろう。




「何やそれ。惚気かいな」
「惚気ちゃうねんって!ホンマに可愛いんやって」
ちゃん、元から可愛いやん」
「そうなんやけど、もっと可愛いねん!・・・って何言わせとるんや!」
「いや、お前が勝手に言うただけやろ」




忍足の彼女であるはよく忍足の教室まで来る。それ故、忍足と同じクラスである白石も彼女のことを知っており、 2人仲が良いことも知っているのだ。
どうやら忍足曰く、最近彼女であるが可愛くなったとのこと。それはもちろん外見も中身も可愛くなったらしく、 最近では今ま でストレートに下ろしっぱなしだった髪の毛を、今では緩く巻いてきたりアレンジしたりするそうだ。顔の部分でも今まではリッ プくらいしか塗っていなかったようだが、マスカラをつけたり色つきのグロスを塗ったりとメイクにも興味を持つようになっ たとのこと。素のままでも可愛いと思っていたが、洒落っ気を出しても可愛い。性格も今まではそんなに甘えてきたりはしな かったが、最近は部活後に「部活終わるの待ってるから一緒に帰っても良い?」なんて聞いてくるとか。ハッキリ言って白石 は、さっきまでの感情とは一変、もうどうでも良いと思えた。




「って、白石聞いとるんか?」
「聞いとるけど・・・それ悩むことなんか?」
「他に好きな男が出来たかもとかしれないやん」
「えー・・・あ、じゃあ本人に聞いてみればええんちゃう?」
「え?」
「そこにちゃん来とんで」




ドアのところにタイミングよく忍足の彼女であるが来ていた。しかし、ちょうど今来たらしく話は聞いていなかったら しい。白石は「確かに前より女の子らしくなったなぁ」なんて思っていたが、そんなことを言えば忍足に「せやろ!?あー! 俺もうどないすればええねん!」と言って頭を再び抱える姿が容易に想像出来たため、またもや何も言わないでおいた。




「何?何の話?」
「謙也がな、最近ちゃん可愛くなりすぎて困っとるらしいで」
「えっ・・・」
「ちょお白石!普通そういうこと言うか!?」
「いや、俺が言わな解決せぇへんやろ?」
「せやけど・・・せやけども!」
「あ、あの・・・」




は顔を赤らめていた。そして忍足も恥ずかしいのか余計唸っている。早く解決しろ、と言わんばかりに白石は忍足の足を 少し蹴る。そうすると忍足は覚悟を決めたのか、のほうへと向き彼女の肩を掴む。いきなり肩を掴まれたは驚き、身体が若干強張る。




、聞きたいことがあるんや」
「は、はい・・・!」
「・・・最近、何でそんなに可愛らしいんや?」
「えっ・・・えええええ!?」
「他に好きな男でも出来たんか!?」
「・・・ひどい!謙也のために頑張ってるのに・・・!」
「え?」




白石には何となく予想がついていたので、そんなに驚くことではなかったが、他に好きな男が出来たのでは?と思っていた 忍足は自分のためと言われて驚いた。
どうやら、この前初めて忍足が試合をしているところを見て彼女が惚れ直したというただの惚気話だ。忍足くらいの外見に なれば、実は人気もあるし、その愛想の良い性格で普通にモテる。本人は全く自覚していないようだが。そして、それに急 に焦りを感じた彼女が自分も彼に釣り合いが取れるくらいに頑張らなければと思い、努力しているとのこと。




「そう、やったんか・・・」
「うん・・・」
「・・・」
「・・・」
「結局惚気やん」




真っ赤になって固まってる2人に、冷静にまとめに入る白石。聞くんやなかった、と思いつい「仲直りのちゅーでもしたら どうや?」と意地悪を言ってみた。しかし、意外にも忍足が乗り気で「せやな!」と答えるとマッハの如くに軽いキスをした。は顔を赤らめて忍足の胸元へ顔を埋めているし、忍足は「あー、もうヤバイくらい可愛いんやけど!」と愛しい 彼女を抱きしめている。




「アホらし。俺、先部活行っとんで」




白石は呆れて先に教室を出た。廊下に出ると教室から忍足の「白石、サンキューな!」という大きい声が聞こえてきたので、 笑いながら部活へ行った。しかしその後、といちゃいちゃしていたのか、なかなか部活に来なかった忍足に、白石は怒りの怒号を浴びせるのだった。





嘆きに隠れた
花は愛に笑う

(そんなんが可愛いんやから仕方ないやろ!)