え?と黄瀬は聞き返したくなった。先ほど彼女から紡がれた言葉の意味が瞬時に理解出来なかったからだ。むしろ、自分 に言っているのだろうか?とさえも思うような言葉だったが、今この場には間違いなく自分とだけ、そう思った黄瀬はとうとう疑問の言葉を吐き出してみた。
黄瀬の部屋でくつろぐ事にも慣れているは、ベッドの上に足を伸ばして座 っており、クッションを抱えながら黄瀬が載っている雑誌を見ている。このベッドの持ち主である黄瀬は冷たい床の上だ 。そんな黄瀬がに顔を向けて話し掛けても、の視線は雑誌から離れない。




「だから、イケメンはすぐに飽きるのかもって思ったの」




先ほども聞こえた彼女の言葉は、どうやら聞き間違いではなかったようだ。同時に、自分が話し掛けても、雑誌から視線 を外さないなんて、まさか雑誌の中の自分に夢中なのではないだろうか?という甘い考えもひらひらと音を立てるように 儚く散った。




「え、何でそんなこと言うんスか!?」
「・・・相変わらずスゴイ自信」




黄瀬はもちろん自分の容姿には自信を持っている。なので、先ほどが言った「イケメン」という言葉はもちろん自分のことだ ろうと信じて疑いもしなかった。だからこそ、衝撃が大きかったのだ。もちろん、も黄瀬のことを言ったのだ が、こうも抵抗なく素直に反応されると少したじろいでしまうのだ。もちろん付き合いも長いため、こういう黄瀬の部分は理解し ているのだが、その度に何とも言えない気持ちになる。




「だって俺のこと言ってるっスよね?」
「うん、まぁ・・・」
「俺に飽きたってことっスか!?」
「いやいや、そうじゃなくて」
「じゃあ何なんスか!?」
「うーん、何だろ。カッコイイ涼太くんにはもう慣れたっていうか」




今ではこのように黄瀬の近くでくつろいでいるであるが、まだ友人関係だった頃や恋人同士になりたての頃は、も人並みに黄瀬のことをカッコイイと思っていた。少なくともこんな至近距離に黄瀬の顔があったら、間違いなく顔を赤 くしていた。黄瀬はその度に「うあああああ!可愛いすぎ!」と言ってに頬を寄せたり、顔に口づけの嵐を巻き起こしたりと、誰がどう見ても仲の良すぎる恋人同士だったのだ。それが月日が経つに連れて薄れていくのをは確実に感じていた。




「慣れた!?」
「うん」
「・・・そうっスか」
「え、何で!?良いことじゃない?」
「ちなみに慣れたって・・・具体的に言うと?」




黄瀬は聞かなくても良いことを口からポロっと出してしまったことに後悔した。確かに気を遣われたりするよりは、心を 許して一緒にいてくれるほうがもちろん嬉しい。いちいち自分が近づく度に動揺したり真っ赤になる、そんなとの関係も好きだった。けれど、気を遣わずに愛しいと思う瞬間が多々ある今のこの関係もたまらなく好きなのだ。それなの に、こんな事を聞いてしまったら、もしかして今後の関係に何か変化を齎してしまうかもしれない。そんな馬鹿みたいな事 を、口に出したあとに気づいてしまったのだ。




「うーん、一緒にいてもそんなにドキドキしないんだよね」




の言葉は黄瀬を奈落の底に突き落とした。確かに最近は距離を狭めても手を繋いでも、特に反応がない。 そんなことは黄瀬自身が一番よく分かっていた。しかし、こうも改めて本人から言葉に出されると、やはり何かしらの 衝撃は受けてしまうものである。自分の周りにいる以外のほとんどの女の子が、自分を見て頬を染めるというのに 、一体どうしたものか。黄瀬は自問自答した。答えなんて出ないかもしれないと思った一瞬だが、その脳裏の裏で存外 、簡単に答えが出たのだ。




「もちろん良い意味でだよ」




に全く悪気はない。しかし、黄瀬はそんなを苦しいほど抱きしめてやりたいと思うほど嬉しくなってきたのだ。 自分でも歪んでいるかもしれない、と思った時には既に口元が三日月に弧を描いている。そんな黄瀬にはまだ気づ かず、暢気に先ほどの雑誌を読んでいる。黄瀬がスプリング音を奏でながらベッドの上にやってきてもは反応しない。このままが黄瀬がくっついてきたり、頬にキスをしてくるかもしれないとは思いながらも、そんなことは日常的。驚きもしないし、ときめ いたりもしないのだ。




「ね、
「何ー?」
「キスしよ?」




拒む理由などない。は手慣れたように「ん」とだけ言い雑誌を置くと、それと同時に黄瀬が唇を合わせた。特にい つもと変わらない。触れ合うだけだ。ただ、違うことはわずかだが確かにあった。いつもは唇が離れたあと、黄瀬が「可愛いー! 」と何の変哲もない同じ言葉を生み出してに抱きつくのだが、今日はそれがなかった。若干不思議に思っただが 、特に疑問には思わない。しかし、黄瀬の大きい手が自分の首の裏に触れてきた時、いつもと違う行動、そして滅多に 他人に触れられることのないその場所に、冷たい感覚が襲ってきたのを感じ、流石に驚きを見せた。




「な、何・・・?」
「別にー。ただいつもみたいにに触りたいなーって思って」




いつもみたいではない。表情も行動も何もかも違う。いつもの屈託のない笑顔ではない。こんな黄瀬の表情は 少なくともここ最近見ていない。そう思っているうちに首の裏を触れていた手は頬へと移動し、爪の先と指で少し触れるように流れていく。もう反対の黄瀬の手は、の首筋、鎖骨へと移動し胸の間を数本の指が通過する。敏感なところへ近づいたからか、は身体を硬直させた。しか し、黄瀬の指はの胸のアンダー部分を下着のワイヤーをなぞるように撫でただけで、それ以上は進まなかった。 けれども、更に下には進み、今度は指だけでなく掌を使って腰を撫でてくるのだ。撫でられているその行為に、に戸惑いと羞恥心が何故か襲ってくる。









耳元でいつもより低く名前を囁かれれば、面白いようには身をよじらせる。だんだんと変わってくる彼女の色に笑いが込み上 げてくるのを抑えながら、黄瀬はの耳に唇をひとつ落とす。そういえば最近耳にはキスしていなかったかもしれな い、そうボンヤリ思いながら、ワザと音を立てて、その耳までも可愛らしいの心臓に矢を刺すように口づけをする。




「んっ」
「ねぇ、。今、ドキドキしてる?」




何も答えないに黄瀬は確信めいた笑みを、見せないように作った。先程まで「ドキドキしない」などと言 っていたこともあり、はこの問いには一切言葉を発さない。しかし、のその顔を見れば誰から見ても答えは分かりきっている。




「もう二度とそんなこと言えないように」




表情だけではない。黄瀬の服をきゅ、と小さく掴むその温度からも答えがわってくる。頭を撫で、頬にキスをすると、まるで 誘っているような誘惑に満ちた目を自分に向けてくる、と黄瀬は感じた。彼女があんな事を言ってくるから、顔を赤くさ せたくなる。全てはが悪いのだ、という表情を含み、悪戯に彼女の顔の上で唇を遊ばせる。




「たっぷりドキドキさせてあげるから、ね」




彼女が吐いている空気ごと奪って、背中に柔らかな衝撃を静かに与えた。





罪深さに
重度の眩暈を

(俺はいつもにドキドキしているというのに、全くひどい話だ)