黄瀬涼太という人間は優しく人気者な存在である、とは思っている。そんな恋人がいて最高に幸せだと も思っている。しかし、それはあくまで「思っている」というだけで、例えば他人に「2人は本当にラブラブだよ ね!」などと言われて、自信を持って即答出来るほど確証はない。幸せなことは幸せではあるけれども。
黄瀬はにだって優しいし、もちろん以外の人間にだって優しさを見せる。ファンの女の子にも優しく接しているし、謙虚な面も持っているの で部活の先輩たちからも可愛がられている。容姿オッケー運動オッケー、だからと言って気取って調子に乗っている わけでもないので、同性の友人だってそれなりにいる。が思っているだけでなく、人気なのは事実である。周囲から見れば贅沢すぎる恋人なのだろうが、には最近感じる不安がたまらなく怖かった。




「涼太くん、そろそろ練習切り上げたら?」
「えっ・・・」
「もう21時だよ。先輩たちも全員帰っちゃったし」
「マジっスか!?てゆーか、ごめん!待たせてるっスよね!?」




こういう時でもを待たせている、ということに対して気遣いが出来る黄瀬はやはり優しいのだろう。いつも、 練習後は疲れているというのに必ず自宅まで送り届けてくれるので、には何ら問題はなく、むしろ申し訳ない、 ありがたいという思いしかなかった。「あちー」と言いながら流れる汗をシャツで拭く黄瀬に見とれながらも、タ オルを差し出すと人懐こいような笑顔で「ありがとっス」と言われれば、その色気と可愛らしさの両方に、付き合 っているとは言え、ドキドキしてしまう。

と黄瀬は体育館の片付けと戸締まりをしたあと、部室へ向かう。黄瀬が着替えている時間を使っては部誌を書くのが日課となっていた。最初は、すぐ傍で着替える黄瀬に、恥ずかしさと戸惑いを感じていたが、今 ではすっかり慣れてしまっている。そもそも運動部のマネージャーをしていれば、男性の上半身裸を見る機会も少 なくはないので、特に何も感じなくなっていたのだ。が部誌を書いていることもあり、黄瀬自身も特に何も感じず普通に着替え始めている。




は本当マメっスねー」
「うわっ!急に後ろにいるからびっくりした・・・」
「んー、一生懸命部誌書いてる見てたら可愛いなーって」
「そ、そんなことで可愛いなんて思わなくて良いから!」
「耳赤いっスよ」
「うるさい!」




一見、普通の仲の良い恋人同士。けれども、どんな恋人同士にも悩みや不安というものは微かにでも存在する。 そして、そんな悩みを静かに抱えていて、いつか解決するのだろうか?という疑問が余計に不安を募る。不安は 心を突き抜け、その小さな嘆きがの指先に表れてしまった。今までスラスラとペンを走らせていたの指が、ピタリと止まったのだ。ただし本人に自覚も意識もない。黄瀬だけがそのことに気づいたのだ。




?」
「・・・」
!!」
「わっ・・・!え、何?」
「どうしたんスか、急にボーっとして」
「あ、別に何もないよ」
「嘘」




の「何もないよ」という言葉とほぼ同時。それくらい早く黄瀬から鋭く言葉を刺された。鈍いように見えて、 何も考えていないように見えて、黄瀬には鋭いところがある。は自分が今考えている、抱えている下らない思いを黄瀬に気づかれたら、嫌われてしまうのではないか、という不安を感じているため、難しいとは思いつつも、 そんな黄瀬をかわそうとしていた。こういう時は空気を断ち切るのが良い。部誌はとりあえず書き終えているので 、あとは黄瀬に早く着替えさせて帰ろう。そして、そのままこの小さな悩みは家に持って帰ろうと思った。




「ほら、涼太くんシャツのボタン閉めて。早く帰ろう?」
、何か俺に隠してない?」
「別に。何も隠してないよ」




間違いではない。隠し事をしているかと言われればそれとはまた少し違うのだから。は平静を装い、椅子からガタっと立ち上がって、自分もロッカーの中に入れている鞄を用意する。その動作の流れで、黄瀬に早く帰ろうと いう合図をしていたつもりだった。けれども、その合図は無残に散る。自分の後ろに何か気配と影を感じたは、後ろをそっと振り向くと、そこには黄瀬がおり、の腕を掴んでいた。決して強くはないけれど、弱くもない。 振りほどこうと思えば出来るのだろうが、不思議と振りほどけない。まるで金縛りにあったかのように動けない体 が憎らしいが、それよりも黄瀬の目に吸い込まれそうだった。




「言って?」
「だから何もないって・・・」
「言ってくんなきゃ離さない」




ああ、これは本気の目だ。そうすぐに理解出来た。何も話そうとしないに寂しさを覚えているのか、どことな く悲しさを醸し出している黄瀬のその目は、にも躊躇いを与えた。本気で離す気がないのだろう、と感じたは黄瀬と視線を合わせるのが怖くなり顔を下へ向ける。そして床と喋ってるかのように、ポツリポツリと 言葉を吐き出した。




「・・・くって」
「え?」
「最近、本当の涼太くんが分からなくて」
「どういうことっスか?」
「みんなにも優しくて、人懐っこかったりカッコ良かったり」
「・・・それで?」
「でも、たまに女の子の相手に疲れてそうだったり」
「・・・のことで疲れたことはないっスよ」
「そうかもしれなくても・・・でも」
「何?」
「そうやって色々頑張ってるから・・・私のこと本当に好きなのかな、とかも思ったりしちゃって」
「・・・何スか、それ」




自分に自信がないだけだった。それを黄瀬のせいにしてしまったような雰囲気になってしまい、は言ったあとで後悔した。黄瀬はには基本優しく接しているし、もちろんのことを鬱陶しく思ったこともない。意見の 食い違いがあった時でも、ちゃんと自分の意思を伝えていた。それはも同じである。だから2人は喧嘩だって したこともある。そう、2人は対等だったのだ。お互い、本気で向き合っていたのだ。それをが一人で勝手に誤解していただけなのである。




「じゃあ・・・本当の俺、分からせてあげる」




先程のの言葉は、黄瀬を少しばかり落胆させた。今まで示していたつもりのたくさんの愛が、へは全く伝 わっていなかったのだろうか、と黄瀬は自分に対しても悔しくなると同時に、物悲しさを覚えた。なら、一体どう しろと言うのか。あれだけ他の女の子には見せない、本当の自分を見せてきたというのに。全てを晒してきたとい うのに。いや、全てではない。我慢している部分はたくさんあった。




「え、ちょ・・・!んっ・・・」




もう片方の腕も黄瀬に捕えられたは、そのままロッカーに押し付けられ、情熱の固まりの愛を受ける。情熱、 というほど神聖で麗しいものではなく、溢れてしまった愛という名の欲望を押し付けている、と言ったほうが適性 かもしれない。ロッカーに背中が当たった時に生じたガタンという音が、自分の何かをはじけさせたように黄瀬は 感じた。今までもこうして2人きりの時に部室でキスをしたことは何回かあった。けれども、それは本当に可愛ら しいキスで、ここまで愛を表現する口づけをされたことはなかった。




「・・・っ」




息継ぎのために何度か離される唇が憎い。酸素を吸わせてくれたかと思えば、またすぐに塞がれる唇。優しいよ うに見せかけて優しくないのだ。口内で奏でられるその音が、の身体をより熱くさせる。敵わないと分かって いながら黄瀬の身体を押し返そうとする。けれど、シャツのボタンが閉まっていない黄瀬の肌を直に触れることに なってしまい、またその熱さに伝染するかのようだった。




「・・・っ、はぁ」
「確かに、は俺のこと分かってないっスね」
「・・・」
「でも、の言う通りでもあるっス」
「・・・え?」
「俺、本当はいつもこういう風にに触れたくて。でも、すげー頑張って我慢してるんスよ」
「え、っと・・・?」
に嫌われたらヤダから、我慢して・・・」
「・・・そうなの?」
「そうっスよ」




先程の自信が溢れるような熱い口づけとは違い、少し不安げな声を出しながら、との隙間がないようにぎゅ、 と抱き着いて来る黄瀬がには愛おしく思えた。同時に、自分のことを本当に大事に思ってくれているんだ、と いう安堵感。自分よりも大きい身体に抱き着かれながらも、手を伸ばして黄瀬の頭を撫でてあげると、黄瀬はを抱きしめる力をより強めた。




「俺、の前では優しくてカッコイイ男でなんていられない」




滅多に見ない弱気の黄瀬に対して、が「そんなことない。涼太くんはどんなになっても素敵だよ」と言うと、 黄瀬はを抱きしめていた力を緩め、の顔を見た。そこには予想外に顔を林檎よりも熟した苺よりも真っ赤 にさせているが目に入り、愛しさが爆発するようにもう一度キスをする。恥ずかしいながらも、嬉しさのほう が大きいため、も顔を綻ばせて自然と笑顔になる。




「・・・不安なくなったっスか?」
「うん」




もちろん黄瀬との恋人関係に完全に不安がなくなったわけではない。けれども、黄瀬に愛されているという事実が少 しでも分かっただけで充分幸せになれるのだ。




「なら、」




うっとりしてるのも束の間。黄瀬の指によって、髪を耳にかけながら触れられると、少しばかり身体が硬直する。 そんなの様子に気づきながら、黄瀬はより距離を狭め耳にわざと音を立ててキスをする。から甘い声が一瞬だけ聞こえると、黄瀬は形の良い自身の唇の両端を上げて囁く。




「今まで我慢してた分、遠慮なく愛させてもらうから」




今までとは比べものにならない愛をようやく育めるのだ。





裸に彷徨う
クレッシェンド

(あーもう!超幸せなんスけど!)