「ねね、涼太くん!」
「何スかー・・・って近っ!」




黄瀬はに呼ばれて振り返ると、予想していたよりも近い距離に驚きを隠せなかった。 黄瀬の部屋で隣同士に座ってはいたが、お互い雑誌を読みながら、穏やかな時間を過ごしていたため、まさかの顔 がこんなに近くにあるなんて気づかなかったのだ。横を向いた瞬間、の好奇心に満ちたようなキラキラとした目 が黄瀬の視界に映りこみ、それは黄瀬の熱を上げるのに充分な魅力を持っていた。




・・・ぶっ!」




いつも可愛くて仕方のない彼女ではあるが、あまりのその愛らしさに、黄瀬は思わず自分も彼女の心を熱くするような 熱視線を送っていた・・・つもりだった。その目で彼女を見つめ、頬に手を伸ばそうとしながら最終的に目指すはの可愛いく ちびる。しかし、その道程は思ったより困難を極め、の白い両手に、むしろ自分の頬が挟まれてしまったのだ。 予想外、そして勢いよく頬を挟まれたことによってモデルとは思えない、情けなく不細工な声を出してしまう。




「ちょ、何するんスか!?」
「ねぇ、涼太くん」
「な、何?」




ジリジリと詰め寄ってくる彼女。自分にキスをさせないのに、距離をつめてくる。そして顔にはの両手。ああ、 これはもしかして誘っているのか。はきっと自分からキスをしたいのだろう。黄瀬は自分の愚かさに微塵も気づ く気配はなく、ならばこのまま待ってやろうと思った。いつも積極的ではない彼女が、まさかこんなに自分に愛をぶ つけてくるなんて、今日は何て幸福なんだ。黄瀬はそんな馬鹿みたいなことを考えている。




「スキンケアどうしてるの?」
「・・・え!?」
「その肌、モデルとは言えキレイ過ぎ!」




彼女のその、俺を誘惑する唇から紡がれた言葉はあまりにも予想外で、またしても情けない言葉を吐き出す。このまま 自分の唇との唇を重ね合わせてくれると思ったのに、そんな幸せな空想は儚く散った。 は「良いなぁ」と言いながら黄瀬の肌を穴が開きそうなくらい見つめ、手を使って撫でたりする。初めて自分の頬 を撫でられたその感触に、くすぐったさを覚えながらも、彼女はいつも自分に触れられている時こんな気持ちなのか、 と心を共有出来たことに静かに喜びを感じていた。




「別に・・・洗顔くらいはするっスけど、特に何もしてないっスよ」
「げー・・・それでその肌?もう犯罪だよ」




何を言うのだろうか。俺からしたらのその可愛らしさが犯罪だと言うのに。そうやって「はぁ」と小さくため息 をついている様子も可愛い。黄瀬はこの気持ちを伝えたくて仕方ないのだが、そんなことを言えばは照れてしま うだろうと思い、言葉には出さない。まだ、出さないのだ。を照れさせるのはまだ早い。そういうお楽しみはあ とに取っておくのが最高に楽しくて幸せなのだ。




だってキレイな肌っスよ?」
「ぎゃ!さ、触らないで!」




先程伸ばしかけた手を、もう一度の頬に伸ばそうとしたところで、その手は弾けるような音を立てた。が黄瀬 の手を叩いた音だ。初めての拒絶に、した方のもされた方の黄瀬もお互い戸惑っていた。いや、戸惑っていたのはだけで、黄瀬はただ口元に静かに笑みを浮かべている。それに気づいたは自分の血の気が一気に引くのを 感じ、何か言葉を出そうとするがなかなか上手い言葉が出て来ない。




「え、えっと、その」
「ずいぶんヒドイことするっスね」
「な、何で笑ってるの?」
「さぁ、ね」
「ちょちょちょ!ちょっと待って!これにはワケがあるの!」
「・・・ワケって何スか?」
「い、言いたくな・・・ん!」




言いたくない、と言うの唇を黄瀬は言葉ごと飲み込むようにキスをする。唇が離れる瞬間に何か言おうとする の言葉さえも飲み込む。まるで言葉を吐き出すことを許さないようなその口づけ、これではどっちに進んでも逃れ る道がない、とは静かに察した。黄瀬の肩をとんとんと叩くと、少しだけ距離が開き、ようやく解放された。しか し、相変わらず頭の後ろには黄瀬の手が回っており、これ以上離れることは許されないようだ。




「言う気になった?」
「言いたくない・・・」
「じゃあキスするっスよ?」
「それじゃあ言えないじゃん!」
「言う気ないんスよね?」




そう言って黄瀬がの頬にちゅ、とリップ音を立てて撫でるように口づけをしていくと、は面白いように「あ わわわわわ」と言いながら慌て始める。彼女が「キスをしていたら言えない」と言うだから唇にはしないであげている というのに、全く困った恋人だ。と心の中とは正反対に黄瀬の唇はどんどん弧を描き、の頬や首筋に花を咲かせ るように口づけをしていく。そして、それがの耳に来た瞬間、は今までにないくらいの動揺を見せた。




「ひゃ・・・!ストップストップ!」
「えー・・・やだ」
「うわあああん、お願い!」




は泣きそうな顔で黄瀬を見つめたあと、ボスっと黄瀬の胸元に顔を思いっきりスリスリさせながら押し付けてき た。「ヤバっ!超可愛い!」と言いそうになったのを黄瀬は何とか必死で抑えた。幸い、も顔を押し付けているため、黄瀬は 自分の顔を見られていないことに安心した。それほど自分の顔は熱を持ってしまったのだと思う。




?」
「・・・ちゃったの」
「え、何?」
「出来ちゃったの、ニキビ」
「・・・ニキビ!?」
「そう、おでこにポチンと」




は黄瀬と付き合いも長いため、彼の行動をよく分かっている。雰囲気が甘くなってきた時、まず頬を撫でるよう に触れ、唇同士を軽く触れ合わせることを何回かする。そして、その唇は頬へ移動し、首筋、耳と流れるように花が咲く。 その唇はまた頬へ戻っていき、鼻の頭、そして普段は下ろしている前髪を上にあげられ額にもキスをされるのだ。それが通常 の流れ。普段は前髪を下ろしているため、額にニキビがあるなんて他の人間からは分からないが、その閉じられたカ ーテンを容易く開けてしまう黄瀬は誤魔化すことが出来ない。そのため、触れられること自体を避けていたのだ。




「あははははははは!」
「ちょっと!涼太くん!」
「ごめ・・・可愛い過ぎて・・・くくくくくく!」
「もう!私は真剣に悩んでて憂鬱なのに!」
「大丈夫っスよ。そんなのあってもは可愛いから」
「イケメンで肌がキレイな涼太くんに言われても・・・」




改めて黄瀬の顔を見たは、お世辞抜きにしても自分の彼氏だということを除いても、やはりカッコイイと思ってしま った。は何だかとても悔しい気がした。何もしていないのに、存在しているだけで自分の頬を赤く染めてしま う彼に。せめて、この赤く染まってしまった顔と心が見つかりませんように、無駄な悪あがきと理解していながらも顔 を少しだけ背ける。そうするとの耳には、また黄瀬が笑う音が静かに聞こえた。頬をつんつんと人差し指でつつか れ、は目線だけを黄瀬に向ける。




「・・・何?」
「その可愛い顔こっち向けて?」
「可愛くないし・・・しかも今ニキビあるから余計不細工だし」
はもっと自分に自信持てば良いんスよ」
「涼太くんみたいに?」
「まぁ、そっスね」
「無理!」
「無理って・・・はニキビがあろうがなかろうが、可愛いんスから」
「うう、もう言わないで・・・」




耳が溶ける!と思ったは自分の両手で耳を塞いだ。そして全く意味がないと分かっていながら目も閉じた。 これ以上、可愛いだなんてそんな身も心も溶けてしまうような言葉には堪えられなかった。このままその甘い囁きを 聞いてしまったら、絶対黄瀬に甘えきってしまいそうな気がしたから。しかし、黄瀬はのその固い檻をいとも簡単 にこじ開ける。否、こじ開けるという表現は正しくないかもしれない。黄瀬はのその耳を塞いでいる手をそっと 剥がすと、が目を開ける前に耳元で誘惑の言葉を重ねる。




「大丈夫、俺がその分ちゃんと愛してあげるから」




次の瞬間、くちびるに愛を与えられながら、そのキレイな肌の全てがゆっくりと重ねられようとしていた。