白いソファーの上でゆっりとコーヒーを飲むひとときは、とても至福を感じる時間でもある。ファッション雑誌をめくる音さえも、小鳥のさえずりに負けないくらい耳を澄ませたくなるが、残念ながらそうはいかないことの方が多い。ページを開くとそこには今、私の隣に座ってる人物。


「あ、オレだ」
「涼太くん、最近前よりも色々な雑誌で見掛ける気がする」


 見開きで特集されている彼のインタビューは、きっとファンなら隅々まで読むのだろう。しかし、私にとっては不要なもの。だって隣に本人がいるんだもの。写真を見なくたって、インタビューを読まなくたって、直接彼の顔を見ることが出来るし、彼の言葉を聞くことだって出来る。触れることだって容易い。開いていた雑誌をバンッ!と思いっきり閉じると「ひど!」と言う言葉が聞こえてきたが、これで私がこのまま雑誌に夢中になってしまえば、構ってもらえないことに駄々をこね、挙げ句の果てには雑誌の中の自分に妬く始末なのを私は知っている。


「そういえば私明後日の夜はいないから」
「え、何でっスか?」
「飲み会行くって言ったでしょ」
「それって男もいる?」
「いる」
「ダメ」
「無理」
「ダメっス」
「えー何で」
「…夜遅くに女性のひとり歩きは危ないっスよ」


 彼はたまに過保護になることがある。雑誌の中の彼からはあまり想像がつかないだろう。別世界でも生きている彼は仕事仲間にもファンの女の子たちにだって愛想が良く優しい。よく、彼と私との付き合いを知っているごく一部の人からは「黄瀬くんと付き合えるなんて羨ましい〜!だってカッコイイし優しいし気が利くし…言うことないでしょう」と言われることがある。確かに間違いではない。彼のビジュアルは私にだって分かるくらい眩しいし、私以外の人にも優しく、気を配っていることはよく分かる。


「いつもそう言って迎えに来てくれるじゃない」
「そりゃあもちろん迎えには行くっスけど」
「これで問題なしー」
「…って!そうじゃなくて!」


 けど、彼にこんな融通が聞かない部分があるなんて、親しくないと知ることが出来ないだろう。きっと彼にとって境界線のようなものが存在している。彼の中にある一線を越えない人たちには無難に愛想良く接し、親しくなった人間には本音で向き合う。そういえば以前、何かの雑誌で彼のインタビューを見た時、好みのタイプに「束縛しない子」というのを挙げていた。私はそれを見てひとりで笑いたくなってしまった。黄瀬くんがどんな顔をしてそんなことを答えたのかと。私がインタビューアだったら「じゃあ君は束縛しないの?」と聞き返していただろう。


「なーに?」
「分かってるくせに、さん意地悪っス」
「どっちが!…涼太くんってさ、基本っていうか特に女性には優しいよね」
「そ、そりゃあそうあるべきだと思ってるっスからね」
「じゃあ、私にも優しくして」
「うっ…その上目遣いと最後の台詞だけ聞くとドキドキしたっス」


 やっぱりちょっとアホだと思いながらその言葉はため息と同時にスルーしてやった。先程まで見ていた雑誌の中の彼とは大違い。こんなにも普通のオトコノコっぽいのだから笑ってしまう。


「涼太くんって雑誌とかではカッコイイのに、こうして一緒にいるとちょっと雰囲気違う」
「それって今は格好良くないってこと!?」
「そういうわけじゃないけど」


 本当は飲み会に男の人が来るのが少し不愉快なのだろう。けど、それを口に出してしまえば男が廃るとでも思っているのだろうか、彼の中にある僅かなプライドが邪魔をして言葉に出来ないみたい。それを我慢して何か言いたそうにしている彼の顔が少し可愛いなんて言ったら怒るだろうか。


さんの前でだけはモデルの黄瀬涼太じゃない。ただのオトコ、ただの黄瀬涼太なんスよ」


 ぎゅうぎゅうと抱き着かれた身体が悲鳴を上げている。少し力強くて痛いと思いながらも嬉しいという思いが入り混じっていて、何だかとても複雑。こんな一面だってそう。きっと世間からは「黄瀬くんは優しく女性を抱きしめる」とでも思われているだろう。とんでもない、彼の抱擁はこちらの内臓が飛び出るくらい力強いことの方が多い。


「…やっぱりさんだけ行けないの可哀相だから、行って来て良いっスよ」
「やったー、流石涼太くん!」
「けど早く帰ってくるんスよ。つーか迎えに行くから」


 先程の上目遣いのお願いが少しは効いたのだろうか、しぶしぶではあるが了承してくれた。彼は意外と心配性なのか、あらゆることに制限をつけたがるけれど決して理解がないわけではない。彼の頭を撫でて頬にくちびるを落としてあげると、抱擁の力がより強くなって先程より苦しい。これじゃあ心臓だって飛び出ちゃう。


「分かった分かった、ありがと」
「その代わり、今日はずっと一緒じゃないと嫌っス」
「はいはい」
「…そうやってすぐオレを子供扱いするー」


 特別子供扱いをしているつもりはないけれど、彼がこんな風にワガママを言ってくれたりすることに愛しさを感じてしまうから、つい。そんな彼は放っておいてカップに注がれていたコーヒーを飲もうとしたけど中はすっかり空だ。それに気づくと同時に、彼も中身が空なことに気づいたのかカップに視線を移した。そのままカップを奪われたので、おかわりを注いで来てくれるのだろう。


「でも、オレさんから見たら子供かもしんないけど、その前にオトコだから」


 彼は優しい上に気が利くからよく私にコーヒーをいれてくれる。彼が注いだコーヒーならば、インスタントでも美味しく感じてしまうから不思議だ。けど、コップは彼の手によってテーブルの上に置かれる。コトンと響く音がやけに鮮明に聞こえた。そして彼は動かない。先程見てしまった、コップに反射した彼の顔を思い出したら納得した。オトコの顔をしていたから。


「だから、ね?」


 白いソファーが沈むと同時に見せた彼のオトコの顔だって、私しか知らない。






花ごと、
ごくり




( ありのままのオレを見せられるの、さんだけだから )