初めて、人並みの感覚を味わったと思えた。
まるで柔和なメロディーを奏でながらやってくるその笑顔は、本当に幸せそうだったから、その笑顔を向けられる自分 も自然と幸せになれた。それはただの錯覚と言われればそれまでだが、錯覚でも幻でも何でも良い。それでも幸せだ と思えるのだから。けれど、ここ最近それが憎たらしくて仕方がないように感じる。苛立ちと憂いと哀しさが 、妙に俺の心臓を内側から激しく叩くのだ。少し距離がある脳に届けと、警報を鳴らすかのようなその音は、俺の 気分をより害する。




「それでね、テツヤくんがまたみんなでバスケしたいですって言ってた!」
「ふーん・・・」
「あ、しかもその後に何と大輝くんとも偶然会ったんだよー」




何がそんなに嬉しいのか俺には全然理解が出来ない。何でそんなに嬉しく話すのか全く分からない。何で、彼女が 街で偶然黒子っちと青峰っちに会った話を聞かなきゃいけないのか分からない。分からないって言っても、彼女は そんな俺を分からないって言うんだろうなぁって思うと、自分でも自分が余計分からなくなった。
自分で言うのもアレだが、割と何でも(勉強以外は)出来るしこういう性格だからか、普段そんなに苛立ったり怒 りを露わにすることは今まで滅多になかった。露わに、と言ったが密かに心の中で生んだ記憶もない。だから こそ、今の自分が余計分からなくなるのだ。




「何か二人ともそんなに変わってなくて安心したー」
「へー・・・」
「あ、でも何か二人には私変わったってすごい言われた」
が?・・・何で?」
「自分でもよくわかんない。私、変わった?」




はぁ?と思ってしまった自分は心底性格が悪い。元は俺だけが使っていた大きめのクッションが、今ではすっかり 彼女専用となっており、おまけに彼女の全てを包んで支えているようで、それさえも腹立たしい。近頃は自分の部 屋なのに、がいないと自分の部屋じゃないようにさえ感じるこの空間でさえ、鬱陶しい。何でこんなに苛立つ のか分からない。の発言ひとつひとつにさえ腹が立つ。
変わったか、だって?そりゃあ昔に比べれば、そ れはもう大層変わった。帝光の頃はまだあどけなくて素朴でそんなに目立つような子じゃなかった。もちろんそれ でも俺は充分可愛いと思ってた。けど、卒業して俺の傍にいてくれるようになった頃から少しずつ変わっていった 。中学から高校、高校から大学、大学から大人、こういう環境の変化の際に女の子は大胆に変わるとよく聞く気 がする。彼女もその典型だった。少しばかりメイクを覚えて、髪にも気を遣って、でも性格は昔と変わらない。そ んなの可愛いから可愛過ぎるになるに決まってるじゃないか。は今でも目立つ存在というわけではないが、陰で他の男たちの話題になっていることを俺は知っている。 派手さはないけど、が実はモテるということも俺は知っている。そのことを実感する度に苛立 ちが加速するのだ。




「どーだろ。俺はわかんないっスけど」
「ね、別に変わってないよね」
「・・・ねー、
「何?」
「こっち来て」




を自分の膝の間に座らせ、後ろから抱きしめた。にっくきクッションから、を包むその役割を奪えたよう で清々した、なんて馬鹿げていると自分でも思う。急に抱きしめられたは、最初は少し驚いていたようだが、 やがて落ち着くように俺に背中を預けてきた。それが俺にとってもすごく落ち着くのだ。あー・・・このまま時間 が止まってしまえば良いのに、なんて子供じみたことを思ってしまうのは悪いことだろうか。




「あ、そうそう。それで大輝くんがね・・・んっ」




いや、悪いのはじゃないか。だって俺がここにいるのに、傍にいるのに、に触れてるというのに、そうや って他の男の話ばっかりするんだから。そんなの口なんて、こうやって塞いでしまえば良い。他の男のことなん て一瞬でも感じさせないくらい、とろけるように唇を弄んでしまえば良い。ほら、微かに漏れて来るの吐息が 答えを出している。の頭の中には今、俺しかいないはずだ。それで良い。




「・・・涼太、くん?」
「ん?」
「どうか、した?」




そんな潤んだ目でこっちを見ないで欲しい。そんな頬を赤く染めて見ないで欲しい。「別に、どうもしないっス よ」なんて在り来たりな言葉を置いて、の首筋に顔を埋めた。どうしてってこんなに良い香りがするんだろ う。さっきまで俺の身体を蝕んでいた苛立ちが、癒されていくようだ。でも、やっぱり何も分かってないに腹が立つ。




「嘘!・・・何かテツヤくんたちと会ったって話した時からちょっと違うよね」
「そうっスか?」
「そうだよ」
「別に・・・、ただちょっと」




いや、にじゃない。本当は全部自分に腹が立ってるんだ。
ようやく全部理解した気がした。ちょっと、寂しかったんだ。が俺を置いて、他の男の話をしてることが。 寂しくて腹が立って苛立った。そして気づいてないフリをしながら本当は心のどこかで気づいていたのかもしれ ない。これは「嫉妬」なんだと。話ではよく聞くけど、今まで嫉妬なんてしたことがないから分からなかった。 恋愛だけじゃない、他の面においても誰かに嫉妬することなんてなかった。だからこれが嫉妬だと気づくまでに 、やたらと時間を要してしまったのだ。おまけに男の嫉妬なんて見苦しい、特に恋愛面での嫉妬なんて下らなく て愚かだと思っていたのに、まさか自分がそんな感情を抱くなんて。




「妬いたかも」




みんなに幸せを与えるその笑顔にだって嫉妬だ。どうせその笑顔で黒子っちや青峰っちと楽しく話をしたんだろ? そんな可愛くて愛らしくてたまらない笑顔、俺だけに見せてくれれば良いのに。なんてこと、我が儘だってもちろ ん分かってる。でも、理屈じゃない。世の中の男が馬鹿だって言われる理由が改めてよく分かった気がする。
は目を大きくして少しばかり驚いていたようだが、すぐに機嫌よく鳥が優しく鳴くような声で笑った。ああ、そんな 声も可愛いなぁなんて重症だ。もしかしたら俺に呆れて笑ったのかもしれない。でも、それでも良いと思えるくらい 、俺にとっては幸せな声だった。




「げんなりしたっしょ?」
「・・・ううん、安心した」
「え?」
「涼太くんも普通の男だったんだね!」




今度は俺の目が丸くなった。そうか、普通の男か。男はみんなこんな想いをしているのか、大変だなと、人事のよ うにぼんやり思った。でも、同時にそういう想いをさせてくれる女性と出会えるのは幸せなことなんじゃないだろうかって思った。 だって俺は今までそんな想いを微塵もしてこなかったんだから。出来なかったんだから。そこまで恋人に、に夢中になれるということが、こんなにも胸が張り裂けそうで、苦しくて、寂しくて。でも、楽しくて幸せだなんて。そんな今まで経験した ことのない想いを感じさせてくれることに、嬉しさと感謝が生まれた。




「俺にそんな想いさせるの、だけだし」




彼女の身体を正面に向かせて啄むようにキスをする。ちゅ、と鳴るその音に恥じらいを感じたのか、彼女の頬は再 び薔薇のように赤くなった。その移り変わり様が楽しくて、唇だけじゃなく頬や額、耳など色々なところに唇を落 としていくと困りながらも照れさを増していくがまた可愛い。さっきまでの苛立ちが全て緩和されていくように感じた。そうか、嫉妬したらこうして更なる幸せを感じて、醜い感情を破壊していけば良いのだ。




「まぁ他の男の話なんかするな、とまでは言わないっスけど、」




それなら嫉妬も悪くないかも、なんて思ってしまう自分はやっぱり浅はかだなと思ってしまうが、も何だかんだ 言って嬉しそうに笑ってるから良いか、と楽天的な自分が出てくる。それに、何より嫉妬出来ることに少しばかり嬉 しさを感じて仕方ない。世間では馬鹿にされ忌み嫌われるこの感情だけど、俺は少しだけ程良くなら大事にしていき たい、そう思った。




「そしたら多分またキスしちゃうから」





地中から
星屑のかけら

(まぁ、そうじゃなくてもするけど)