温かくて甘いココアと熱くて苦いコーヒーを同時に並べた時、ほんの少しの差を感じでしまうことが時折ある。 年齢は同じはずなのに、大人と子供のような差がどこかにあるのではないかと自分ひとりで勝手に感じてしまう のだ。いつも余裕の無い私を楽しむように笑うその醸し出される雰囲気は、とてもじゃないけれど同じ 年齢、いや人間だとは思えないのだ。




「はい、コーヒー」
「どうもっス」




まるいテーブルの上にコップを置き、彼の部屋に少し不似合な可愛いクッションの上へ座る。 彼が私のためにと用意してくれたお気に入りのクッションは、私が静かに座ると重みで形を歪ませた。その横で少し 熱いコーヒーを少しずつ飲む光景でさえ、彼は優雅さを纏っているから 不思議だ。何をしていても絵になるとは正に彼のことだろう。普段は子供っぽい、愛嬌がある姿を見せることもある くせに、こうして砂糖もミルクも入れずに、しれっとブラックコーヒーを飲むあたりが、彼の本質を物語っている ような気さえする。換気のために開けていた窓から入る風が少し肌寒くて、でも彼の隣にいるだけで火照って しまいそうなこの身体には、ちょうど良い刺激なのかもしれない。




、」
「ん?」
「ここ来て」
「ここって・・・?」
「こーこ」




そう言いながら、彼は自分の脚をポンポンと叩いた。私にここへ来いという導きをしているつもりだろう。どうし てそこへ?という疑問と、肌と肌がくっついてしまいそうな程の至近距離に重度の躊躇いと恥じらいは生まれるが、断る理 由はもちろんないため、大人しく彼の脚の間へ自身を移動させた。クッションにはなかった温かさを背後から感じ、ひと りでは決して味わうことの出来ない安心感に、柔らかく包まれているような気がする。お腹に手を回されたので 流れるように背中を預けると、それはもうクッションなんかとは比べものにならないほど、とても心地の良い居場 所になった。先程のクッションは悲鳴を上げて形を歪ませたが、彼はむしろ私の重みと温度を感じてくれている ようだった。




「どうしたの、急に?」
「寒いから」
「私で暖を取りたくなったの?」
「違うっスよ。を温めたくなったんス」




彼は気付いていたのだろうか。私のココアが温かく、彼のコーヒーは熱いということに。少しの差であるものの、 私が飲んでいたココアの温度が低いということに。先程キッチンに立っていた際に、彼のコップは前もってお湯を 注いで温めていたが、自分のコップは温めなかった。元々お湯をそんなに沸かしておらず、とにかく彼に早くコーヒーを持って行ってあげたい、彼の隣に早く行きたいという私の完全な自己満足である。 彼はそんな些細なことにさえ気付いたというのか。真相は分からないが、私の胸がじんわりと熱くなったのは間違いな い。
それでも彼が風邪を引いたら大変だ。お腹に回された手をそっと解き、窓を閉めに行ったのに、それだけで彼はま るで「早く戻って来て」というかのような瞳で、私をひたすら追ってくる。そんな視線を感じながら、 もう私の定位置かとでも言うような彼の脚の間に再び座り込む。ふう、と一息ついたのも束の間。首筋に温かい感触が宿る。




「うわぁ!急に・・・何!?くすぐったい!」
「えー、だってに少しでもくっついてたいんスもん」
「そ、そっか」
「かわいー、照れてる」
「照れてない!」




彼の黄色い髪が、彼の唇が、彼の息が私をくすぐる。おそらく真っ赤であろう私の耳元で、囁くように甘えるよう な言葉を吹き込んでくるから本当にタチが悪い。けれども、そのタチの悪さにときめきを感じてしまっている自分は もっとタチが悪いのだろう。




ってさー、あんま甘えたりしてこないっスよね」
「そ、そうかな?」
「んー・・・何かちょっと寂しいっス」
「・・・え!?」
「俺だけがのこといっぱい好きみたいで」




目から鱗だった。彼が私を愛してくれていることには、自惚れかもしれないけど理解しているし、もちろん満足している。 今みたいに、いつもこうして抱きしめてもくれるし、デートをした時は手だって繋いでくれる。キスだってしてくれるし、 「好き」とも言ってくれる。けど、よくよく考えると私はどうだったのだろうか。何でもかんでも「恥ずかしい」 という狡い理由を使って、常に受け身の状態で自己満足していた。そういえば彼に「好き」と最後に言ったのはい つだっただろうか。そもそも言ったことがあるだろうか。もちろん好きとは思っているのだ。それが喉で引っ掛か って言葉にならないだけで。それに、まさかそのことに対して彼が少なからず不満に思っていたなんて考えも しなかった。彼はきっと「不満」とまでは言わないだろうけれど、少しの物足りなさを感じているのかもしれない。 そして、それを感じさせているのは紛れもなく私だ。




「そ、そんなこと・・・」
「ないって?」
「う、うん!」




真剣さを伝えるために身体の向きを変えると、予想外の顔の距離に少しばかり驚いてしまう。けれども、いつの間にか今度は私 の背中に彼の腕が回っていたため、逃げ出すことなんて出来ない。今度こそ出来ない。
いつも彼の端正な顔立ちには、とてもじゃないけれど敵わないような気がして、出来るだけ彼の顔を見ないように していた自分に、今更気づいた。それに彼の顔を見なければ、自分の顔だって見られない。恥ずかしがって真っ赤になって、そんな みっともない顔を見せなくて済む。そんな下らないことばかり考えていた。




「何慌ててんスか?」
「だって・・・近い!」
「近いほうが良いじゃないっスか」
「そ、それはそうかもしれないけど」
「ねぇ、本当に俺のこと好き?」
「ほ、本当だってば」




近距離での尋問に心臓が激しくざわめいている。こうして私ばかりが慌てて顔を真っ赤に染めて涙目になることで 、どうか理解してもらえないだろうか。そんな間抜けな私が彼の瞳に映っているだけで、実際はどう思われている かはもちろん分からない。




「じゃあ、キスして?」




また言葉が喉で止まる。時と息が止まってしまったような感覚に襲われるのだ。耳に吹き込まれた言葉は脳に響き 、心を撃ち、全身を火傷させる。何と言われたかハッキリと理解しているくせに、もう一度聞きたくなるこの感情 は何故生まれてしまうのだろうか。例えここで聞き返したとしても、どうせまた同じ言葉を紡がれるだけ。そしてまた身 体が熱くなるだけ。無駄な抵抗は本当に無駄である。




「あ、あの・・・」
「ん?」
「えっと・・・」
「ほら、ちゅー」




ほら、と言われて容易に出来るくらいならとっくにしている。こんな至近距離にいて、彼は私の心臓が破裂しそうなほど 鳴り響いていることに気づいていないのだろうか。否、絶対気づいている。彼は気づいていながらそういうことを楽しむような 人間なのだ。その証拠に彼の顔は私と全くの正反対で、まるでプレゼントを貰う子どものような顔をして いる。




「わ、分かった!分かったから・・・目閉じててね。絶対開けないでね?」
「はーい」




何と素直な返事だろうか。これが本当に子供だったら可愛くて仕方ないが、今私の目の前にいるのは意地悪な男の 人で、でも大好きな人である。ただ唇と唇を重ね合わせるというだけの行為なのに、自分から行うというだけでこ んなにも神経を使うものだったのか。
意を決して、彼の肩の上に手を置いた。目を閉じている彼の顔はやはり綺麗で、睫毛なんかも私より長いんじゃな いだろうか、肌は私よりきめ細かいんじゃないだろうか、唇は私よりも色が綺麗でふっくらしているんじゃないだ ろうか。そんな事を考えさせられる彼の魅力は、やっぱり特別だと感じるくらいすごい。
震える感情を抑え、彼の唇に自分の唇を重ねる。でも、それは本当に一瞬でしか感じることの出来ない感触と温度で 、唇が離れるとどこかひんやりしたような気がして寂しい、だなんて本当に我が儘も良いところである。あまりに も恥ずかしく、自分の顔を両手で覆いながら彼の胸に顔を埋めることで、この熱に侵された顔を隠すことにした。




「は、恥ずかしっ・・・」
「よしよし。よく出来ました」
「うう・・・緊張した」
「うん、頑張ってくれたの分かるからめちゃくちゃ嬉しいっス」
「・・・うん」
「分かってくれた?俺もにキスする時、すごくドキドキするってこと」
「え、涼太くんも!?」




頭の上に置かれた彼の手は、いつもより安心出来る温もりがあり、それだけで幸せになれそうなものだった。頭を 撫でられれば、幸せが流れ星のように私に降り注ぐ。彼もこの甘い余韻に浸りながら、私と同じよ うに幸せを感じてくれているのだろうか。




「そりゃあのことが好きで仕方ないっスからね」




こういったストレートな言葉を与えてくれることに対してはドキドキしないのだろうか。言われた私ばかりが相変わらず熱を持って しまい、むしろ私の方こそ何だか悔しい。何と答えれば良いか分からず、でも嬉しいという気持ちは伝えたい。彼に抱き 着くという在り来りな手段で少しでも想いを伝えたかった。




「でも、やっぱり足りない」
「何が?」
「俺がいつもあれだけキスしてるのに、それを覚えてくれてないっスね」
「・・・え?」




先程までは甘い雰囲気に浸っていたというのに、流石はモデルというべきだろうか。表情が一瞬で変わった。 甘くて優しい顔から、キスをする前までの意地悪な顔に。表情が流れるようなその移り変わりに、頭の中で警鐘が鳴り響くと 同時に心臓が激しく鼓動する。彼といるとこういう場面に遭遇することが多く、その度にどうすれば良いか分か らなくなるが、結局はいつも彼に飲み込まれる。




「俺達のキス、また一から教えてあげる」




そう、結局はいつも通り。彼の唇の熱を与えられ、冷めることを知らない世界へただ招待されるのだ。





罠に笑えば
幸せが泣く

(覚えてくれるまで、何度でもしてあげるから)