ふと、自分が女の子に生まれていたらどうなっていたんだろうと考えた。例えばメイクを勉強したり、スキンケ アを頑張ったり、ダイエットに励んだり。モデルという仕事をやっているおかげか、普通の男よりもそういった女 の子特有の努力には詳しいつもりだ。何より撮影時には男の自分だってメイクをしてもらう。それ故、メイクの効 果も充分実感しているが、他人にメイクをしてもらう俺とは違って、やはりその効果を自分で発揮する世間の女の 子はすごい。おまけにメイクを落とすその行為でさえスキンケアだというのだから、一体いつ気を抜けるんだろう と勝手ながら心配になる。


「いつも大変そうっスね」
「そんなことないよー」


 も世間の女の子と同じようにメイクをし、夜には落とし、朝を迎えると再びメイクをする。いつも俺の家に 泊まりに来ると、必ず鏡の前でメイクを落とし、パタパタと化粧水やら色々なものを肌につけてスキンケアをして いる。俺はいつもそんなをベッドの上で寝転がりながら肩肘をついて眺めている。何も覆われていないその素 顔は、肌の白さを主張しており仄かに色っぽさと艶っぽさを強調させる。おまけに寝る前なので、大抵はショーパ ンに半袖だったりキャミだったりと、肌の露出が多いせいか、俺ともあろう者が毎回ドキドキさせられる。


ー、早く隣来てー」
「あと乳液だけだからもうちょっと」


 ちょっと甘えたようにねだっても、はとにかくスキンケアに夢中だ。自分を磨くために努力しているの 姿を見るのは何とも微笑ましいし、尊敬もする。何故か俺が誇らしく感じるのだ。
 肌をパンパンと叩き、乳液とやらを肌に浸透させているのだろうか。普段は隠されている額が、前髪を上げてい るおかげで曝されているのがまた何とも可愛らしくあり、自分だけの特権に思える。


「お待たせー」
「もうー、待ちくたびれたっスよ」


 ベッドに上がってきたをぎゅうと抱きしめて頬に唇を落とす。ファンデーションを塗っているほうが肌はキ レイに見えるのかもしれないが、何もしていない今の状態でも、俺からしたら充分ツヤツヤだしサラサラだし、何 よりやわらかい。はよく「近くで見ないで」なんて言っているが、俺が頬や額にキスをするとなかなか嬉しそうで、それがまた可愛らしい。
 けど、この俗に言うすっぴんと言われる状態を見せてくれるまで、一体どれくらいの時間が掛かっただろうか。 今も多少恥ずかしがってはいるものの、すっぴんを俺に見せるのにもかなり慣れてきたようだ。最初はとにかく恥 ずかしがって「目は小さくなるし眉毛はなくなるし肌はみかん」なんて言うから、どんなもんだと思っていたが、 案外そうでもなかった。確かにメイクをしなければ華やかさには欠けるかもしれないが、すっぴんでも可愛いと思 えるのはやっぱりだからだろうか。それにが恥ずかしがってるところを、わざと意地悪くからかう事も密 かな楽しみだったりする。何より、彼女のすっぴんを見れるのは自分だけだと思うと、この上ないくらい優越感を 感じるのだ。


「じゃあそろそろ寝よっか」
「うん。おやすみなさい、涼太くん」
「おやすみ、


 おやすみの時に、こうして自分の腕の中に素のが存在していることが、こんなにも幸福で安心することだな んて、といつも小さな感動と感謝に浸る。最後にもう一度頬に唇を落として目を閉じれば、今日一日どんなことが あっても無事幸せに終わったと思える。また明日から頑張ろうと思えるのだ。
 さぁ、明日起きたら今度はまたキレイにメイクをするとご対面だ。


「おはよ、
「んー・・・おはよー・・・」


 少しだけ朝に弱いだが、顔を洗ってメイクの準備に入ると目が覚めるらしい。そしてここから変身タイムだ 。男にしては準備に時間が掛かる気がする自分だが、やはり女の子の支度よりは早く終わるため、がメイクす る姿をこれまた横から眺めている。メイクの順番さえ覚えてしまうほどだ。まずはスキンケアで肌を整え、顔全体に下 地を塗り、その上にファンデーションを重ねる。さらにパウダーを乗せて肌を整え、ハイライトで肌を明るく見せる。 何となく覚えてしまったため、撮影の際にメイクさんに話すと驚かれることがあった。自分がメイクしてもらう時 はそんなこと気にしたことがなかったが、を見すぎて自然と覚えてしまったようだ。


「今日はどんな感じにするんスか?」
「んー、悩み中」


 どうやら、その日の服装や季節などによって、メイクの雰囲気を変えることがよくあるらしい。は次々と 自分の顔を華やかにしていく。マスカラをせっせと塗り、ビューラーで睫毛を頑張って上げてる姿が、俺の一番の お気に入りだ。そんなことしなくてもの睫毛は長いのに。でも、リズム良く楽しそうに睫毛に対して頑張って いるの姿を見ていると、こちらまで楽しくなってくるのだ。


「見てると俺もちょっとやってみたくなるっス」
「涼太くん、絶対美人になっちゃうからダメ!」


 そう言って今度は別の化粧品を取り出した。化粧品と言うのは世の中に一体どれだけ存在しているのだろうか。 のポーチに入っている分だけでも色々な種類があるのに、一体どうやって選んでいると言うのか。例えばファ ンデーションだってマスカラだって、各メーカーが何種類も出しているに違いない。変な話、男を選ぶのより大変 なんじゃないだろうか。
 そして何より大抵どの化粧品も可愛らしいものが多い。中にはキラキラした宝石のようなものも数多く存在して いるようだ。女の子の化粧ポーチというのは宝石箱のようなものだろうか。キラキラとした箱の中に入ったコスメ たちは、彼女たち女の子をもっとキラキラに輝かせているが、逆に女の子たちによって輝かせてもらってるのかの ようにも感じる。まるで恋人同士のようで少し羨ましいなんて、馬鹿げた話だ。


「そうじゃなくてー、にやってあげたいっス」
「え・・・!?」
「ダメ?」
「いや、ダメじゃないけど何かちょっと恥ずかしいかな」
「今更何言ってんスか」
「んー・・・じゃあグロス塗ってくれる?」


 そう言って渡されたリップグロスは女心をくすぐるような可愛い程よいピンク色に見えた。の唇にはいつもこれが乗っているんだ、と思うと少し不思議な感じがする。
 の顎に片方の手を沿え、リップグロスを塗る前の素の唇にまずはキス。チークなんて塗らなくても良いんじ ゃないかと言うくらい赤くなったその頬もまた可愛い。ファンデーションを貫通するほどの赤さに微笑みながら、 グロスを少しずつ塗っていく。少し小さく開かれた唇が本当に可愛くて、そのまま喰らうようにキスしてやろうか と思ったけど、そんなことをしたら「せっかくメイクしたのに!」と怒られてしまいそうな気がしてやめた。


「涼太くん上手だねー」
「そりゃあの唇だから丁寧やらないととダメっスよね」


 俺に塗られてるせいか、あまり唇を開けないが喋り辛そうに小さな声でそんなことを言ってくれた。唇に色 がつくと一気に華やかになり、メイクした感が溢れ出る。塗り終えた、と彼女に告げると上下の唇を強く結んでパ っと離して馴染ませた。この動作も本当に可愛らしい。には悪いけど、やっぱり我慢出来なくてグロスを塗っ たばかりだというのに、自分の唇を重ねて少し崩してしまった。おかげで俺の唇にもグロスが移ってしまいベトベ トだ。


「もーう!」
「ごめんごめん。あんまりにも可愛いから」
「また直さなきゃじゃん」
「また塗ってあげるっスよ」
「それじゃあ繰り返しでしょ!」
「あ、バレた?」


 メイクは自分に勇気を持たせる魔法だと言う。スキンケアも自分に自信を持たせるための魔法だと言う。そうや って、楽しみながら努力をして、どんどん可愛くキレイになっていくを見ると、少しだけ置いていかれてしま うような気がして寂しい、だなんて思ってしまう自分はまだまだ、と思い知らされる。


「でもやっぱり化粧すると変わるっスね」
「ちょっとー、どういう意味?」
「いや、悪い意味じゃないっスよ」
「悪い意味じゃないって、じゃあどういう意味?」
「んー・・・すっぴんは可愛い、化粧するとキレイみたいな」
「何それ?わかんない」
「だからー」


 とにかく可愛いしキレイでもあるんだ、という事を伝えたかったが、どうやら本人は頑なとして認めない。それ だけ努力しているのだから、その成果くらい素直に認めても良いだろうに。
 は「涼太くんの隣にい るためにも頑張ってキレイになって可愛くなりたいの」などとよく言ってくれるが、それは俺の台詞でもある。そんなの隣にいるために、俺もバスケだってモデルの仕事だって、何事にも楽しみながら頑張っていこうと思えるのだ。
 仕方ない、本人が認めてあげられないなら俺が認めてあげよう。


「どっちも好きってこと」





溢れた可憐を
飲み干して

「何より、どんなことでも頑張ってるがとにかく好きなんスよ」