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「最近おかしい」 「え、何がっスか?」 そう、最近おかしいのだ。それは「最近」限定ではないのかもしれないけれど、この頃やたらと感じるこの違和感。そして何故かこの違和感 に妙な焦りを感じる。焦ったところで特に何かするわけではないけれど、少し気持ちが悪い。そして何故か腹立たしい。 「何かさ・・・ちょっとおかしいよね」 「だから何がっスか!?」 部活中、コートの外で指を使ってくるくるとボールを回す彼に疑問を投げかけてみる。返ってきた言葉はもちろん期待通り ではなく予想通りの意味の無い言葉。そんな彼を横目に私の眉間の皺は深くなってくるばかり。 「ぎゃ」 「せっかくの可愛い顔が台なしっスよ」 くるくるとボールを回していた彼の指が、今度は私の眉間に触れてきた。それも砂糖たっぷりの言葉と共に。よくも真顔で可愛いなどと、こちらが頬を染めてしまうような言葉を簡単に言えるものだ。嫌でも熱を持ってしまう、自分のコントロールが効かないこの頬が嫌で仕方ない。口をへの字に曲げると今度は「あ、その顔も可愛いっスね」と言ってのけた。 「も、もう!そういうことばっか言わないで!」 「しょうがないじゃないっスか。可愛いもんは可愛いんだから、ね?」 ね、でウインクを決めてくるあたり、流石百戦錬磨のモデルだ。今が部活中ということを忘れて時間の中の迷子になったよう な感覚が生まれる。こんなところを笠松先輩に見られたら、間違いなく彼に笠松先輩お得意の飛び蹴りが襲ってくるだろう。 そんな笠松先輩は只今コートに入って白熱したミニゲームを繰り広げているので、私たちのことなんて眼中なし。 「もう、涼太くんやっぱり最近おかしいよ!」 「あ、俺の事だったんスか?てか、おかしいって何が?」 「顔!」 「顔!?」 「声も!」 「声も!?」 「っていうか全て!」 本人に向かって口に出すことで、少しだけスッキリすることが出来た。でも可哀相に、言われた本人は?マークをたくさん 浮かべている。顔がおかしい、声もおかしい、いや全てがおかしい、と言われれば流石の彼も言葉が出ないのだろう。自分 の外見的部分に対しては絶対の自信を持っている彼でも、全否定されれば声が出なくなるようだ。 「な・・・急に何スか!?」 「だっておかしいんだもん」 「どういう風におかしいって言うんスか!?」 「だから・・・その・・・」 「何スか!?」 「えーと・・・」 「ハッキリ言って欲しいっス!」 「だから・・・な、なんかカッコ良すぎるんだって!」 「・・・・・」 「・・・・・は!(しまった、言っちゃった)」 そう、私が最近おかしいと感じていた違和感は彼がやたらとカッコイイと言うことだ。こんなことを友人や他人に言えば、 間違いなく惚気だと言われ、冷たく温かい目で見守られるだけ。しかし、そういった次元の話ではない。彼の最近のかっこ よさは私の中では異常なのである。かっこよさ、そして以前よりも感じられる色気。その色気はどこから拾ってきたのだろ うか、と言うほど彼は誘惑の固まりのような男性になってしまった。 「え・・・俺、元からカッコイイっスけど」 「・・・・・あ、そう」 「って、そうじゃなくて!・・・今、俺のことカッコイイって・・・」 「言ってない」 「かっこ良すぎるって・・・」 「そ、そんなこと言ったっけ〜?」 カッコイイ、イケメン、素敵、などといった褒め言葉の類を何回も、多くの人間から言われているだろう。なのに何故、そ んな嬉しそうなのか。そもそも私は彼をカッコイイと思ったことがそんなにはない。確かに客観的に見たらカッコイイのだ ろうがタイプではなかった。だから面と向かって彼の容姿について褒めたことはあまりない。滅多にない。そのせいか、自 分で言ったくせにこの頬が勝手に熱を持ってしまう。そう、今更なのに。熱を持つだけならまだしも、耳まで赤くなってしまう。 「ー!」 「わっ・・・!」 彼は持っていたボールを落として私に抱き着いてくる。部活中ということを理解していないのだろうか。そんなことはお構 いなしとでも言うように横から私を抱きしめてくる。他の部員さんは・・・彼という存在を理解しているのか誰も何も言わ ない。いや誰か何とか言ってよ、という私の言葉は喉の中で見事に消える。彼に抱き着かれながらも、笠松先輩たちのミニ ゲームの様子をデータにまとめている私の心臓はだいぶ強くなった。抱き着かれるのに、最早抵抗の意志さえ無駄な足掻き だ。 「好きな子から褒められるのがこんなに嬉しいなんて思わなかったっス!」 「見ーえーなーい」 「照れてるところも最高に可愛いっス!」 耳を塞ぎたい。これ以上彼の言葉を聞いたら私の身体は熱くなりすぎて燃えて灰になってしまう。笠松先輩、早く試合を終 わらせて彼に飛び蹴りという名の断罪を! しかし次の瞬間、彼は私から少し離れた。ああ、ようやく少し熱を冷ますことが出来る、と思うのは完全に甘かった。彼の 長い指が私の頬を滑り、髪を耳へかけられる。耳が弱いということを知りながら遇えてやっているのだ。今の彼の顔はいつ もの純粋な顔ではない。そういう計算を含んでいる顔だ。彼の指が耳に触れると身体は蝋人形のように固まってしまう。そ んな私の様子に彼はクスっと笑みを零した。それだけではない。怖いもの知らずなのか、顔を近づけてくるのだ。 「・・・」 「え、えええ、ちょっ」 唇には触れない。けれど限りなく近い。彼は私の耳に触れている反対の手で私の頬を包み込み親指で私の目の下をそおっと 撫でる。その動作ひとつさえも色気を孕んでいるのだから、全く嫌になる。彼と、その彼に容易く誘惑されてしまう私に。 「睫毛」 「・・・え?」 「睫毛ついてたっスよ」 ほら、と彼は私に睫毛を見せてくれる。ああ、本当だ。良かった、目に入らなくて・・・なんて暢気に思うことが出来たの は、もう色々熱くなりすぎて逆にクールダウン出来たからだろうか。いや、違う。これから一気に熱が上がるための準備段 階に過ぎない。 「キスされるかと思った?」 耳元で小声で囁くような言葉は、この世の何もかもを静止させてしまうのではないだろうか、と思ってしまうのは惚気であ り自惚れだろうか。冷めていたと思っていた自分の体温が一気に熱くなるのを再び感じ、彼のお腹に笠松先輩みたくパンチ をしてやろうと思った。 「大丈夫っスよ。ちゃんと後でしてあげるから」 しかし、そのパンチは不発に終わる。大丈夫って何だ。後でしてあげるって何だ。それじゃあ私が何か期待しているみたいじゃな いか。しかも「してあげる」なんて上から目線にも程がある。普段は何も考えていないように見えて、色々な人に懐いて誰にでも愛想の良いモデルの黄瀬くんはどこへ行った。少なくとも 今の彼は悪魔以下、小悪魔以上。 「ここでしたいのは山々だけど止まらなくなるから」 「な、何が・・・?」 「あれ、言っちゃって良いんスか?」 「う・・・」 だから後でね、なんて駄々をこねる子供をあやしているつもりだろうか。私の頭を愛おしむように撫でているのは完全に子供 扱いしているからだろうか。私は子供じゃない、これでも立派な女だ!女性だ!なめないで!と言ったところでもちろん彼に 敵うわけがない。 「そんなこと知ってるっスよ。もちろんが知らないところ隅々までね」 |
蜃気楼は
世界に微笑む
(彼は私の耳にひとつ、こっそりと鍵を渡すような口づけをした)